第三十三話 グラニィ・ゲイツ 3/4

【このままやとマズイな】

『ファル兄さんか』

【他の連中はわからへんけど、俺らのせいで動きが制限されてたファルは最後尾や。おそらく引き受ける敵の数が一番多いやろから、かなりヤバい状況やな。一旦兄さんのところへ行こ】

 途中、いくつか近くを矢がかすめたが、エルデのルーンですべてが逸れていた。 

【とりあえず一発行っとく。今度矢が来たら仕掛けるさかい、そっちは見るな】

『了解』

 

 エイルが答えるのと同時に左側から矢がかすめて過ぎた。エイルは眼を逆の右前方に向けた。同時に左側に一閃、真っ赤な光が広がった。

 エルデの放った攻撃ルーンだった。

た。

『敵の位置がわかるのか?』

【いや、正確な位置がわかるくらいならとっくに作戦終了や】

『まあ、それもそうだな』

【そやから適当に範囲攻撃しといた。一人くらいケガしてるやろ】

『山火事にならないか?』

【一瞬で消えるタイプやから大丈夫やろ。でも、まあ火事になったらなんとかする】

『頼むぜ』

 

 エルデの言うとおり、左側を見ても光も炎も見えなかった。ルーンで視界はある程度確保されてはいるが、さすがに障害物が多すぎて敵を視覚的に捕らえるのは困難だった。

 だが、変化はあった。左側からの矢がぷっつりと途絶えたのだ。


【やってもうた、かな?】

『いや、まだ殺気はある。様子をうかがっているんじゃないか?』

【優秀な刺客やな。調達屋で俺らを襲った時とは別人、いや別部隊やな】

『まあ、学習能力があるって事だろ』

【ありがたない話やないけどな】

 

「オレだ」

 ファルケンハインの気配を感じたところで、エイルはそう声を出した。もちろん誤射の回避の為だが、さすがにその必要はないようだった。

「どうして俺のところに戻った?」

 ファルケンハインは非難の混ざった声でエイルを迎えた。

「命を懸けて俺を護衛してくれる手駒をこんなところでなくすわけにはいかへんからな」

「何か考えがあるということか?」

 

【エイル】

『わかってる。例の防御ルーンは矢が苦手だからな。そっちは任せろ。気にせず好きにやれ』

【こう言うときは相棒がお前さんで良かったとつくづく思うわ】

『そいつは、どうも』

 

 心の中の会話の最中にもエイルは精杖を振ってファルケンハインに命中しそうな矢を二本ほど払っていた。

「ええか、今から矢が放たれた方角を基準にして、そのあたりを照らしたる」

「そんなことができるのか?」

「しょーもない質問すんな。こんな状況で出来へん事を言うてどうすんねん」

 また一本、カツンという音をたて、ノルンによって矢が払われた。

「矢は全部防いだる。せやから防御の事は一切気にせず、相手の場所の特定に集中して、矢を射るんや。向こうが近接戦に乗って来いひんならこれで対処や。こっちも相手の姿が確実に見えたら各種ルーンが使える。とりあえずここを動かんとじり貧やで」

「わかった。やってみよう」

「ほな、行くで」

 

 ざわざわと風が木々の枝を揺すり葉擦れの音が林中に響き、もはや音で相手の位置を特定することは困難な状況の中、矢羽根の風切り音が特定できる時には対処はすでに遅すぎるまでになっていた。

 もはや考えるまでもなく、エルデの指示に従うほかに手はなかった。


「左前方」

 エイルはファルケンハインにそう言うと、続けて何かを一言呟いた。

 すると、驚くべき事に、指し示す方向に忽然とアイス(月)が現れた。

 いや、ファルケンハインの目には明るい月、アイスに見えたものは光る球体のようだった。それがアイスではないとわかったのは、見る見る拡大して消えていったからだ。光の球はそこにとどまるのではなくほんの五秒くらいの時間で肥大化・拡散をして消えていった。

 だが、充分な時間だった。その光に映る影をファルケンハインは見落とさなかった。番えた弓から矢が放たれた。それもごく短い時間に続けて二本。エイルの耳には矢を空間に射出した後の弦が夜の空気を振るわせる音が響いた。

「次、続けてさっきより左や」

「了解だ。どんどんやってくれ」

 

 一方、アトラックはアプリリアージェの気配を追って林の中を移動していた。自分についてくる気配は三人だと特定できてはいたが、さすがにアトラックの方から攻撃を仕掛ける余裕はなかった。走りながら矢は何本か射ては見たものの、いたずらに自分の位置情報を与えすぎるわけにも行かず、さらに言えば限られた矢を捨てるような行為もどうかと思われたので、けん制はやめてとりあえず先に進む事にした。

 

 ドライアドはル=キリアそれぞれに、小隊を組んで同時に襲いかかってきた。一人に対して同時に複数名が矢を射てきたのでそれとわかる。攻撃前には最初に何らかのルーンも放たれたようだが、それは近くにいたエルデが無効化していた。

 後は移動しながらの攻防という事もあり、ルーンの攻撃はなく、今のところ矢の攻撃だけを考慮していればいい状態になっていた。

 ルーンは詠唱者に座標軸の固定を求める。ルーンの第一射さえやり過ごせば、移動している間は次射の心配はまずない。エルデの話では単体のルーナーが放つ攻撃ルーンの射程距離は、賢者クラスであってもそうそう長いものはなく、一射の後走り出せば詠唱時間の問題を考慮するとまず届くことはないと説明していた。どうやらその通りで、ルーンの事を心配する必要がなくなっただけでもアトラックは気が楽だった。ただし、こちらから攻撃しようと下手に立ち止まることは敵に囲まれる隙を作ることにもなるわけで、出来るだけ立ち止まらずに味方の誰かと合流する作戦を選んだアトラックであった。

 逃げると言っても夜目が利くわけではい。訓練によりそれなりには見えているとはいえ、ただでさえ月のない夜。ましてや木々の枝で空星さえ覆われた暗い林の中、障害物を避けながら素早く移動するのは風のフェアリーの足の速さ云々を持ち出す以前の問題と言えた。勿論障害物の認識や回避行動に移るまでの時間、無駄のない体の動きなど、訓練された高い能力を持つ風のフェアリーならではの速度はあるにせよ、である。

 それにしても追っ手であるスプリガンの能力には侮れないものがあった。アトラックは自分の移動速度に対してはそれなりの自信があったのだが、相手もどうして、本気で逃げているのに振り切れないのだ。追い詰められてはいないが、こちらが一つへまをすればあっという間に致命的な形勢になることは目に見えていた。

 

(まるで別の部隊のような動きじゃないか。やっぱり昼間のアレは場当たり的で相当トンマな指示で動いてたんだろうな)

 暗闇に近い林の中を走りながら、アトラックがそんなことを考えていた時、前方に林の切れ目が見えた。もしや? と思った瞬間に前方から矢の気配を感じて慌てて身を屈めた。

 矢は三本。立て続けに射られたもののようで、ほぼ同時にアトラックの体へ向かってきた。アトラックは二本は避けたが、一本を処理しきれず、それは肩に当たった。幸い、肩当てをこすっただけで体に傷は付かなかった。

「ちっ」

 後方の敵に注意を向けすぎていて前方を油断していたのだ。少しずれていたら危ないところだった。

 アトラックは前方に意識を集中する事にした。弓を畳んで懐にしまうと腰に差した短剣を手にして林の切れ目を目指し直線的に走りだす。予想通りすぐに矢の第二射が来た。今度は三本より多い。そしてその全てが自分に命中するとアトラックは判断した。

 攻撃の正確さを考えると相手は強化ルーンが懸けられているか、あるいは能力があるフェアリーなのか、どちらにしろ夜目が利いているのは間違いないようだった。

 全速力で矢に向かって走る格好になったアトラックだが、その軌道を認識してもなお、その矢を避けるそぶりは見せなかった。

 当然の帰結として、次の瞬間には前方からの第二射の矢は全てアトラックの体に刺さった……かのように見えた。が、しかしアトラックは刺さった矢を短剣で振り払うと、速度を落とさずさらにそのまままっすぐに走って林の外に出た。

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