第三十一話 キャンセラ 5/8

「手っ取り早いのは、ウーモスにいるスプリガン、おそらくは一個中隊程度でしょうが、それを殲滅して口封じをすることです。この作戦はもはや発見されてかなり時間が経つので一見遅すぎるように思えますが、調達屋の話を総合すると、もともとスプリガンは我々の掃討を目的にここに駐留しているのではなく、偶然我々を『狩る』機会に恵まれたから攻撃を仕掛けてきたと考えるのが妥当でしょう。そうでなければ特殊部隊にしては作戦が目標に対して直線的すぎますし、そもそも失敗した後の詰めも甘すぎます。はっきり言えば、今回の一件は功を焦った無能な指揮官による極めて愚かな作戦でした」

 ファルケンハインはうなずいた。

 そうだ。「しめしめ、やってしまえ」的な作戦に違いなかった。でなければルーナーによる包囲陣や敵が逃げおおせた時の退路監視体制などがもっと緻密に行われていたはずなのだ。

「さらに……ここからは私の推測が多くを占めますが……相手の指揮官は私達の件をまだ本隊もしくは別部隊に報告していないと考えます。任務外の作戦を行ったにもかかわらず、それが中途半端で完全に失敗しているのですからね。シルフィードならともかくドライアドの軍隊の体質を考えると今回の失敗をまず報告する事はせず、別の確実な作戦でとりあえず我々を倒してから手柄として報告するのではないかと思われます。ドライアド側に被害が出ていないことからも、報告を先延ばしにする理由付けになります。愚かな指揮官とはそう言うものです。そして次の手を打つでしょう。つまり、先方は我々の人数を既に把握済みで、失敗から得た教訓、つまり我々の能力の一端も認識済みで、すでに意識調整が行われているでしょう。もともと数の圧倒的有利は知っているのですから今度は万全を期して緻密な作戦と、かつ強力な兵力をもって我々を確実に仕留めに来るでしょう」

 アプリリアージェは話の区切り区切りに少し間を置いて一同の反応を見て、次に移るという話し方をしていたが、そこまで話し終えた時、ようやくニヤニヤと笑っているエイル……いや、エルデと目が合った。彼女は微笑みを深めると、少し首を傾げて見せた。だが、すぐに視線をそらしてエルデには声をかけなかった。


「さて、ここからが本題になります」

 そこからアプリリアージェの声色が少し変わった。おっとりとした話し方から、やや厳しい語調に変わったのだ。

 ファルケンハインとアトラックはこの変化に緊張を深めた。アプリリアージェがこうなった時は、作戦の核心に入ることは間違いないと知っていたからだ。


「ベック・ガーニーという調達屋の話では、スプリガンに認知されているのはエイル君と我々ル=キリア小隊の合計五人だけです。ここが今回の作戦の構築における重要な要素となっています。つまり、我々が守るべき本隊など彼らにとっては存在すらしておらず、従って標的ではないと言うことです。これはまず間違いないところでしょう。彼らは今、こう思っているでしょう。『ザルカバード文書にル=キリアの小隊がおびき出され、準備の為にウーモス入りをした』と。すなわち我々小隊の本来の目的は一切漏れていないということです。ここが覆っていたら極めて厄介なことになるところでした」

 アプリリアージェは立ち上がり、ゆっくり部屋を歩き始めた。エイルもティアナも、旅をはじめてこのかた、こういうしゃべり方をするアプリリアージェを見るのは初めてだった。すなわちアプリリアージェの様子が変化したことをファルケンハイン達に遅れてエイル達も認識した事になる。

「ここまでの前提で我々ル=キリアが本隊の安全をさらに確実にし、かつ今後の作戦遂行を円滑に成す為にとる最善の行動はただ一つ」

 アプリリアージェはまたここで言葉を切った。

 アトラックが唾を飲み込む音がエイルにも聞こえた。

「それは、ル=キリアがスプリガンの前で消えて無くなること」


(それはどういう事なのか?)

 ティアナはそう、喉まで声が出かかった。

 それは簡単に言うべき、いや、言えるような事ではないはずだ。

 もちろん、アプリリアージェは気の短いティアナの性格を知っていた。だから即座に謎解きを行って見せた。

「もちろん、みすみすこの命を彼らに差し出そうというのではなく、アロゲリクで待っているであろう罠にはまることにより我々の目的があくまでもザルカバード文書であることをスプリガンあるいは第三者に強調して再認識させ、ネスティのいる本隊から完全に彼らの目をそらす事が目的です」

 『第三者』と言った時、アプリリアージェの瞳はベックを捕らえていた。もちろん、ベックにはその意味するところはわかっていた。

「これについては、スプリガンだけではなくベックを通じて調達屋の情報網で確実なものにしてもらえるでしょう。そう、ル=キリアの真の全滅という情報です」

 そう言った後、少し間を置いたアプリリアージェに対して、誰も声を発する者はなかった。ただ、エルデだけがそんなアプリリアージェをニヤニヤ顔で見つめていた。


【ここまでは思った通りやな。ホンマに優秀な司令官さんや。仲間の死さえ計算の中にちゃんと入れ込んでるしな】

『でも、ニセモノの庵は危険な罠ってわかっているんだろ?』

【その罠の正体みたいなもんを、この年増女はとっくに予想済みなんやろ。で、その予想は俺とたぶん一緒やと思う】

『罠の正体?』

【もちろん、お互いに判断材料は同じやから、ただの推測や。そやから大外れの可能性も高い。とは言え、外れたら外れたで特に問題もないと思うけどな。それより我らがアプリリアージェ中将にとって今回の作戦で一番大きな問題やと思っているのは目の前にいる俺達やで】

『それって?』

【さてな。先に言うとくけど、俺は嫌やから】


「さて、次にル=キリアの小隊を簡単に葬る事が出来る庵の罠について、私の考えを伝えておきます」

 アプリリアージェはチラリとティアナを見た。それは「わかっているわね?」という合図ともとれた。つまり、話を最後まで聞けよ、という念押しであろうとティアナは理解し、小さくうなずいた。ティアナもそこは一番知りたかったところなのだ。

 ティアナのその反応に満足そうに小さくうなずくと、アプリリアージェは再び視線をファルケンハインとアトラックの方に向けた。

「結論から言えば、アロゲリクにある《真赭の頤(まそほのおとがい)》の庵は、ルーンによって罠が張られていると考えられます。当然ながら、かなり高位かつ強力なルーンでしょう。つまり、精霊陣を使った仕掛けであろうと推理できます。そこにはルーンを発動させるルーナー自身が駐在している可能性もありますが、我々がいつ来るかなどわからないでしょうから、条件発動型の高位精霊陣が使用されている公算が高いと思われます」

 アプリリアージェはそこでいったん話を切った。一同は申し合わせたようにうなずいて見せた。エルデがゆっくり頷くのを確認すると、アプリリアージェは続けた。

「ル=キリアにはルーナーがいません。もとよりル=キリアは速攻をこそ旨とした短期的な急襲攻撃作戦に特化した特殊機動部隊です。作戦運用にあたって単数あるいは複数の護衛が必要なルーナーの同行はル=キリアのその性格に相反しますから、それは仕方の無いことです。そうは言っても……いえ、だからこそ各ル=キリア小隊が事にあたる際、罠である事を前提に、精霊陣やルーンについては相当な警戒を行っていたはずです。問題は、我々が想定していた検証および回避能力をも遙かに超えたルーンがそこにあったということでしょう。それは、あの面々が向かったにも関わらず生還者が誰一人いないという事実が饒舌に語っています」

 そこまで言うとアプリリアージェは立ち止まった。最後の一言は少しだけ声の調子が暗く感じられた。

『言いたくはないが言っておく』

 おそらくはそういう感情が含まれていたのだろうと、その場の誰もが感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る