第三十一話 キャンセラ 6/8
「言うまでもなくこの作戦は大変危険です。他小隊同様、全滅の可能性が高いと言う事は私も否定できません。けれども私がこの作戦をあえて選んだのには理由があります。それは勝算があるからです。すなわち……」
そう言うと間を置き、アプリリアージェは再びゆっくりと一同を見渡した。
誰もが身じろぎせず、司令官の次の言葉を待っていた。
「我々の小隊が今回編成した他のル=キリアの小隊と明らかに違う点が三つあります。一つは、小隊の戦闘力がかなり違います。私とリーゼの組み合わせだけをとっても他の小隊との差は圧倒的です」
【うーん。自慢に聞こえへんところがかえって嫌みやな】
『そうか?』
「二番目は、他の小隊と違い、我々はその場所がル=キリアの小隊を全滅させるほどの危険な場所であるという情報を持っている点です。そして三番目……実はこれこそが他の二つの理由などどうでもよくなるほどの一番大きな違いなのですが」
言葉を句切ると、アプリリアージェはエルデの方を向いた。
【おいでなすったで】
『え?』
「どうでしょうか、賢者エイミイ。おそらく私の作戦はすべてお見通しだと思いますが。そうであれば私の願いはすでにおわかりのはず」
エルデはニヤニヤ笑いをやめてアプリリアージェに向かうと強い口調で言った。
「リリア姉さんの作戦には問題が大小あわせて二つあるんやけど」
アプリリアージェはそれには答えず、沈黙を守った。エルデはアプリリアージェのその態度に、予想通りと言ったような微笑を浮かべると、話を続けた。
「まあそれは勿論リリア姉さんもわかっているはずやね。小さい方の問題はそのザルカバード文書ってヤツに示されてた庵の罠を一体誰が張っているのかが一切わからへん事。スプリガン、いや、ドライアド側の罠やとしたら、そもそもこの作戦あんまり意味ないような気もすんねんけど?」
エルデはそこで言葉を切り、アプリリアージェの反応を待った。
アプリリアージェは小さくうなずいて答えた。
「賢者エイミイ、いえ、エイル君の言うとおり、もしもその罠がドライアド側から仕掛けられたものだとしたら、みすみすさらなる窮地に身を投げるようなものですから、私達ル=キリアが彼らの前から姿を消すという目的においてはあまり建設的ではないでしょう。ですが、本隊から注意をそらす目的においてはこれ以上のものはありません。構成数が不明瞭なスプリガンをウーモスの町中で一人残らず殲滅することは不可能です。そうなると私達ル=キリアに残された道は二つ。庵に向かうか、撤退するか、です。実は撤退という手も考えたのですが、撤退の地理的な経路を考えると、そちらの方もかなり困難を極めると思われます。持久戦になれば我々の勝ち目、いえ、生き残る可能性はどんどん減っていきます。それに、そもそも私の狙いは庵の攻略というよりル=キリアが全滅したという事をスプリガンと庵の罠を仕掛けた敵に認識させたいと考えたのです。実はスプリガンの件がなくても、アロゲリクの庵には我々だけでも向かう腹づもりだったんです。未知の敵の罠にかかった振りをする。それができればな、とずっと考えていました。我々が実際に全滅した場合はシルフィードの上の方では次善の策が発動されるように手が打たれているはずですし、作戦が成功した場合は予定通り本隊の護衛を続けながら旅を続けることができます」
「フン。全滅するつもりもないくせに」
エルデはニベもなくそう言った。アプリリアージェはエルデの言葉ににっこりと笑って見せた。
「もちろん、私は作戦の成功に自信を持っています。我々はかなりの戦闘力を有しています。事前に色々と脅した私が今更こう言うのも何ですが、実のところ私の考えが正しければ我々が失敗する可能性は低いのです。むしろアロゲリクの庵にたどり着くまでが勝負になるでしょう」
アプリリアージェのその言葉を聞いて、エルデは「呆れた」という風に両手を広げて肩を竦めて見せた。
「よう言うわ。ほんなら言うけど、大きい方の問題はどうすんねん?」
「と言うと?」
「わかってるはずやろ? 姉さんの作戦は、俺が参加することが前提なんやから」
「もちろん。今回の作戦はエイル君抜きに成功などあり得ません」
「俺はお断りやで」
『断るのか』
【当たり前や。こいつらの手駒になる義理なんかあらへん】
『義理とか、そう言うんじゃなくてさ』
【フン】
「困りましたねえ」
笑顔のまま、アプリリアージェは言葉通り「困った」という顔をして見せてはいるようだが、例によってあまり困ったように見えないのがエルデのカンに触るところだった。
「確かに、カレンの一件では本当に世話になったと思ってる。でも、あれはあれ、これはこれやろ? この作戦は俺には利益がほとんどないし、そもそも俺達にはあんたらル=キリアやシルフィードのお姫様はじめ本隊の連中を助けなアカンほどの義理はない。そもそもこれはあんたらの戦争や。俺には関係ない」
エルデはそう言うとソファにドカっと座り込んで足を組んだ。
アトラックは何かを言いたげにファルケンハインの方を見やったが、ファルケンハインは目で「黙っていろ」と合図をしただけだった。
ティアナもまた何かを言いたそうにうずうずしてはいたが、とりあえずはエルデを睨むだけにした。
「うーん。そう言うと思ってました。でも実はエイル君に利益がないわけでもないんですよ」
アプリリアージェの一言にエルデの眉が動いた。アプリリアージェはその反応を見ると満足そうに少し目尻を下げて続けた。
「エイル君の目的は最後の庵を攻略して、卒業試験を突破すること。いえ、かけられた呪法を解くことですよね」
「せや。そやからあんたらの戦争に荷担する必然性がないやろ? 本物の庵とは明後日の場所にあるニセモノの庵をわざわざ攻略しても時間の無駄なんや」
アプリリアージェはしかし顔色一つ変えずに続けた。
「いえ。もう一度言いますが、この作戦はエイル君にも利益があります。だいたいエイル君は大切な事を一つ忘れてます」
「大切な事やて?」
アプリリアージェはうなずいた。
「つけられていたわけですから、エイル君の姿形、そして名前くらいはもうスプリガンには調べが付いてますよ。瞳髪黒色の少年なんて、はっきり言ってかなり珍しいですからね。立ち寄ったと思われるランダールに調査すればそのくらいはすぐでしょう」
『確かにそうだな』
【そんなもん、わかってるわ】
「エイル君も私達とそこで命を落としたら、これからの煩わしい追求から多少なりとも逃れられますよ。さもないとただでさえ先を急ぐ旅なのに、煩わしい事で時間をとられます。だいたい、マーリンの賢者がシルフィードの軍人を逃がしたなんて事が知れたら」
エルデはアプリリアージェの言葉に何も応えなかった。
アプリリアージェはエルデが即答しないのを受けて微笑んで言葉を続けた。
「いえ、言ってしまってこういうのも気が引けるのですが、実はそっちの方はどうでもいいのです。エイル君の事ですからルーンでの変装や姿を隠すなんて事は簡単でしょうし。ですからここはそんな言葉の駆け引きなどは一切なしで、私から一つ交換条件を出しましょう」
「交換条件?」
エルデはこの言葉には反応した。
実際、エルデ自身も顔と名前がスプリガンに知れたであろう事には少し頭を悩ましていた所だった。髪の色を変えてごまかそうか、などという小手先の事は既に考えてはいたが、ル=キリアのメンバーとの別れ方もまだ決めていない段階であった。
アプリリアージェはエルデにうなずいて見せた。
「この作戦で共同戦線を張って勝利に力を貸してくれたなら、今後我々はエイル君の呪法を解く事を最優先に動きます。つまり、この後は皆で行動を共にしてエイル君の目的の為に全面的な協力をするということです」
「なんやて?」
【フン、そう来たか】
『それは、願ってもない事なんじゃないのか?』
【そう思うか?】
『思うさ』
【奴らの目的は何や? 思い出してみ】
『《真赭の頤》の捜索』
【そう言うことや。どっちにしろ行動は一緒やろ? 騙されたらアカン】
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