第二十九話 調達屋ベック・ガーニー 2/4

【アホ。ファルが落ち着いてるのに部外者のお前さんがうろたえてどうする】

『いや、でもさ』

【ここはファルのおっちゃんの対応をじっくり観察や】

『いや、さすがに「おっちゃん」はないんじゃないか?』

【でも、なんかおっさんくさいやん。ファルの旦那って妙に落ち着きすぎてるし】

『ランダールの市でティアナさんと二人でいた時は結構ういういしい感じだったけどなあ』

【うん。つまりムッツリスケベか。ありがちやな】

『おいおい』


「話によると、任務へ向かう途中で嵐に遭い、落雷で船が難破したそうだ。何でも遺体は付近の海岸に打ち上げられて全員が本人確認された後、現地付近でシルフィードの習慣に則って荼毘に付されたとか。本国じゃすでに非公開ながら軍葬も執り行われたそうだぜ。ついでに言うと全員二階級特進だそうだ」

 ファルケンハインはベックの話を聞くと腕組みをして考えるような風をみせた。

「ふーむ、難破か。北の海の海賊討伐の途中とすると、難所で有名な雷鳴の回廊付近か」

「だろうな。エッダからの近道だが、あんな恐ろしいところを通るのは海賊でも命知らずの連中か、風のフェアリーで構成されたル=キリアくらいだろうぜ。何にせよ、海賊連中は天敵がいなくなってこれでしばらくは枕を高くして寝られるってもんだ」

「そうなるとシルフィードの北方警備はどうなるんだろうな」

 ファルケンハインはまたしても人ごとのように呟いた。正体を知らなければ、本当に民間人が野次馬的な興味でうわさ話を楽しんでいるようにしか見えなかった。

「まあ、シルフィードは戦力が厚いからな。すぐに他の部隊が穴埋めに当たるんだろうな。ま、どっちにしたってすぐにル=キリア並みの働きをするって訳にはいかねえだろうがな」

「そうだろうな」

「へへ。ここまでは無料の情報だ。実はこの情報には興味深い関連情報があってな。そっちは有料だ」


『へ?』

【ほう、これが噂の調達屋の裏情報と言うヤツやな】

『金を取れるほどの情報なのか?』

【情報なんてもんの価値は、受け取る人間が決めるもんやろ】


「関連情報か。その情報は俺達の役にたつ情報なのか?」

 ファルケンハインが怪訝な顔でベックに尋ねた。

 ファルケンハインにとっては今までの話は既知の情報の範囲内のものであった。ル=キリアの全滅および軍葬は彼らが今回の任務に就いた時に予定されていたものだからだ。今回の任務はこの世に既に存在していない人間が国家とは関係なく勝手に行う事になっていたのである。つまり、「真赭の頤(まそほのおとがい)」の捜索をシルフィードが行っているわけではないという形をとる為の手続きであった。

 だからこそ、ファルケンハインはベックの話を、平静に、まさに他人事のように自然に受け止めているという態度をとりやすかったのである。

 だが、有料の情報にするほどの関連情報があるとなると話は別だった。

 ファルケンハインは思わず横にいるエイルと顔を見合わせた。エイルに回答を求めたというわけではないが、自分が当惑しているという様子を伝えようと思ったのだ。


「役にたつって言うか、俺の予想に間違いなければ、お前さん達は知っとかないとヤバい情報だと思うぜ」

「フン。で、いくらの情報だ?」

 ファルケンハインはあまり気のなさそうな声でベックに問いかけた。

 ベックはファルケンハインのその態度を見てニヤリと笑った。

「百エキュ……と言いたいところだけど、ま、今回はサービスだ」

「え?」

「いやあ、知り合いのところにあったウィルクーダが長いこと不良在庫で買い叩けたんだよな。そう言うわけで思ったよりかなり儲けちまったから、客にはその差額を情報で返そうかって事さ。もっとも、情報はいらないと言ったって、金は相場でもらってるんだから返しはしないぜ」

 またもやファルケンハインはエイルと顔を見合わせた。

 エイルは何かを言おうとしたが、それより先にエルデがエイルの口を使ってしゃべった。

「タダなら教えてもろとこや。つーか、タダなんやから聞かなソンやろ?」

 そう言うと、エルデはファルケンハインに目配せをした。

「――そうだな」

 ファルケンハインは相づちを打つと、ベックに「教えてもらおう」と言った。

 ベックはうなずくと話し始めた。

「ふふ。結構びっくりする情報さ。そのル=キリアの全滅発表はどうもウソらしい」

「本当か?」

 ファルケンハインは間髪入れずに小さく声を上げた。

「ヤツら、どうやら別な極秘任務で世界中に散ったようだ。死んだという発表をあえてした……要するに死んだことにしとく必要があったって事だな。それって結構な問題だと思わないか?」

「ふむ。そうかもしれんな」

「そこから出てくる答えは一つ。戦争に直結しかねない政治的な問題に関係してるって事さ。簡単に言えばシルフィード王国の名前が出たらまずい任務に着いたってことだろう?それもよほどの。こう言うのって、戦争目前っていう緊張した感じがひしひし伝わる話じゃないか?」

 ベックは目を輝かせながら熱い口調でファルケンハインに語っていた。

 エイルにはそんなベックがまるで戦争を待ちわびているかのように見えた。いや、戦争が始まれば彼のような商売は繁盛するのかも知れないと考えればベックの態度に納得は行くのだが、戦争を期待する人間の存在に強い違和感を覚えざるを得なかったのだ。

「まあ、確かに」

 エイルはそう言って曖昧に相づちを打ったファルケンハインの顔を見た。

 さっきまでと違って表情にやや曇りが見える。どうやら少なくとも調達屋のもつ情報網にはル=キリアの行動の一部は見抜かれていたようだ。調達屋が見抜いたということは、仮想敵国であるドライアドの軍部も把握していると見ていいだろう。ある程度想定はしていたとはいえ、ファルケンハインの顔が曇るのもムリはないと言えた。


「驚くのは早いぜ。本題はここからだ」

 ベックの口調が変わった。うれしそうにゴシップをしゃべる軽い乗りであった今までと違って、いきなり真剣な表情になったのだ。

「その何らかの任務で世界各地に散らばってたル=キリアの隊員が次々に死体で発見されてるそうだ」

「なんだと?」

「言ってみればル=キリアの連中は二度死んでるってことだな。一度目は「振り」だったが、二度目は本当の死だ」


『え?』

【む】


 ファルケンハインが思わず立ち上がった。

「な?面白い話だろ?」

 ベックはファルケンハインの反応を見ると、もとの軽薄そうな表情に戻り、満足げにニヤリと笑った。

「その話の信憑性はどうなんだ?」

 ファルケンハインより先にエイルはベックに質問した。

 この場は本当の第三者である自分が持っている興味の範囲で質問する方がいいだろうととっさに判断したためだ。

 ファルケンハインはエイルの質問を聞くと、ゆっくりと椅子に座り直した。

「信憑性って言われてもなあ。俺達の持っている情報網そのものが信憑性の基盤だからな。もちろん誤報もそれなりにあるが、今回のは死体に面通しした人間の証言があるそうだし、信憑性は高いんじゃないか?世間がそういう状況ってこともあるしな」

「面通しだと?」

 ファルケンハインの問いに、ベックは待ってましたとばかりに答えた。

「ル=キリアの一部の隊員の名前や顔形は俺達にはけっこう伝わってるんだぜ?レイン中佐」

 最期の言葉に、場が凍り付いた。

 ファルケンハインは再びゆっくり立ち上がるとベックをにらみ据えた。

「お前は何者だ?」


【こいつ、ファルケンハイン・レインという名前をどうやって知ったんや?】

『敵か?』


 ベックは血相を変えたファルケンハインに慌てて両手を伸ばしてその掌を見せた。何もするなという合図である。

「勘弁してくれ。シルフィードの人間は調達屋を過小評価しすぎだぜ。自分たちが相当の有名人だって事を忘れない方がいい。ル=キリアみたいな有名人は特にだ」

「まさか」

「ランダール近くの渓道で派手な立ち回りしたのあんたらだろ?世界中に散らばったとか言われているル=キリアの噂がサラマンダじゃ全く聞こえてこなかったから、俺はもしかしてって思ってたんだ。そこへ現れたのが人相書き通りのあんたらってだけの事さ」

「軍でも俺達全員の名前を知っているヤツはいない」

「近いところの方が得てして情報規制は厳しいものさ。ル=キリアは存在すら公式にされていなかった秘密部隊だしな。だけど、あんたらの敵方から漏れる情報はシルフィードで規制なんてできないだろう?ましてやシルフィードの敵はドライアドばかりじゃない。横の繋がりが強い海賊連中だっているんだぞ。自分たちの身を守るための情報収集作業はあんたらの想像以上だよ。奴らも命がかかってる」

「それって」

 エイルはファルケンハインをみやった。

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