第二十九話 調達屋ベック・ガーニー 1/4

「ほらよ、待たせたな」


 客に対しての言葉遣いとしてはいやにぞんざいだな、とエイル・エイミイは思ったが、隣にいるファルケンハイン・レインの眉はそんなことは全く意に介さないかのように微動だにしなかった。

 エイルが持っている「ファランドール・フォウ」の、それも自分の住んでいる地域に限定した狭い常識に照らしてみれば、客が店の人間に物を売ってもらう事をお願いするなどと言うことは異常だった。

 だが、要するにファランドールにおける調達屋とはそういうもののようだった。


「あんた達、運がいいぜ。このあたりじゃ俺じゃないとこれなんかはまず手に入らないところだ」


 調達屋ベック・ガーニーと名乗った褐色の髪を短く刈り込んだ薄青い瞳の青年デュナンは皮の巾着を持ち上げて、恩着せがましい口調でファルケンハインに向かってそう言った。

 昨夜、仏頂面で応対していた人間と同一人物とは思えないほど、その日のベックは上機嫌だった。

「助かる」

 短く、ファルケンハインは感謝の意を告げた。

 ベックが手に持っている袋は、エイル……いやエルデが頼んでいた薬草の粉だった。単なる薬草ではなく、ドライアドでは一部の地域にしか自生していないと言われる希少な植物を月光だけで長時間かけて乾燥させて、目の細かい臼で慎重に粉末にしたものだった。

 流通量は極めて少ない。だが、その理由はその希少性の為というよりは、一般的に必要とされるものではなかったからだ。単体で使用した場合に多少の解熱作用がある事は認められていたが、解熱作用に関してはその「ウィルクーダ」という薬草をわざわざ使うまでもなく、よほど効果のある薬草が数多(あまた)存在しているからである。

「しっかし、こんな物、何に使うんだい?解熱剤なら特別いいヤツを持ってるぜ?」

「いや、解熱剤はいらん」

「ま、詮索しないのが俺たちの決まりだ。今のは聞き流してくれ。あんまり珍しい注文だったんでちょっと、な」

「いや、気にしないでくれ」

「じゃあ、コイツは確かに渡したぜ。それからそっちの黒髪の兄さんから頼まれてたもう一つの件だが」

 ベックはそばかすだらけの顔をエイルの方に向けるとバツが悪そうな苦笑いをしてみせた。

「もう一つの依頼はもうちょっと時間がかかる。この町の滞在中にわからない場合は、他の町の調達屋組合で俺の名前を言って符号を見せれば情報を引き出せるように手配しておくから安心してくれ」

「そうか。オレも急いではないからそれでいい」

 エイルは内心がっかりしながらも、そう言った。

「そう言ってもらえると助かる。まあ、安請け合いした俺が未熟だったってことで、この件は取り消しても違約金は貰わないけど、どうする?」

 エイルは首を横に振った。

「いや、頼む。オレの方には全くアテがないんだ」

「了解。兄さんが生きてたら絶対手に入るようにしておくさ」

「生きてたら?」

「あ、いやいや。こういうご時世だからな」

 エイルが怪訝な顔で問い直すと、ベックはしまったという表情を一瞬だけ見せた。だが、すぐに大きく手を振るとそう取り繕った。


 ファランドールにおける「調達屋」とは、簡単に言うと「何でも屋」である。

 物の仕入れに関する一流の識者と言うと聞こえがいいが、要するに普通の商店などでは手に入りにくい品物を独自の流通路から仕入れて顧客の要求に応える事を商売としている商売である。もちろん、扱う「モノ」は合法・非合法を問わない。

 そして前者、つまり合法的なものを扱っているだけでは調達屋としての株は上がらない。それなりに「訳あり」な要求に応える事ができるかどうかが顧客にとっては役に立つ調達屋かどうかの分かれ目になる。

 調達屋はファランドール中を網羅する彼ら独自の情報網・連絡網を持っており、それを通じて依頼主の様々な要求に応える体制を作り上げていた。

 彼らには暗黙の了解があり、顧客の情報については守秘を徹底し、かつ顧客に対しては詮索を一切行わないというものである。

 支払いは事前に決定し、半額を前金として支払い、品物の受け渡し時に残金を支払うのが一般的であった。ただし一部の仕入れが困難な物などについては受け渡し時に金額の変更を要求されることもある。もちろんそれは金額の値上げに関する要求であるが、世間の評価が商売の多寡に直結する為、法外な値上げなどを行うことはまずない。理由を説明されれば納得のいく仕入れ経費が上乗せされる程度で、それは事前に説明され互いの合意に則った範囲で行われる。それ故、値上げが取り引き上大きな問題になることは少なかった。言いかえるならば良心的な経営こそが商売繁盛に結びつく為、少なくとも評判の調達屋と呼ばれる者達は理不尽な値段の商売はしないと考えていいという事になる。

 では翻って一流の調達屋とは何か?

 一般的な商店とは違い、特定の品物にだけ知識が深くても調達屋にはなれない。つまりあらゆる方面に精通している事が第一条件であるが、それは一流二流の判断にはならない。

 では良心的な値段で商売をする事かというとそれもさにあらず。

 一流の調達屋とは必ずしも報酬が良心的だとは言えない。一般の商店ではなく、敢えて調達屋にモノを頼む顧客にとって一番重要なのは普通の商店では手に入らず、それでも敢えて欲しい物を確実に、しかも迅速に調達してくる調達屋こそが一流なのである。

 彼らは調達屋同士で組合組織を作り上げていた。様々な物資を調達する経路を確保する為に自然発生的にできあがったそれら調達屋の組織は、ある意味ファランドールで一番力を持つ組織であるとも言えた。市場の表舞台には決して出ては来ないが、ファランドールの流通と情報を陰で支えているのは彼ら調達屋と呼ばれる闇の商売人なのは間違いのないところであった。


「それ、手に入りにくいってことだけど、もしかして最初に聞いた時より値が張るのか?」

 エイルは卓の上に置かれたウィルクーダの革袋とベックとを交互に見ながら尋ねた。

 エイルの注文品はアプリリアージェのはからいで必要経費として支払ってもらうことになっていたが、そもそも注文時に提示された値段を聞いてその高値ぶりにかなり驚いていた。ベックが値段を告げたときにはさすがのファルケンハインの眉もあからさまに動いたのをエイルは見逃さなかった。つまり、ファルケンハインとしては「想定外の出費」であり、それがさらに値上がりするとさすがに申し訳ないと思っての問いかけだった。

 

【他人の財布を気にしなや。肝っ玉小さいな】

『オレはお前のように無神経に育ってないんだよ』

【よう言うた。誰が無神経に育ったやて?】

『ああもう、こんなところで絡むなよ』

【お前さんは気にしすぎや。相手はシルフィード王国の国王アプサラス三世の勅命を受けた部隊やで?しかもびっくり仰天、王女付きや。どう考えても金の心配なんていらんやろ?】

『でも、ファルは倹約しろって言ってたじゃないか?』

【司令官が毎晩浴びるほどの酒代使ってるのに?】

『確かにリリアさんの酒量はすごいけど』

【酒代はあるけど他の金はない?あり得へんやろ?】

『でもなあ』

【はいはい。お前さんもファルみたいに金に細かいっちゅう事はようわかった】

『いや、そうじゃなくてだな』

 

「いや、こう言うのは希少性もあるが、要は需要と供給の問題だ。値段は昨日言ったとおりでいい。それより、あんたらシルフィードの人間だろ?ちょっと妙な話を耳にしたんだが、興味ないか?」

 ベックは周りを見渡すと、声を低くして続けた。

 その様子を見て「この部屋にはどう見ても俺たちしかいないだろ、辺りをうかがうな!」とエルデが即座に突っ込みを入れたが、エイルは無視を決め込んだ。


 三人が居たのは、ベックの店……表通りから少し外れたいかにもいかがわしい空気を醸し出す通りにある……昼間から酒を飲む連中が集まる猥雑な雰囲気が漂う中規模の飲み屋……その奥から地下に下りた通路の両側にいくつかある部屋の一つだった。

 要するに堅気の人間が寄りつくような場所ではなかった。

 ファルケンハインに聞けば他の部屋は占い師だったり、娼婦の紹介窓口だったりだそうで、言ってみれば夜が似合う商売を営む様々な人間達の居場所であった。その中でもベックの部屋の扉はかなり分厚く重いものだったし、部屋には他に扉も何もないことからエルデの言う通り、ベックは当事者のみしか居ないこの場であえて声を潜めるような必要はなかったのだ。しかし、エイルとファルケンハインはベックにつられて思わず身を乗り出してしまった。

「シルフィード海軍所属の有名な特殊部隊のル=キリアが全滅したらしいぜ。国王が自軍向けに正式発表したって事だ」

「なんだって?」

 声を出したのはエイルの方だった。ファルケンハインの方は少しだけ眉をひそめただけでたいした反応はしなかった。

「ル=キリアとは『あの』ル=キリアか?全滅とは驚きだ。一体どこで誰にやられたんだ?」

 ファルケンハインはまるで他人事のようにベックに尋ねた。エイルは頭の中のエルデに叱咤されていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る