第二十四話 喰らいの呪法 3/6
「これは四つとか十二個とか言われてる宝鍵のウチの一つ。しかも本物や。そやからネスティのものかもしれへんしな」
差し出された宝鍵と言われるプリズムを見て、しかしエルネスティーネは手は伸ばさず戸惑ったような表情でハロウィンの方を見た。
「確かに伝説の宝鍵がエレメンタルの手に渡ったら一体どういう風に反応するかっていうのは興味がありますね」
「単なる興味ではしゃぐな、アトル。何が起こるかわからんのだぞ」
「あれ? レインさんは歴史的な事件が起こる現場に立ち会うかも知れないのに、まったく興味がないと?」
アトラックはニヤリと笑って挑発するようにファルケンハインを見やった。その目はいたずらっぽく光っている。
「いや、それは興味がないわけでもないが……」
「正直に言うと、私も興味がある。お前の言うことが本当なのかどうか、という点に、だが」
ティアナはそうエルデに向かっていった。その声にはどことなく挑戦的な響きがあった。
エルデはやれやれ、という風に肩をすぼめた。
盛り上がる一同の様子を見て、ハロウィンがその場の雰囲気をやんわり制した。
「エイル。君はその宝鍵が『誰のものか』を知っているのか?」
エルデはしかしそれには直接答えず、次のように呟いた。
「俺が見たところではプリズムに特別な印はないし、そもそもエレメンタルやない俺にはなんとも言われへんな。でも伝説通りエレメンタルであるネスティに触られて今ここでコイツがいきなりものすごい反応とかされてもちょっと困るわな」
それだけ言うとエイルは微笑してハロウィンを見やった。
アプリリアージェは、エルデの表情を見て、また警鐘が鳴るのを感じた。
(……あれは微笑ではない。何かを知っていて企んでいる目だ)
「そうだなあ」
アプリリアージェの小さな動揺を知ってか知らずか、ハロウィンは鷹揚にうなずいた。
「それに、伝説通りたとえエルネスティーネが持つべき宝鍵であったとしても『はいそうですか』、と素直に差し上げるわけにもいかへん訳があるんや。そもそも宝鍵がエレメンタルのモノなんてタダの噂や。本当かどうかも怪しいわ」
「まあ、どちらにしろ今は不用意に触らない方がいいだろう。持っていても反応しないエイル君の手にあるのが安全だろうね。だが、それにしてもなぜそんな大それたものを君が持っているんだ?マーリン正教会はこのことを知っているのか?その辺も教えてはもらえないのかな?」
ハロウィンの問いかけに、一同の視線が再びエルデに集中した。
「これは、言うてみれば卒業試験問題や」
少し間を置いて、エルデが答えた。
「卒業試験?」
異口同音に一同が返した。
「ルー……ゴホン。いや、賢者付きの弟子は一人前になるときに必ず卒業試験を課されるんや」
「一人前って、お前さん、賢者なんだろ?」
「ああ。そやけど完全な意味で一人前とは言えへんのや。賢者には席次とは別に立場的なもんがあって、俺は席次はともかく立場的には今はまだ一般賢者の「士」や。その上、つまり「師」と呼ばれるようになるには自分の師匠かもしくは同等の賢者から卒業許可、つまり独立の証をもらわへんとアカンねん。「士」のままやと弟子をとれへん半人前の賢者みたいなもんやしな。その試験に合格すると師匠が持っている最高の術式を教えてもらえて、文字通り「師」として賢者候補生の中から自分の気に入った弟子を選ぶこともできるし、何より教会側から保証される研究費も桁違いになるから生活も左うちわっちゅうわけやねん。そのための試験や。もっとも生涯「士」の賢者もおるし、賢者同士の上下関係は席次が絶対やから「士」とか「師」みたいに立場的な物が必要ない人間にとっては必須の試験やない。さらに言えば「師」と呼ばれる賢者は実はあんまりおらへんし。まあ、そんなことよりも何よりも師匠への恩返しとしてそこは通らなアカン道っちゅうか、まあそう言うわけや」
『初めて聞く話だな。本当かよ?』
【俺も初めて言う話やからな】
『相変わらずだな』
「なるほど、賢者様は賢者様でいろいろ大変なんだな。もっと気楽な稼業かと思ってたんだけど」
アトラックが気の毒そうにそう言った。エルネスティーネはその暢気な言葉に吹き出しそうになった。
だが、エルデはアトラックの言葉で瞬時に顔色を変えた。
「大変やて? 気安う言わんで欲しいな。教会に賢者候補生はようけおるけど、一体そのうちどれくらいが賢者という地位にはい上がれると思てんねん?」
自分を睨み付けるエルデの形相とその語気に気圧されて、一瞬言葉に詰まり、アトラックは周りを見渡した。もちろん特に誰からも助け船があるわけでもないのだが、とりあえず間を置いた形だ。
「け、見当も付かんが、相当狭き門なんだろうな」
「そもそも百人に一人も生き残らへんねんで」
エルデは吐き捨てるように言った。
「え?」
その言葉の意味するところに気付いたアトラックは、思わず声を上げた。
「生き残らないって……賢者になれるのが百人に一人なのではなくて?」
エルネスティーネがアトラックより先に早口でエルデに問うた。
エルデは目を伏せて静かにうなずいた。
「しもたな。思わず、いらんことまで言うてもうた」
「教えてください。賢者って……修行ってそんなに厳しいものなのですか? あなたも、そしてあのラウという人もそんな厳しい修行を受けてきたのですか?」
一同はエルネスティーネの「ラウ」という言葉に敏感に反応してエルデの方を見やった。当のエルデは一呼吸置くと、仕方なさそうに続けた。
「そうやな。賢者にも色々あるんやけど……どこから話そうかな」
そう言って腕を組んで少し間を置いた後で、目を伏せて言葉を継いだ。
「知っての通り賢者はフェアリーよりもルーナーが主体や。生まれつき器の大きさがある程度決まってるフェアリーと違うて、ルーナーはちょっと能力を見ただけではその潜在能力がわからへん。せやから能力を引き出したり上げたり、得意不得意を知った上でその対策をとったりするのが修行の基本や。もちろん結局は持って生まれた才能やセンス・能力……って全部似たようなもんやけど……はついて回るんや。要するにルーナーにとってはルーンを会得するのは命がけや言うことや。一つ高度なルーンを試す度に、どんどんふるい落とされていく。フェアリーはフェアリーで術式を会得するのに信じられへん程の努力と忍耐がいる。フェアリーの場合、それとは別にルーンが使えへんかわりにそれを補う為の呪法の会得も必須や。呪法は会得に期限が設けられる場合がほとんどやし、発動源力の問題もある。期限に間に合わへん奴は呪法に呑まれる……。そやから修行の途中で頭がおかしくなるヤツも多いな」
「呪法に呑まれるって?」
「あと、ふるい落とされるって……死ぬって事ですか?」
会話に少しの継ぎ目を見つけると、そこへねじ込むようにエルネスティーネとアトラックが続けざまに質問を投げた。アプリリアージェの制止が入る前に言ってしまえ、というアトラックの思惑なのだろうが、エルネスティーネにはそういう計算はない。ただ思ったことを投げかけてただけだった。
「ルーナーの場合は中位以上のルーンに失敗すると、まず無事ではすまへん。フェアリーも同様で呪法の術式を失敗したら場合によっては自分に危害が及ぶ。呪法の場合は発動現力の問題もあってかんたんなもんでもリバウンドは辛いな。ルーンの場合は回避方法がないこともないけど、呪法の失敗は下手したら死ぬか廃人や。まあ、賢者見習いにとって廃人は廃棄、すなわち死と同じ意味やけどな」
アトラックはごくりとつばを飲んだ。
「ホンマに高位の精霊履行、つまりルーンを取得できるのは数年に一人。たとえ一万人の賢者見習いがおってもそこまで行けるのは一人、よくて数人や。フェアリーの場合は少し多いんやけど、たとえ賢者になっても末席にしかなれへんという制限があるだけにいいのか悪いのかは何とも言えへん。末席賢者は要するにより上の席次にある賢者の部下扱いやしな。もともと能力以上の事がでけへんフェアリーはフェアリーの能力よりも「持ち呪法」の多彩さと強力さが求められるから、ある意味底がないんや。あと、フェアリーは剣技や体術が必須やから、むしろそっちの修行で死ぬヤツも多い。せやから最近はフェアリーで賢者を目指す人間はほとんどおらへんと思う。ルーナーについては師匠が決まると普通は師匠と同じグラムコールで固定やから、どれだけ多くの、そして高位のルーンを会得するか、で席次は決まる。勿論ルーナーの本来持ってる特性があるから、修行途中でエクセラー特化とかコンサーラ特化とか方向性が分かれている訳やけど、修行が進むとハードルはどんどん上がっていって、賢者の要求水準に達する頃にはみんな壁に突っ込んで自爆しているっていう寸法やな」
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