第二十四話 喰らいの呪法 2/6

 ファルケンハインはアトラックと顔を見合わせた後、アプリリアージェの表情を見やったが、そこにあるいつもの表情を見て、上官の表情から考えを読むのは無駄だと言うことを思い出して心の中で苦笑した。苦笑しつつも、嫌な予感がこみ上げてくるのを押さえることが出来なかった。


「だいたい、『誰でも知ってる風のエレメンタル』を除く他のエレメンタルの所在を師匠が知っているなんて俺は聞いたこともない。師匠が知っているのは……」

「ふむ。知っているのは?」

「あ、いや」

 ファルケンハインが思わず返した言葉に、エルデはしまったという表情で口ごもった。

「こちらも隠さず手の内を見せています。ここはお互い平等にいきましょう」

 アプリリアージェはそれを受けてすかさずそう言った。


【ち】

『もっともだな。さらに俺達にはリリアさんに大きな借りがある』

【誰のせいで借りを作ったと思てんねん】

『またその話を蒸し返す気か?』

【フン】


 エルデは頭を掻きながら深くため息をつくと懐から小さな木製の小箱を取り出し、皆が見やすいように少し掲げて見せた。そしてゆっくりとその箱の上に手をかざしてフタを撫でるようにした。

 すると皆が見守る中、音もなく箱のフタが開いた。

 その木箱の中にあったのは蒸気亭でルドルフから回収したプリズムの破片だった。

「これが何かわかるか?」

 箱から出した宝鍵を手のひらにのせて顔の高さまで掲げ、一行によく見えるようにしてみせたエルデはそう問いかけると、答えを待たずに続けてすぐに何かを小さく呟いた。すると、宝鍵を持たない方の人差し指に青白い光がともった。エルデは掲げた掌の上のプリズムに、その光る人差し指を近づけると再び何かを唱えた。

 すると人差し指から一条の光がプリズムに向かうではないか。

 光はプリズムを透過すると、いびつに四散してあたりを広く照らし出した。

「と言うわけで、まだちゃんとした形になってへんねんけどな」

 そしてそう言うと光を消した。

「プリズムですよね?」

 アトラックは確認を求めるように横合いのハロウィンの顔をのぞき込んだ。特に何の変哲もない、水晶から削りだしたと思われる、いわゆるプリズムだった。ただ、それは完全な三角柱を形成しておらず、元々あるプリズムの破片といった感じのものだった。

 フェアリー達がエーテルを溜めておく為によく使うスフィアは、球状でなくてはならず、普通は三角柱など他の形は考えられなかった。それは中のエーテルの膨張する力を均一に受け止める事ができる形が球だからであり、三角柱など他の形をとると破損するおそれがある為だ。

 ただしプリズム自体は普通の人間やフェアリーにとっては特に珍しいものでもない。ルーナーにとっての術具として使われることもあるとは聞き及ぶが、どちらにしろ何かわかるかと言われてプリズムだという形状そのもの以外の回答は頭に浮かばないのが普通であろう。

 そしてもちろんエルデ自身も正解が得られると思って尋ねた類の質問ではないはずだった。

 だが、その場で唯一そのプリズムに反応した人物がいた。

 その人物……エルデの掌の上のものを見つめるハロウィンの目の色が変わっているのに気づいたアトラックは、改めてエルデの掌の上のプリズムに視線を移した。さりとてアトラックにはただのプリズムだという以外に何も回答は浮かばなかった。

「まさかとは思うが、もしやそれは?」

 ハロウィンが思わず口に出したその言葉にエルデが目を見開いて反応した。

「あんたホンマに何もんや?これをぱっと見てそこまで反応するのは普通やないな」

 久しぶりに古語に一変したエルデの言葉に全員の視線がハロウィンに集中した。ハロウィンは被っていたつばの広い帽子を脱ぐと、それを膝の上において今度は髭を撫で始めた。一目で落ち着かない様子だというのが見て取れる。

「参ったな。それがあれだとすると……まさかこんなところにあるとはな」

「なんなんですか、先生?」

「そうそう。ソレとかアレとか指示語は無しの方向で説明してくださいよ」

 エルネスティーネとアトラックが横にいるハロウィンを見上げて説明を急かした。

「ルーナーがよく持っている、ルーン光を制御する為のプリズムではないのか?」

 これはティアナだった。

 その時、アプリリアージェが思いついたように言った。

「まさかとは思いますが、それは宝鍵と呼ばれるものでは」

「ホウケンだって?」

「宝鍵って、あの?」

 アプリリアージェの言葉に、全員がエルデの顔を注目した。

 エルデは無表情でうなずいた。

「たぶん知ってるとは思うけど、師匠、【真赭の頤】はマーリン正教会では相当上の地位にある。ただの賢者やのうて、敢えて大賢者という呼称で区別されることが多いのは意味があるわけや。一席の賢者のさらに上に君臨する四人の賢者、それがいわゆる大賢者。師匠はその一人っちゅうわけや」

 アトラックとファルケンハイン、それにティアナといった軍隊組はうなずいた。

「で、その大賢者は密かにこの宝鍵の番人をやっとった。念のためにルーンでいくつかに分割して、それぞれをファランドール中に点在する七つの庵のどこかに隠してたって事や」

「おとぎ話では聞いたことがあるけど、宝鍵なんてものが本当にこの世にあったのか」

 エルデの言葉にアトラックがため息を付くようにつぶやいた。

「信じられないな」


「ナあ、宝鍵って何?」

 ルネ・ルーが横のエルネスティーネに小声で尋ねた。

「宝鍵、またの名を「マーリンの導(しるべ)」。それはファランドールの古(いにしえ)の伝説にあるスフィアの一種で、エレメンタルが龍を呼び出す為に必要なものだそうですわ。ですから玉ではないのですが龍珠とも言われています。伝説では四柱の龍は『合わせ月』の日まで墓で眠っているそうです。その場所、『龍墓』の扉を開ける事が出来るのが宝鍵だそうですよ」

「そしたらそのプリズムは『合わせ月』の日まで役に立たへんって事ナん?」

「それはわかりません。それから宝鍵は墓の扉の鍵でもありますが、それ自体が龍の心臓であるとも言われています」

「詳しいんやネえ。さすがエレメンタルや」

 ルネは本当に感心した、という風に尊敬の眼差しをエルネスティーネに注いだ。

「いえ、歴史で習いました。私、幾何と代数は嫌いですが、歴史は大好きなんです。特に古い時代の伝説や説話はおとぎ話のようでそれはそれは面白いんですよ」

「へえ~。幾何が嫌いなンはまあええとして、ちょっと聞きたいねんけど、語学とか文法とかは?」

「大好きです。好きなのはいいことなんですよ。興味があるとより深く学べますし、集中するから上達も早いですしね。ほら、言うでしょう?『次こそマジな勝負やで』って」


【カスっても無いところがすごいな】

『つーか今、ネスティは全力で自説を全否定したことになるんじゃないのか』

【確かに】


(国語が得意ヤて?)

「え?」

「まあ、下手の物好きとかいうのもあるシな。あはは」

「よくわかりませんが、そうかもしれませんね。あ、でも宝鍵のお話は文字通りおとぎ話のようなものだと思っていました。本当にこの世に宝鍵があるなんて」

 エルネスティーネはそう呟くと、視線を感じてふと顔を上げた。たき火を挟んで自分の向かいにいるのはテンリーゼンだ。だが、マントに付属のフードを深々と被っているテンリーゼンの瞳が何を見ているのかはエルネスティーネにはわからなかった。とはいえ、自分を見つめていてくれたのならそれは嬉しい事だと思った。だからエルネスティーネはテンリーゼンににっこりと微笑みかけてみた。

 もちろん、予想通りテンリーゼンからはなんの反応もありはしなかったが。


「うーん、別に自ら光っているわけでもないし、それってどう見てもただのプリズムにしか見えませんけど、それが本物の宝鍵かどうかってどうやってわかるんです?」

 アトラックが誰に問うでもなくそう質問した。

「龍墓とやらを実際に見つけて鍵穴ににはめ込むしかないのか?」

 これはファルケンハインだ。

「いや、それはそう言う使い方をするものではない……そうだよ」

 ハロウィンがアトラックにそう答えた。

「エレメンタルが使うもの、ということですか?」

「ああ。伝説ではそうなってはいる」

「伝説では、な」

 ファルケンハインの問いかけに答えたハロウィンとエルデの口調に、アプリリアージェは微妙な違和感を覚えた。伝説と現実は違うのだと言うことを暗に語るような口ぶりだったからだが、敢えてそこに言及するのはやめた。

「ふーん。じゃあネスティのモノもあるって事?」

「エレメンタルなら反応する。もっともどういう反応をするかは知らんけど……なんなら今触ってみるか?まだ欠片が一つ足らへんからアカンと思うけどな」

 エルデはそう言うと「宝鍵」をエルネスティーネに向かって差し出して見せた。だが、アプリリアージェはそう言うエルデの表情に邪気のある笑みを見て取った。

 またもやエルデの言動に引っかかるものを感じたアプリリアージェは、心に警鐘がなるのを感じていた。同時に確信もしていた。

(この子は間違いなく「宝鍵」が何であるかを知っている)

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