第二十三話 二藍の旋律(ふたあいのせんりつ)2/3
【言っとくけどカレンの動きを止めるだけやと何の打開策にもならへんねんで】
「貴様、奇っ怪な術を使うな」
「一流の賢者だからな」
「まだ言うか。フン、そっちがその下手な下等ルーンで抵抗するならこの娘の命はないぞ」
カレナドリィの口はそう言ってのけた。
【ま、そう言うことやな】
『どうしろってんだ?』
【言うたやろ。カレンはラウに殺されるか、それが嫌ならお前に殺されるかしかないんや】
『オレがカレンを殺せるハズがないだろ』
【ほんならラウに殺されるだけやけどな。その場合、おそらく見るに堪えへん状態でカレンは死ぬで】
『なんだと?』
【お前さん、しばらくメシなんか喉に通らへんようになるやろな】
『くそっ』
【ともかく体は返す。詠唱するから口は自由にしといてくれ】
「一体どうしろって言うんだ?」
これはエイルの声だ。
カレナドリィがそれに反応してニヤリと笑った。
「ほう、えらく甘い自称賢者だな。こんな田舎娘の命が大事か?このこと一つとってもお前が賢者などではないことは明白だ」
エイルはその言葉でカレナドリィを……いや、カレナドリィの向こう側にいるはずのラウ・ラ=レイをにらみ据えた。
「言っておくが、オレにとっちゃお前はその田舎娘ってヤツ以下の存在だ」
「フン。頭が悪いようだからお情けでもう一度だけ言ってやろう。お前が何者かを白状し、ニセ賢者の徴をどこで手に入れたかを吐け。そうしたらこの娘の命だけは助けてやってもいい」
『名乗れよ、エルデ』
【冷静になれ。カレンはもうおらへん。あるのはあの体だけなんやで?】
『でも生きてる』
【本人の精神はもう破壊されてるんや。死んだ方がマシって事があるやろ!】
『黙れ!この世に死んだ方がいいなんて事があるわけないだろっ』
【甘いやっちゃな。ファランドールには死んだ方がええ事なんていくらでもあるんや。そんなこと言うてるとホンマにフォウに帰られへんで】
『……』
【ついでに言うとく。俺がラウやったら、こっちが名乗っても名乗らへんでも、あの娘は始末する】
『昨日もカレンといろんな話をしただろ? ランダールの街をいろいろ案内してもらったじゃないか。あの城壁の中だって、普段は入れないのにカレンの顔で俺たちまで案内付きでいろいろ見せてもらったじゃないか。カレンの友達のアニーだってすごくいい子で、味はわからなかったけど、彼女の手作りのプリンは本当にうまそうだったろ? カレンが居なくなって悲しいのはオレだけじゃない。それにお前だって夕べは楽しかったって言ってたじゃないか!』
【その代わり、大量のシーツを運ぶ手伝いさせられたやろ】
『お前が「それくらいの手伝いはしてもバチは当たらない」って言ったんだぞ』
【もう、だまっとけ】
『さっきみんなで弁当を食べたろ? あれだってカレンが夕べ』
【もう言うなっ。お前に言われんでも全部わかってるに決まってる】
『本当に……本当に何とかならないのか……。お前は天才ルーナーなんだろ? それとも自称なのかよ』
【俺は天才ルーナーかもしれへんけど、残念ながら神様やない。いつも言うてるやろ? ファランドールで生き抜くっちゅうのはこういうことなんや。これくらい、歯を食いしばって耐えろっ。耐えて耐えて、この場を乗り越えたら、後でなんぼでも泣いたらええ】
『くそっ。本当にもうどうしようも……ないのかよ?』
【やかましいっ! できるならやっとるに決まってるやろっ!】
『エルデ……』
【頼む。堪忍や。もう何も言うな】
体を制御下においているエイルはのろのろと立ち上がると、カレナドリィを見つめたまま唇を噛んだ。
今でも覚えていた。
目を覚ましたら黄色い髪の少女がいた。
その少女は心配顔でこっちを見ていた。
緩やかな波を描くたんぽぽ色の髪が、逆光線に浮かび上がりとても眩しかったことを。
でも。
今、目の前にいるカレンは出会ったときと同じように腰まである長いタンポポ色の髪を三つ編みにしてまとめ、胸の方へ垂らしている。
でも、違う。
エイルを睨む青い瞳はあの時のいたわるような微笑みとは違い、そこには怒りと憎しみの色が浮かんでいた。
【わかるやろ? もう、カレンやない】
『……』
「答えろ。私は気が長い方ではない」
「あ、それは知ってる」
エルデが答えた。
「フン。ならば答えよ」
「俺の名前は」
「ふむ」
「エイル・エイミイや」
「もういい。では賢者の徴はどうした?」
「授名の儀の時に、「庫」で徴から選ばれたら、もれなくついてくるやろ? ラウよ、お前も賢者やったらそんなことくらい知ってるはずや」
やや間があって、厳しい顔でエイルを睨んでいたカレナドリィの口元が緩んだ。
「交渉決裂だ」
カレナドリィの口がその言葉を発したまさにその瞬間、エイルの額に第三の目が開かれた。カレナドリィはそれを見ると動きが止まった。エイル……いや、エルデはその一瞬の隙を見逃さず、水平に構えた精杖を突き出して何かを短く唱えていた。精杖にはめ込まれたスフィアの一つからは詠唱直後に目を開けていられない程の強烈な白い光が放たれて、カレナドリィだけでなくエルデ自身をも包むようにして大きく広がった。
そしてそれは一瞬後にはスッと消えてなくなった。
カレナドリィが目を開けたままでその場にゆっくりと前のめりに崩れ落ちようとするのを、再びエイルの体を奪っていたエルデが慌てて近寄って支え、そっと仰向けに地面に寝かせてやった。
カレナドリィには何も反応がない。エルデは念のために脈をみたが、こちらも反応はなかった。エルデはわかっていてあえて確認をしたのだ。もちろん、エイルに認識させるために。
エルデは唇を噛むと、カレナドリィの開いたままのまぶたを手でそっと閉じてやり、深いため息をついてうなだれた。
エルデもエイルも言葉には出さなかったが、目を閉じてやるときにカレナドリィの瞳に最後に映っていた澄んだ秋空の青い色をずっと忘れないだろうと思った。
「もう終わったし、みんな出てきてもええで」
少ししてエイルはそう告げたが、立ち上がらず、カレナドリィのそばに座り込んだままだった。
いや、もちろん声をかけたのはエイルではなくエルデだった。うつむくその額にはもう第三の目はなく、普通の人間の顔になっていた。とは言ってもエルデは今回、仲間達に背を向けてカレナドリィに対峙していた為に、彼の第三の目を一行が見る事はなかった。
「心配せんでも、近くに術者はおらへん。賢者【二藍の旋律】ことアルヴの女吟遊詩人ラウ・ラ=レイはあのままランダールの町におると思う」
肩で息をしながら大儀そうにそう言い終わったとき、そのエルデの肩にそっと手が置かれた。
音もなく傍に立っていたのはファルケンハインだった。
「確かなのか?」
「カレンを通じて今チラっとラウの様子が感じられたけど、周りは山や森やのうて町の風景やった。建物の土台が石で、上屋が煉瓦と木で出来てた。おそらくランダールの街におるやろ」
その言葉を合図に、アプリリアージェとアトラックが姿を現した。
アプリリアージェはカレナドリィの傍に片膝を付いてしゃがみ込むと、その腕をとって手首の脈を診た。彼女の左手の小さな指の腹は、いくら感覚を集中させても、命あるものを証明するあの暖かい鼓動をとらえることが出来なかった。
アプリリアージェはカレナドリィの手を大事な者を扱うようにそっと元に戻すと顔を上げ、その時目が合ったアトラックに小さく首を振って見せた。もちろん、全員に向けての知らせでもあった。
エルデはその様子を見て立ち上がろうとして上体を起こしたが、それがかえって体勢を崩す事になり、そのまま後ろ向けに倒れ込んだ。だが、地面に体が落下する前に傍らにいたファルケンハインのたくましい腕に支えられ、痛い思いをせずにすんだ。いや、痛みは感じない体であったが……。
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