第二十三話 二藍の旋律(ふたあいのせんりつ)1/3
「何だと?」
「お前の名はラウ・ラ=レイ」
「!」
「そうか。お前は【二藍の旋律】を継いで賢者になったんやな。でも、よりによってこんなところに現れんでもええのに」
カレナドリィの顔はそう呟くエルデの声によって強ばった。
「さすがに蒸気亭では全く気付かんかったな。というか、正直に言うて驚いてる」
「き、貴様、我名を一体?」
「やっぱりアタリ、なんやな」
「くっ!」
「だから言うたやろ? 俺は賢者や。一応俺も賢者の名前は全部知ってんねん。まあ、実際に出会った賢者は数が知れてるし、名前と顔はあんまり一致してへんけどな」
「黙れ。賢者には」
「エイル・エイミイという現名を持つ者はおらんって言うんやろ?」
「そもそもそれすら偽名であろう。だがどちらにせよ黒い髪と黒い目をした忌むべき血を引くお前のような子供に賢者の徴は与えられておらぬ」
「目の色や髪の色がどうしてん?ええ加減やかましいで、末席め」
「な……何だと?」
【おい、いけるか?】
『いけるか? ってカレンとやれってことか?』
【はあ? この状況でカレンとやらずに誰とやんねん? 地面でもぶちのめすつもりか?】
『カレンは操られているだけなんだろ? だったらカレンを傷つける訳にはいかないだろ?』
【悪いけどな。はっきり言うとくわ。残念やけど、カレンはもうおらへん】
『え?』
【つらい事実やけどあえて言うわ。せやからちゃんと理解してくれ。この術者が使こてる傀儡の呪法にかかると、操られた人間の意識はもう元には戻れへんのや。目の前に立ってるのはカレナドリィやない。これはもう肉と骨でできた文字通りただの操り人形や】
『なんだと?』
【そういう術を使える賢者の名なんや、【二藍の旋律】ちゅうのは!】
『バカ言うな。何か方法があるだろ? お前も賢者なんだろ? たとえばその「ふた……」なんとかっていうあの女吟遊詩人を倒せば元に戻るんじゃないのか? よくあるじゃないか、そう言う話。元を絶てば元通りっていう』
【【二藍の旋律】や。「よくある」って何の話やねん?たとえ二流とはいえ本物の賢者の術式や。舐めたらアカン】
『……』
【言い直そか。その程度で破られる術式を使ってるようでは【二藍の旋律】なんぞ継がれへんのや。もうちょっと正確に言うと【二藍の旋律】なら実のところ末席やのうて三席、下手したら次席でもおかしない能力を持ってる。ホンマは二流なんかやない】
『だったら! 違う方法があるはずだ。そうだ、お前はソイツと知り合いなんだろ?』
【ああ。よーう知っとるで。ほくろが体のどこにあるかまで、本人以上に知っとるわ】
『え? まさか?』
【ちゃうちゃう。そんな桃色の想像とはかけ離れたつきあいや】
『なら、名前を名乗って頼んでくれ。カレンを俺達のせいで傷つける訳にはいかないだろ?』
【あいつが誰かはわかっても、現時点で果たして敵か味方かもわからへんねん。せやからこんなところで名前を明かす訳にはいかへん。いや、名前を明かしたら逆効果になるかもしれんし】
『逆効果?』
【昔いろいろとイタズラを……って、そこは突っ込まんでええから】
『何か方法は無いのか?』
【残念やけど、全然無い】
「三席の私を捕まえて下っ端だと?貴様一体」
「駆け出しの賢者のくせにいっぱしの三席賢者面とはな。笑わせなや、【二藍の旋律】、いや、ラウ」
「いちいちカンに障る物言いだな。まるで」
「まるで……何や?」
「フン、まるで我が師のようだと思っただけだ」
「お前の師匠か。そいつの事もよー知っとるで。憎まれ口だけは達者で実にエラそうなエロハゲジジイ」
エルデの挑発に、カレナドリィの目が吊りあがった。
「やかましい! お前に師匠の悪口言われとうないわ!」
「お、地が出たな、ラウ」
単純な挑発に乗った相手に、さらに小馬鹿にした声でエルデは追い打ちをかけた。
「なんかちょっと風向きが変わりましたね?」
「うむ」
アトラックの問いかけに、ファルケンハインはうなずいた。
「まるで子供の口げんかのようになってきたな」
「まったくですね」
「相手も急に古語になった」
「まったくですね」
「でもまあ、あれだけ元気なら、エイルの体の心配はしなくていいかもしれんな」
「まったくですね」
「それしか言えんのか?」
アトラックは頭を掻いた。
我ながら間抜けだと言わざるを得ない。これ以上間抜けだと言われないように彼は周りの警戒に意識を集中させた。
カレナドリィはと言えば憤然とした表情でエルデを眼下に睨み付けると、片足を上げて大きく後ろに引き上げ、勢いを付け思いきりエルデの頭を蹴りつけた。
だが、エルデはとっさに身を起こして立ち上がると、カレナドリィとの距離をとりつつ後ろに飛び去り、その間に精杖を取り出して両手でそれを剣のように構えた。
「ばかな。動けるのか、あの深手で?!」
「お前が余裕ぶっこいとる時にこっちも余裕で体勢立て直してたんや。ツメが甘いで、三流賢者」
「三流などと言うな。イチイチ腹が立つガキめ」
「腹立ってんのはこっちや! こんなみみっちい卑怯な手ぇしか使われへんのは三流の証拠やろ? お前はそんなケチな賢者になってたんか?」
「なんやて?」
「一流なら正々堂々とウチの前に姿を見せてみぃや」
『ウチ?』
【ああああ、やかましい。そこも突っ込むとこやない!】
『ふん』
一連の口げんかのような言い合いがばったりと止んだ。
カレナドリィが口を閉ざしたのだ。
「なんか、相手が二流から三流にあっと言う間に格落ちしましたね」
ひそひそと囁くアトラックに、ファルケンハインはうんざりした顔をしてみせた。勿論返事はしなかった。
【フン、さすがにそろそろこんな子供だましの挑発には乗って来んわな】
『いや、もう充分ノリノリだったように思うが』
【まあな。おかげで最低限の回復はなんとか出来た。問題はこの後ヤな仕事をせなあかんってことやな】
『嫌な仕事?』
【さあな。でも考えたらわかるやろ? まあ俺がラウ・ラ=レイなら】
『ヤツなら?』
【カレンをお前さんに仕掛ける。ルドルフの話やと結構な体術家に習ってたらしいやん?】
心の中でエルデがそう言ったのとほぼ同時にカレナドリィが無言でエルデに正拳突きを入れてきた。
速かった。
ラウはカレナドリィの持っている能力を生かすこともできるようだった。しかも人間が無意識にもっている力の抑制が外されているので潜在能力を極限まで引き出されているはずだった。いや、引き出されているのではなく引きずり出されているのであろう。
エルデはカレナドリィの最初のその突きをかわそうとしたが、自分の意志に反して体がまったく反応しなかった。つまりカレナドリィはエルデの杖を構えた腕を掴むと同時に手前に引くようにして顎のあたりに鋭く正拳を入れてきた。さらにすぐに横に飛び退くと今度は横合いから体勢を崩したところに足払いをかけてきた。エイルと違ってもともと体術などには縁のないエルデにはまったく為す術がなかった。エイルは視界が傾くのを感じながら「かなりの体術の心得がある」という父親であるルドルフの言葉を確かに思い出してはいたが、その時にはエルデとエイルの一つしかない体は無様に地面にたたきつけられて倒れていた。
【やれやれ】
『本当にどうにかならないのか』
【どうにもならへん。でも、できる範囲でどうにかせなあかんやろ。あんまりリリア姉さん達に手の内を見られたくないんやけどな】
エルデが誰にも聞こえない程度の小さな声で何かを短く唱えると、地面にはいつくばるエルデに対して次の攻撃に入ろうとしていたカレナドリィの動きが凍り付いたように止まった。
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