第十二話 ハロウィン・リューヴアーク 2/2
とはいえ、ここは一応ルネにも文句を言っておくことにした。もちろん、その声色はハロウィンに対するものとはあからさまに違っていた。
「私の眉間に皺などない」
「えー?」
「とにかく、ここは山間部で朝は殊の外冷える。自覚がなくとも皆が疲れているのは確かだ。だから早く栄養のある温かい食事をとることが必要だ」
「ティアナの言うことは正しいね。食事場所を探しながら、そろそろ移動しようか。歩くと暖まるしね」
「そうそう、ここはサクランボが特産なんヤで、シェリル」
「へえ。じゃあサクランボの砂糖漬けを使ったタルトとかいいかもしれないわね」
「私は生のサクランボのパイがエエなあ」
「それもいいわね。でも、やっぱりサクランボの砂糖漬けをそのまま暴れ食いが豪華だと思うわ」
「あ、私もサクランボの砂糖漬けは大好きですわ。でも、お行儀が悪いと言っていつもそうたくさんは食べさせてもらえませんの」
「ふふ。ここでは誰も止めへんヨ?」
「そうですわね」
「楽しみヤねえ」
「ねえ」
笑顔の少女達の輪の中にいる、鳶色の瞳をした栗色の癖毛のデュナンの少女はルネにシェリルと呼ばれていた。
少女組では一番年長にみえるシェリルは、まだ幼いルネの手を引いて歩き出した。するとエルネスティーネがその隣につく。
三人は引き続きサクランボの砂糖漬けの話題で盛り上がりながら、ハロウィンとティアナの大人二人組を先導する格好で町の中心部に向かって歩き出した。
シェリル達の会話を聞きながら、ティアナは肩を落としてボソっと独り言のようにつぶやいた。
「むう。朝っぱらからサクランボの砂糖漬けか」
「おや、ティアナはサクランボは嫌いかい?」
「いや、むろん嫌いではない。だが私は朝はライ麦のパンにソーセージと卵の方がありがたいな。それに、そうだな。何はなくとも熱いコーヒーは欠かせない」
そこまで喋って、ティアナは我に返った
「あ、いや、そうではなくて、私は……」
「ははは。心配ないさ。多分朝っぱらからメニューにサクランボタルトや砂糖漬けの暴れ食いだけって店はないだろうさ」
「何だと? ではサクランボの砂糖漬けの暴れ食いというメニューはあるということか? さすが名産地だな」
驚いたティアナにハロウィンは顔の前に手を持ってきて左右に振った。
「ないない」
「なん……だと?」
「だいたい、もうサクランボの季節でもあるまいよ。春先のこのあたりはサクランボの花が満開で、そりゃあ見事なもんだがね。しかし今は秋も深い。そうなるとここいらはリンゴが旬になる。そっちもこの辺の名産品なんだよ?」
「つまり、今はリンゴのパイやタルトの暴れ食いの季節だと?」
「いや、その暴れ食いからは離れないか、ティアナ」
「ないのか?」
「無いと思うよ」
「そうか、考えてみればそうだな」
ティアナはバツが悪そうに軽く赤面してうつむいたが、すぐに顔を上げてハロウィンをにらみ付けた。
「いや、そんなことはわかっている。そもそも人の独り言に突っ込むなと言っている」
「いや、ティアナの独り言はどうにも突っ込みやすいもんで」
「なんだと!」
「どうも」
その剣幕にハロウィンは肩を竦めると、二人のやりとりを聞いていたエルネスティーネに目配せして苦笑した。エルネスティーネはその様子を見ると、楽しそうに小さく声を出して笑った。
ハロウィンの事は相変わらず失礼な男だとは思いつつも、ティアナはエルネスティーネの笑い声を聞くと幸せな気分になった。
彼女がエルネスティーネの無邪気な笑顔を見るのは本当に久しぶりだった。しかも旅に出てからこっち、エルネスティーネはいい笑顔でずっと笑っているような気がしていた。
ティアナは口に出しては言えない事を思った。
(王宮にいる時とはまるで別人のようだ)
そう。健康で元気のいい町の娘のような普通に楽しそうな笑顔と屈託のない笑い声。自らの、そしてエルネスティーネの持つ使命の重さは重々承知しながらも、金髪の小さなアルヴィンが笑うたびにティアナは緊張で縛り付けられているはずの心がどんどん解け出していくような気がしていた。
「まあ、いいか」
「え? やっぱり砂糖漬けかい?」
「なんでもない。いちいち私の独り言に反応するなと言っている」
「そいつは、どうも」
苦笑のような笑顔を浮かべて思った言葉を口に出したティアナにハロウィンは必ず反応してきた。だから次はそれを無視しようとティアナは心に決めた。
そう、そこにいないものだと思えばいいのだ。
そう思うとさらに心が軽くなったティアナは、歩きながら両腕を上げてのびをし、朝のひんやりとした空気を思いっきり吸い込んだ。
(確かに気持ちがいいな)
声に出さないように意識しながら心の中だけでつぶやくと、もう一度伸びをした。
(本当に気持ちがいい)
「ティアナ、今とってもステキな顔してルでー」
気がつけば今度はルネがティアナにそう声をかけて手を振っていた。ティアナはまた少し顔を赤らめると、ルネをとがめた。
「こら、大人をからかうんじゃない」
「えー? いちいち怒る方が子供ヤって言うてタでー」
「誰がそんなことを?」
「ハロウ!」
ルネがそう告げた後に、あはははっと笑うエルネスティーネの明るい声が続いた。
ティアナは目をつり上げてハロウィンをにらみ付けた。
ハロウィンは帽子を目深に被るとティアナの睨みの視線を遮り、ごにょごにょとつぶやいた。
「いやいや、こいつはどうも」
今に始まったことではないが、この男だけは誰がなんと言おうと気にくわない。心底ティアナはそう思った。そして何度もわき上がる同じ思いがまた彼女をとらえる。
(なぜ陛下は、そしてミドオーバ閣下はこんな得体の知れない男を頼るのだ?)
そもそも旅の出発時点からハロウィンの行動はティアナを不機嫌にさせることばかりだった。加えてあの後、一行に加わったシェリルの事も不満のひとつだった。彼女はハロウィンがらみだからだ。
エルネスティーネとハロウィン、そしてルネ・ルーの三人にティアナを含めた四人で出発するものとばかり思っていたところ、王宮を出る為に入った地下にあるティアナも知らない秘密の通路の途中で、その旅装束のデュナンの娘とであった。
珍しい鳶色の瞳を持つ彼女は自らをシェリル・ダゲットと名乗り、ハロウィンに旅の仲間の一人だと告げられたのだ。
何者だ? とたずねるティアナにハロウィンは平然と言った。
「サラマンダの元山岳ゲリラさ」
「山岳ゲリラ?」
「反政府ゲリラと言った方がわかりやすいかな」
「なんだと?」
またもや頭に血が上りかけたティアナに事情を説明したのは、ハロウィンではなくエルネスティーネだった。
何でもキャンタビレイ大元帥の家で一時的に預かっていたが、先に特赦で送還されていたウンディーネの兄の元に戻るのだという。つまり途中までの道連れである。
エルネスティーネの説明が終わると、ティアナが口を開く前にハロウィンがこう言ってティアナの文句を封じた。
「陛下には許可をもらっているからね」
「大丈夫です。お兄さんのもとへはハロウ先生がちゃんと送ってくれますよ」
エルネスティーネがそう言うと、ハロウィンが思い出した様に続けた。
「ああ、言い忘れてたけど僕は色々と忙しくてね。シェリルの事もあるけど、君たちとずっと一緒ってわけにはいかないんで、そこのところはよろしくね」
「な、なんだと?」
途中でハロウィンが居なくなるのはそれはそれで戦力低下になって、大丈夫ではないのではないのだろうか? と思ったティアナだったが、何も言わないでおこうと決めてぐっとこらえた。一言文句を言えば際限なく頭に血が上りそうだったのだ。
ティアナの心の中には改めて不安の雲が大きく広がっていった。
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