第八話 賢者とエレメンタル 3/4
強力なフェアリーとエレメンタルの違いについてだが、実はその特定方法があるという。これについても諸説あるが、エレメンタルには体のどこかに必ず「エレメンタルの徴」と呼ばれる痣があり、エレメンタル固有の特殊な力を使う際にはそれが輝くと言うものが一般的である。
彼らは全能最高神マーリンに祝福され、マーリンの四方にあってマーリンを守護する者とも言われている。
その力は、フェアリーの能力を遙かに超え、エーテルを使った超常能力を発揮するルーナーのあらゆる高位契約履行をも凌駕すると言われる。
古代の教典にはかつて一人のエレメンタルの力が世界の三分の二を滅ぼした逸話さえあるという。
マーリンを唯一神とする正教会に対し、新教会ではエレメンタル達はマーリンと並んで直接の信仰対象となっている。
なお、エレメンタルは遺伝や血統とはいっさいの関係がないとされている。
エレメンタルの徴とはエレメンタルである証しの事で、エレメンタルごとにその痣は違うとされる。一説によるとそれぞれの痣は、マーリンの言葉、すなわち古代ディーネ語で、「炎」「水」「大地」「風」に関係する言葉を表すとされている。また、その痣は常に現れている訳ではなく、感情が高ったり強い力を発現する際など、特定の条件がそろったときにのみ現れるとされ、普段の生活をしている人間の中から痣を頼ってエレメンタルとして特定するのは難しいと考えられている。
確認されているエレメンタルの徴は、シルフィード王女エルネスティーネ・カラティアの左の掌に浮かび上がる文様のみであるが、文様の意味については宗教学者の間で諸説あり、未だ定まっていない。マーリンの言葉と呼ばれる「神痕」に最も詳しいとされる正教、つまりマーリン正教会はエルネスティーネの痣については硬く口を閉ざしたままになっていた。
「今だからいいますが、ルルデ・フィリスティアードは炎のエレメンタルだったのではないかと、私は思っています」
「ええ?」
『賢者一般』から『当面の賢者』、すなわちエイルに話題が移ると、アプリリアージェはそう言った。
一行は思いもよらず長くかかった食事を終えると、予約していた部屋でようやく旅装を解いたところだった。
「目撃したのは私とリーゼの二人だけですが、あの時に見た光こそ「発現」であると、今ではそう確信をしています」
「なんですって?」
アトラックは驚き、手にしたワインの瓶をあやうく取り落とすところだった。
その話は初耳だったのだ。
「それってつまり、エレメンタルの一人が……もう死んじゃったってことですよ?」
ファルケンハインにとってもエレメンタル説は初耳だったらしく、もう一人の目撃者であるテンリーゼンの方に視線を向けてみた。だが、テンリーゼンはいつものように目を軽く伏せてたたずんでいるだけであった。店の中でかぶっていた黒い仮面は取られており、少しだけ見える素顔が不気味な赤と黒の文様の入れ墨で覆われているのが見えた。
「だからこそ、ですよ」
「それはどういう意味ですか?」
「エレメンタルだからこそ、です。ただの人ならともかく、エレメンタルともあろう者が、あっさりと死んでしまって、はい終わりだったとは思えなかったのです」
「なるほど。だからルルデ・フィリスティアードにそっくりなエイル・エイミイにらしくないほど固執されたのですね」
アプリリアージェはうなずいた。
「あの場を逃げ延びて別人を名乗って生きていたのだと思ったのです。それほどに似ているのです」
テンリーゼンは同意を求めるように自分を見やったアプリリアージェの言葉に反応して小さくうなずいた。
「でも、結論としては全くの別人ですよね。賢者っていうのは、先天的な才能を持った赤ん坊が特殊訓練で長い間かけて鍛え上げられてようやくなれるものだと聞きました。だったらサラマンダでおちおちゲリラ活動とかしてるわけないですよね」
「もちろん、あの戦いのあと復活して賢者になったとは考えられないな」
「元々賢者だったけど、ゲリラ活動もしていたという事は?」
「だとしたらアクラムでやられていたのは我々のはずだな」
「ごもっとも」
「いえ」
ファルケンハインとアトラックのやりとりを聞いた後でアプリリアージェは一行の方に振り返った。
「賢者エイル・エイミイが兵士ルルデ・フィリスティアードではないという理屈はよくわかっているつもりです。いえ、はじめから頭では理解していたのですが、それでも全くの別人とは思えないのですよ。私がどうかしているのでしょうけれどね」
「まだ完全に信じたわけではない、と?」
「ええ」
「相変わらず頑固ですねえ。まあ、そんなことより【真赭の頤】を一緒に探すなんていう取り引きをしても良かったんですかねえ」
「奴を敵に回すのは避けたいというのが本音ですか、司令?」
「でもどっちにしろ【真赭の頤】を見つけたら、いきなり取り合いになって戦うことになるんじゃないですか?」
ファルケンハインとアトラックの質問にアプリリアージェは少しだけ間を置いてから口を開いた。
「勘違いしてはいけません。我々が欲しいのは【真赭の頤】本人ではなくてエレメンタルについての情報です。【真赭の頤】をどうこうするしないは目的とはまた違う問題です。それよりも、もしそうなったときに賢者エイル・エイミイが我々を排除しようとするかもしれないという事の方が重要な懸案事項でしょうね。でも今はそれについて明確な対処法はありません。ですからその時が来るまで時間を稼ぎながら良い方法を考えるとしましょう。向こうも我々の情報や補給網に魅力を感じているでしょうから、しばらくは対等で居られるはず。それになんと言っても私たちは数で勝っています」
アトラックはふうむ、と唸って腕組みをし、少し考えてから再び疑問を投げかけた。
「そこなんですが、賢者さまって単独行動なんですね。信じられないけど」
「一人の方が自由に動きやすいでしょう。強大な力を持っているのであれば、中途半端なお付きの者はむしろ足手まといにしかなりません。我々の部隊に配属されたばかりの士官学校上がりがやってきたと考えれば容易に想像がつきます」
「確か二層なんですが、例えば宿に一人で寝ている時とか不安じゃないんですかね?」
アトラックの問いに、アプリリアージェはいたずらっぽい笑顔を浮かべた
「なんなら今夜試してみますか? そうなるとたぶん、もう二度とアトルと生きて会う事はないような気がしますけど」
「か、勘弁してくださいよ」
ファルケンハインがアトラックの狼狽ぶりを見て口を開いた。
「確かに今日見せた力にしてもあの程度のものは賢者の能力のほんの一端でしかないような気もしますね」
「あの不貞不貞しいというか、凶悪な程の自信に溢れた態度ははったりじゃないってことか」
「あんなものは賢者にとっては児戯に等しいのではないかな」
「ふうむ。それに俺たちの攻撃が効かないというのが問題ですね」
「あの防御ルーンか。確かにやっかいだな。だが何か手はあるはずだ。とはいうものの、賢者の実力には舌を巻くしかないな。賢者十人で大軍を滅ぼしたという古代の伝説を今までは信じられなかったが、賢者エイル・エイミイを見ていると……」
「事実かもしれませんね。あんなのが十人もいて本気で能力全開で戦えば、そら恐ろしいことになる気がします」
アトラックの言葉にファルケンハインもうなずいた。物理攻撃が効かない相手は極めてやっかいだった。
「それにマーリン正教会の情報網もあなどれません。司令と副司令の顔を見ただけで正体を見破るんですから」
アプリリアージェはファルケンハインの言葉に反応した。
「それなんですが、少し疑問があります」
「と、おっしゃいますと?」
「私の事はアプリリアージェ・ユグセルとフルネームで呼びましたが、リーゼの事はドールという二つ名のみ。同じ副官の地位にいるファルにいたっては何も言及されていませんでしたね」
「そう言えば」
アトラックはその時の事を思い出してつぶやいた。
「俺とレイン副司令は殆ど眼中にないという感じでしたね」
ファルケンハインはうなずいた。
「でもそれは公爵という司令の持つ肩書きの問題では? さすがに各国の爵位を持つ人物の名簿くらいは教会も持っているでしょう」
「それを言うならリーゼも男爵の爵位を持っていますしアトラックは子爵家の嫡子ではありませんか」
「あ……」
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