第八話 賢者とエレメンタル 2/4
アプリリアージェのその言葉の裏にある意味はこうだ。
味方にならなければいかなる手を用いてもエイルを生きて教会に返すわけにはいかない。それがシルフィード王国の提督、アプリリアージェ・ユグセルとしての立場であろう。エイルが言うように、先刻見せた能力は彼の持つ実力のほんの一部なのであろう。エイルと戦うことはすなわち自らを含む部隊がおそらくは無傷では済まないであろうということでもあった。
目的のためには手段は選ばない。けれども、できれば何も失わずに目的を達したい。それがアプリリアージェ・ユグセル提督のつぶやきの裏にある本心であった。
[なるほどなあ。えらいリアルな夢やな]
一方、提示額四十エキュ五十サイン、実際には無料になった附室を入れて都合三部屋もある豪勢な部屋に落ち着いたエイルは、エルデに請われて「夢」の内容を語って聞かせていた。それはアプリリアージェやルルデが登場したという例の夢の話だった。
『現実のリリアさんの姿は夢で見た通りだ。ドールも』
[ふーん。ルルデ・フィリスティアードがお前さんにそっくりなだけでもびっくりするやろうけど、多分リリア姉さんが問題にしてるんは最後にルルデが放ったその大きな赤い光なんやろうな。つまりルルデとは単なる反政府組織員やないという事やな]
『いや、問題はそこじゃなくて、なんでオレがそんな夢を見たのかと言うことだろ?』
[ま、それはどうでもええけど]
『どうでもいいのかよ?』
[そんな事より、ファランドールの知識人にとっては、お前さんの夢の内容が極めて興味深いものやっちゅう事や。具体的に言うとルルデ・フィリスティアードっちゅうそっくりさんの存在が、や]
『赤い光の部分か?』
[それもあるけど、まあ聞きぃや。これは一部の学者や正教会のルーナーの間では昔から仮説として言われていることなんやけどな]
『?』
[ここファランドールと部分的につながっている異世界が存在するんやないか、という話や。それがファランドール・フォウ。単にフォウという事が多いけど、つまりおまえさんのいた世界やな。というか、お前さんが存在するんやから、もはや仮説でもないわけやけど]
『それって、ひょっとしてルルデってヤツととオレが何らかのつながりがあるって意味か?』
[結論を急ぐんやない。その件で他に思い当たる節はないのんか?]
『うーん、そうだな。そう言われてみれば』
エイルは昔からよく夢を見ていた事を思い出していた。その殆どは他愛のないものだが、時折見慣れない町並みが登場する夢を見ていた記憶がある。それはまさに今のファランドールにある町の風景のような気がした。もちろんエイルにとってフォウでの記憶は漠然としたものが多いが、確かに見ていたという確信のようなものがあった。
[その話を聞くと実に興味深いとしか言いようがないな。ユグセル公爵がお前にご執心なのもムリのない話やな]
『ご執心? というか、公爵?』
[ああ。あの姉さん、つまりアプリリアージェ・ユグセル海軍中将は、シルフィード王国の公爵さまでもあるんや。解ってるとは思うけど公爵やから、そら、貴族の中でもかなり位が高いお人やで。あまつさえシルフィードの王位継承権のごく上位にも名を連ねてるしな。どっちにしろ悪名高いル=キリアの司令が実は公爵さまで王位継承権まで持ってるってのはすごい話やな。まあ、もっとも名前だけは知れているけど、基本は秘密部隊やしなあ]
『お前、本当によく知っているよな。そういうこと』
[紳士録の上位の奴らは全部知ってる。仮にもマーリンの賢者っちゅう立場やしな。教会には諜報を専門にしとる部門もあるし、結構重要な情報が集まってくる仕組みになっとるんや]
『それってつまり、各国に正教会の人間が入り込んで情報収集をしているって事か?』
[ご想像にお任せするわって、まあ今さら隠すこともないか]
『なるほどな。マーリン教っていうのはかなり侮れないってことだな』
[世界中でもっとも敵に回したないところやろな。俺がそう思う位やから]
『でもそれって、程度の差こそあれ、他の国の連中も同じということか』
[ま、そういうこっちゃ。国だけやのうて新教会も同じ事はやってるはずやな。そういうわけでお前さんも知ってるとおり賢者はかなりの特権も持ってるし、堂々と情報収集できる立場でもあるな]
『それってずるくないか?』
[ずるくない。で、話の続きやけど、次に問題になるんが、ルルデが最後に放った赤い光や]
『というと?』
[これも書物から得た知識で俺が勝手に推理した事やけど]
『なんだ?』
[そのルルデ・フィリスティアードってヤツ、ひょっとしたらひょっとしてエレメンタルやないのんかな。リリア姉さんはむしろこっちを重要視しているはずや]
『エレメンタル?』
[この世界に古くから伝わる伝承や]
エイルとエルデが一晩四十エキュ五十サインの三部屋もある豪勢な部屋でそんなやりとりをしているちょうどその頃、蒸気亭の離れにあるノイエ家の一室で、カレナドリィがぼんやりと目を覚ました。
カレナドリィは目覚めると、自分が置かれている状況を確認した。
横たわったまま部屋を見渡す。レースのカーテン越しにも関わらず強い二つの月の光で照らされた部屋が自分の部屋である事を認識すると安堵のため息をついた。そして今度は記憶を辿りはじめた。
(私は……たしかドライアドの兵隊に捕まって縛り上げられて……さっきうっすら目覚めて助けてもらった事までは理解したけど、そのまままた眠っちゃったのね……ふふ、こうしているとまるで夢みたい)
そして気付いて両腕を月明かりでよく見えるように差し出した。
(あんなにぶたれたのにどこも痛くないのはなぜ? 痣もなくなってるし)
そこでがばっと起き上がった。
(まさか夢? ああ、でもすごく怖くて悔しかったし、あんなに現実的な夢なんてないわよね)
カレナドリィはある事に気付いてベッドから下りると、椅子の上に畳まれた服を持ち上げた。それは白いシャツで、ところどころ血がにじんでいて、前の部分は刃物で大きく切り裂かれていた。
(やっぱり夢じゃない……。ああでも、本当に良かった)
そんなことを考えながら再びベッドに戻ろうと思ったその時、カレナドリィの耳に小さくポロンという素朴な弦楽器の音が届いた。
(こんな夜中に誰? まさか楽器の練習でもないでしょうに)
そう思った次の瞬間には、弦楽器の音に続いて朗々とした美しい女性の歌声が耳に届いた。これも小さくはあったが、カレナドリィにははっきりと聞こえた。
高く清らかで美しい歌声は、ウンディーネの島々の景観を称える有名な歌だった。カレナドリィはそれらの景色を見たことはない。だがその歌に聴き入っているうちに目の前に海原が広がり、陰影を付けて連なる大小さまざまな島々が見えてきた。
情景と歌にうっとりとしているうちに、カレナドリィはいつしかその場で再び深い眠りについていた。
そもそもエレメンタルとはディーネ語で「決定する者」という意味である。
エレメンタルについては諸説あるが、一般にはフェアリーの中でも図抜けた能力を持つ者で、ファランドールの伝説では千年に一度同じ時代に四人のエレメンタルが生まれ落ち、二つの月が完全に重なり合う「合わせ月」と呼ばれる特別な日に四人が集い、世界を救うか滅ぼすかを決定し、それをマーリンに伝えると言われている。
「決定するもの」すなわちエレメンタルと呼ばれ出したのはその伝説によるものである。すなわち後に付けられた呼称であり、当初はそれぞれ炎精、水精、地精、そして空精(あるいは風精)と呼ばれていたようである。つまり四人のエレメンタルとは、それぞれ炎・大地・風・水という四種類の精霊の力を持った強力なフェアリーで、それは「始まりの四人」「四始祖」と呼ばれる古王国の創始者の末裔であるという。また一説では四人のエレメンタルが揃うと、大いなる力が得られるとも言われている。
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