第七話 暗珠の呪法 3/4

『意地悪?』

[いや、俺は別に答えたるなんて言うてへんし]


「お、俺はどうなる。ちょっとした出来心だったんだ。な、仲間がやられた事は本当だ。街道の真ん中で六人もゲリラに殺されてたんだ。ウソは言わん、信じてくれ」


『こう言ってるけど、どうする?』

[面倒だからあっさり全員処刑]

『無抵抗のヤツを殺すっていうのはやっぱり俺はどうも』

[本当に甘いな、お前さん]

『カレンの分はぶん殴った。思いっきりぶん殴ったからあの左足はしばらくつかいものにはならないさ』

[わかったわかった、後始末はしたる]

『いや、お前に任すと全員処刑するだろ? 代われ』

[もう仕込みはおわってんねん。お前さんにこの回収はまだまだ無理]

『くそ』


「ふん、ええやろ。仲間がやられた事については余も多少同情はしたる。けどな、お前らの犯した罪は今ここで余に処刑されても文句は言えへんものやという事はよーく自覚しときや」

「は、はいっ」

「だからと言うてハイそうですか、ってそのままお前達を開放する訳にもいかへんなあ。うーん、そやな。じゃあまずここで余のマーリンの瞳と賢者の徴に誓え。二度とこんな事はせえへんってな。そしたらとりあえず命だけは助けてやってもええ」

「ち、誓う。いえ、誓います」

「焦ったらあかん。まだ続きがあるんやから最後までちゃんと聞け、ボケナス。糞虫の上にせっかちやな、お前」

「も、もうしわけありませんっ」

「それから本隊に戻ったら、おまえ達は全員、何か適当な理由をつけてすぐに除隊申請してドライアドに帰れ。全員足の骨を叩き折ってやったからどっちにしろしばらくは後方送りやろし、すぐに申請は認められるやろ。何なら余の方で上から根回ししておいてやってもええで。そのケガは……そうやな、夜に酔っぱらって全員で用足しに行ったら全員で足を踏み外して崖から落ちたとでも言うておけばええんちゃうかな。剣を使わずにわざわざ木製の杖で骨を単純に折ってやったんはそういうウソを付きやすくするためや。それとも剣で切り落としてやった方が良かったか? なんやったら今からでも」

「め、滅相もありません。お、お慈悲にに感謝いたします。もちろん、ご指示には全て従いますとも」

「最後に、これが一番重要なんやけど、余の事は絶対誰にも言わんように。家族にも誰にもや。聞いて知っているとは思うけど俺たちは基本的にお忍びやからな」


「そこまで考えて剣じゃなくて杖だったんですね。さすがはマーリンの賢者」

「杖しか持ってなかったからじゃないのかしら」

「いや、手近に自治警察の奴らがが捨てた剣があったはずじゃないですか」

「最初から骨を折る程度にしたくて、だから杖が適当な武器だったんでしょう。彼からはあの時、怒りは感じられましたが殺意までは伝わってこなかった」

 ファルケンハインの言葉に、アプリリアージェは頷いた。

 だが、アトラックは不満そうにつぶやいた。

「それにしても、あの杖はどこからわいて出たんですかね?」

「それは確かに謎だ」

「確かにそうですね」

「まあとりあえず、当初懸念した事態にはならずに済みましたが、それよりも彼が私たちに席を立っていろといった意味がまだわかりませんね?」

 アトラックに問われるまでもなくアプリリアージェもそれを疑問に思っていた。

 だが、その謎解きはすぐに行われる事になった。


 エルデがアプリリアージェ達の方に顔を向けた。

「お前達、大儀であった。手を借りるまでもなく余一人だけで一件落着したゆえ、もう座ってよいぞ。」

 そう言うと、エルデはアプリリアージェにニヤリと笑って見せた。

「なんと」

 アトラックは驚いてアプリリアージェとファルケンハインを見やった。アプリリアージェは笑っていた。もっともいつもアプリリアージェの顔は笑っているようなものなのだが、その時はいつもより明らかに楽しそうな表情をしていた。

「そう言うことね。じゃあ、お言葉に甘えて座りましょう」

 アプリリアージェは微笑むと、エイルに恭しく礼をして席に着いた。ファルケンハインがニヤリとしてそれにならい、アトラックもそれを真似た。リーゼだけは礼もせずにそのままストンと座った。

「俺たち、賢者さまのお付きの者にされちゃったってわけですか」

「光栄な事だ」

「お揃いのフードマントですから、誰も疑ってないでしょうね。賢者さまがまさか単独行動しているなんて誰も思っていないでしょうし、お付きの者がいる方がかえって自然です。大人が複数ついていることで、子供に見える彼が本物なのだという理由付けの後押しにもなりますね」

 アプリリアージェはそう言うと、おかしそうにふふっと小さく笑い声を上げた。

 店内にいた人々はアプリリアージェ一行の方を振り向いて礼をしたり手を合わせたりして、感心したように一行の方を見やっていた。

「それよりあの子、相当の策士ですね。策士というよりハッタリ屋か博打打ちといった方がいいのかもしれないわね。どちらにしろ」

 ここで堪えかねたように少し小さく吹き出すと

「正教会の賢者さまなどにしておくのはちょっと惜しいですね」

 そう繋いだ。

「賢者を麾下に加えたい、と?」

「誰でも欲しいでしょうね、賢者は。でも、私はあの子だからこそ興味があります」

 アトラックの問いにアプリリアージェはうなずいて見せた。

 エルデはアプリリアージェ達の機転の利いた反応に満足の表情を浮かべると、隊長格の男に向き直った。


「念の為に言うとく。あの者達は余の側近やけど、余にはお前の想像通り他にも忍びの護衛がけっこうな数で居る。この件は既に報告に走らせた。あっという間に我々の連絡網がその筋に伝えることになるやろ。サラマンダやドライアドだけやない。ファランドール中や。だから余との約束を違えるようなことがあればお前だけでなく一族郎党ことごとく……」

「わ、わかっております。誓った通りにいたします」

 エルデはうなずくとルドルフの方を向いて縛を解くように指示した。

「武器も返してやってええで。本隊に戻ったときに言い訳しにくいやろうからな」

「しかし」

「大丈夫や。せやな、お前? 何ならマーリン正教会に古くから伝わる秘術でカエルになる呪いをかけてもええんやけど。お前が望むなら特別にウジ虫でも……」

「ま、まっすぐにドライアドに戻ります」

「だそうや。心配ない」


(カエルになる秘術だと?)

 女吟遊詩人はあきれたように心の中で呟くとエイルとアプリリアージェ達を見比べた。

(別々に現れたが、単独ではなく手下か。別行動をしていてここで落ち合う算段だったという訳か)


「賢者って、カエルになる秘術も持ってるんですねえ」

「そんなもの、聞いたことがない」

「ええ? ウソですか?」

「でもあの子なら、実はそんな呪法も持っているかも知れませんよ」

 アプリリアージェはそう言うとこれからの成り行きを楽しむようにエイルの方を見やった。


『おい、カエルになる呪法なんていうのもあるのか?』

[そんな愉快な事ができるくらいならお前さんを最初にカエルにしてるやろ]

『フン。カエルがルーンを詠唱できるのか?』

[あ、そっか。そうなるとゲコ語でグラムコールを再構築して……]

『何だよ、ゲコ語って?』

[知らんのか?カエルの言葉や。他にもケロ語っちゅうバリエーションもあって]

『はいはい。それより、そろそろ例の後始末しろよ。時間あくとまずいんだろ?』

[せやな]


「そうそう。大事なことを忘れてた。みんなはこれをよく見てくれ」

 エルデはあたりを見渡して一同の注目が集まるのを確認した。「みんな」がいったい誰を指すものなのかは計りかねたが、エイルの言葉に従い、その場に居た全員がとりあえずエルデの方を注視した。もちろん件の吟遊詩人もつられてエルデの方を見た。いや、敢えて言われずともその場にいた者は全員、エルデを注目し続けていたと言うべきだろう。

 ともかくルドルフがその直後に見たものは、エイルの顔のあたりに浮かぶ、スイカ大の柔らかい闇の固まりのような球形の光……と表現するしかないようなものだった。それがいったい何なんのかはわからなかったが、賢者であるエイルが何かの術で出したものには違いないと思った。そしてそれをじっと見つめてみるのだが「それ」は実体や遠近感がなく、どうにも捉えどころのないような感じで、何度も目をこすってみたが全く焦点が合わない。さらに目を凝らしたところで、そのスイカ大の闇色の球から突然四方八方に黒い光が飛び出し、見るものの視界をすべて闇に変えてしまった。

 次に「パンっ」という、誰かが両の手のひらを叩き合わせたような音を出し、それが合図で視界が戻った。その音はエルデが発したようだった。

 ルドルフは今何が起こったのかを理解できず、エルデと店にいた客達を交互に見比べた。ルドルフと目があったエルデは、なぜかニヤリと笑っている。そしてその額にはもうあの赤い目はなかった。

 ルドルフは改めて店内を見渡した。


「しかし、今年の大市はいつにも増して盛況だな」

「おうさ。何でも国外からの商人も例年以上に多くややって来てるって話だ」

「ウンディーネか? あいつらは本当に商売になると思ったらどこにでもやってくるな」

「これがまた魅力的な商品を揃えているってんだから始末に悪いぜ」

「カアちゃんには市に近づかないようにしっかり言っとかないとな」

「まったくだ」

「あっはっはっは」


(どうしたことだ?)

 ルドルフは混乱した。

 一瞬の静寂後にざわめきだした店の客達は、今起こった事件の事などまるっきり無かったかのような口ぶりで、ドライアド軍が現れる前の会話の続きをそこかしこで行っていた。

 店内にはビールジョッキをテーブルに置くコトンと言った音や乾杯によるジョッキ同士がふれあう音に混じり、政治情勢の勝手な憶測、今年のワインの仕込み具合、来春のサクランボの作柄の予想、大市の賑わい振りについての会話があふれかえり、空中を飛び交うビールや食べ物を注文のする声がそれにくわわり……要するにいつも通りの蒸気亭だった。


「そこちょっとどいとくれ」

 給仕女の黄色い声に、ルドルフは自分の記憶を疑いはじめていた。

「こいつは……いったい」

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