第六話 委嘱軍 2/2
「おまえらのやり方はわかってる。ありもしない証拠を見つけられて反政府ゲリラの烙印を押されるのはまっぴらなんでな」
「滅多なことを言うなよ。準戒厳令下の軍に対して使う言葉には気をつけろ」
「これでもかなり気を遣っているつもりだがな」
「では家宅捜索をせずに素直に事情聴取に応じるか?」
「おいおい、冗談だろ?」
「おいルドルフ、ドライアドの兵隊は全部で十人くらいだぜ」
外の様子が見える入り口付近の客がそう声をかけた。
「あと、六頭だての搬送幌馬車が表に一台あるな」
ルドルフはうなずいた。
「静かにしろ。どういうつもりだ。お前達本当に反政府ゲリラか?」
「何度言ったらわかる。俺たちは反政府ゲリラじゃない。言いがかりはやめてお引き取り願おう」
「こりゃけっさくだ。お前、軍をナメてるな。はいそうですかと俺たちが立ち去るとでも思ってるのか?」
「お前も俺たちをなめてるな。勝手にランダールに入り込んでサラマンダ正規軍もないもんだ。ランダールには自治警察ってのがあってな。お前さん達のようなならず者を追い出すのも役目の一つだ」
ルドルフのその言葉を合図に、店内のあちこちから剣を抜く声が響いた。
「何?」
とたんにドライアドの軍装をした一団は色めき立ち、店内を見渡した。そこには十人を超える人間が剣を手にしてその矛先を天井に向けおり、壁際には既に弓に矢を番えたものも四人ほどいた。
「どうするね? おとなしくこの町を出て、本来いる場所に帰るならばよし。やる気なら本気で相手になる。なあに、ちゃんとした公式の手続きを踏んでこの町に赴任した正規軍ならいざ知らず、最近はドライアド軍の軍装をした反政府ゲリラが多くてな。そいつらを自治警察で退治すると政府から恩賞金がもらえるようになってるんで、俺達にとっちゃいい小遣い稼ぎになるんだがな」
「ゲリラを十人も退治したらここに居る全員分の一ヶ月分のビール代くらいにはなりそうだな、ルドルフ」
「ちげえねえ。いいカモだ」
リーダーらしき男は一瞬ひるんだが、すぐに気を取り直して剣を突き上げたまま隣にいる部下に小声で何かを命じた。すると一人の兵が外から大きなズタ袋を抱えてやってくると、そのリーダーの男の足下に置いた。
「とうとう正体を現したな、反政府ゲリラめ」
リーダーの男は剣を下ろし、ズタ袋に片足をかけてそう言った。
「ほう。この状況でまだそういう言いがかりをつけるのか? 俺達は本気だぞ?」
ルドルフは形勢逆転という状況もあり、落ち着いた声でそれを受けた。
「いきがっていられるのも今だけだ。お前達にぐうの音も出ない証拠を見せてやろうじゃないか」
隊長の合図で、兵士が足下のズタ袋の口をくくっている綱を解いた。袋を無造作に引きずると、中から白いシャツを着た若い娘が転がり出た。長い金髪はめちゃくちゃに乱れて、白いシャツとつりズボンは所々が引き裂かれており、泥にまみれていた。
服から露出した手足は荒縄でそれぞれきつく縛られており、血痕とも見える赤黒い染みがいくつかこびり付いていた。見れば片方の足は裸足だった。
『おい、あれは!』
[あの子は!]
「カレン!」
ルドルフは一目見るなり、そう声を上げて変わり果てた姿の娘に駆け寄ろうとしたが、兵士達に蹴り倒された。
「おっと」
「この娘は俺達の仲間の死体の傍にいた。おそらくは反政府ゲリラの見張り役か連絡役だ。俺達の姿を見て逃げようとしたところをひっ捕まえたって訳だ。お前の娘なんだろ? どうだ、これでも言い逃れができるつもりか?」
「お前ら、娘に何をした!」
ルドルフは起きあがりながら、憎しみに燃える目でリーダー格の兵士を睨み据えた。
「なあに、小娘にしてはあまりに抵抗が激しいんでちょっと手荒だったが眠ってもらっているだけだ。もっとも、お前達の出方によってはこのままここで処刑してもいいんだがな」
そういうと、横合いの兵士に目で合図をした。それを見た三名の兵士はそれぞれの剣をカレナドリィの喉と胸と腹に当てた。
「おとなしく武器を捨てて投降しろ、反政府ゲリラども」
「何度も言ってるが、俺たちは反政府ゲリラじゃない」
「ほう。俺が脅しを言っているとでも思ってるんじゃないだろうな」
隊長格の男はそう言ってニヤリと笑うとカレナドリィに剣を突き立てていた兵士を下がらせ、かわりに自らの剣をシャツに薄く突き刺すと、胸元のあたりを切り裂いた。それによって形のいい白い乳房があらわになった。そしてそこには所々突かれたような青い痣があった
それを見てルドルフはうなり、店内には再び悲鳴が上がった。
「俺は気が短いんだ。十数えるウチに武器を捨てろ。さもないと今度はこのかわいいおっぱいをえぐり取るぞ」
ルドルフの目は憎しみにこれ以上はないほどつり上がっていた。
「うぬぅ」
「いち」
下卑た笑いを浮かべながら、リーダーらしき男は数を数え始めた。
「二……三……四……」
『エルデ、悪い。我慢の限界だ』
[何言うてんねん。ここでじっとしとったらぶっ飛ばすところやで]
『あのな』
[弁当の礼をするのは人として当然やな]
『いくぞ』
[とりあえず、ややこしなるから今はまだ殺さんとき。例によってくれぐれも血ぃ流さへん方向で頼むわ。あとのしゃべくりは任せとき]
『了解』
「五……六……」
何人かが武器をすてた。それを合図に店内で武器を捨てる音が鳴り響いた。おそらく全員が武器を放棄したに違いなかった。
「ちょっと借りるで」
エルデはそういうとアプリリアージェが座る隣の椅子に置かれていた白っぽいマントを取り上げ、さっと羽織った。アプリリアージェは何かを言いかけたがエイルはそれを無視して背を向けた。
丁度その時、剣に続き、弓を構えていた男達がその弓を床に投げ出すのが見えた。
それを確認したエイルは息を吸い込むと、大声で叫んだ。
「これでこの店の疑いは晴れたはずだろ? この人たちは自警団で、自分の町を守りたかっただけだ。ゲリラだったら武器を捨てたりしない。これ以上理不尽な事をするなっ」
[うーん。ちょっと締まらへん演説かな]
『普通だろ』
[フン。後のセリフは担当したる]
リーダーの男は突然声を発したエイルを睨みつけた。
そして声の主がまだ少年であることを確認すると、不愉快そうに怒鳴りつけた。
「ガキが何をえらそうなことを言っている」
「そっちこそいい大人のくせに幼稚な方法でセコくタカってんじゃねえよ」
エイルの言動を最初はあっけにとられて見ていたルドルフは、我に返ると叫んだ。
「お前、よそ者のくせに馬鹿なことを言って問題を大きくするな」
エルデはそれを無視すると今度は店内の客に向かって手を大きく挙げて叫んだ。
「皆んな、危ないからできるだけ入り口から離れて壁際に寄っててくれ。でないと火傷するぞ」
「リリア……」
アトラックがアプリリアージェに声をかけようとしたのを彼女は左手を挙げて制した。
「成り行きを見守りましょう。あの態度から察すると彼には充分な計算があるように見えますよ」
「ですかね」
「どちらにしろ『無関係』な私達が手を出す必要は全くありません」
「無関係、ね」
アトラックはファルケンハインを見やって感想か意見を求めたがファルケンハインはそれには答えずエイルの方をじっと見て、つぶやいた。
「坊やが事を起こす前にわざわざ司令のマントを羽織った意味がわからん」
「マントを脱いでたのが司令だけだったからじゃないですかね? あ、サイズかな。俺達のだと大きすぎますしね」
「アトル。それは答えになっていないんじゃないか」
「ちょっと私たちでは想像できないような面白い事が起きるかも知れませんね」
「まったく。司令は本当にいつも冷静ですね」
「あら、この顔を見てくださいな。私はかなり緊張しながらもワクワクしてるんですよ。いつも冷静という言葉がふさわしいのはあなたの直属の上司の方でしょう?」
アトラックはアプリリアージェにそういわれると頭を掻いてリーゼの方を見やり、肩を竦めた。彼の直属の上司と言うのはどうやら一行の中でも最年少、そして一見ただの子供に見えるリーゼの事らしかった。アプリリアージェの言うとおり、当のリーゼは一連の出来事の間中も眠っているかのようにまったく何の動きも見せなかった。
「クラルヴァイン副司令の場合は冷静というのとは全く違う地平にあるような気もするんですがね」
アトラックはそういうと困ったような顔をしてもう一度頭を掻いてファルケンハインの方を見やった。しかし、ファルケンハインはそんなアトラックを当然のように無視した。
「このガキ、どういうつもりだ」
兵士の一人が憎々しげにそう声に出した。隊長はそれを制してエイルとルドルフを交互に見やるとニヤリと笑って剣を頭上に高々と振り上げた。
「お前らの中に、とりあえず俺の言ったとおりにしなかった奴がいた。こりゃ反政府ゲリラへの見せしめだ。おまえら、よく見とけ。ふん、まだ若い娘なのにかわいそうになあ!」
[いくで]
『了解』
隊長格の男は言うが早いわためらわずにその剣を足下に横たわるカレナドリィの露出された白い左胸に向けて振り下ろした。
店内にはあちこちで大きな悲鳴が上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます