第六話 委嘱軍 1/2

 女性客の甲高い悲鳴が、「蒸気亭」の喧噪を破った。

 微妙な対峙を続けていたエルデとアプリリアージェ一行の注意も、その声の方向に向けられた。

 エルデはすぐに店の客が注目する方へ視線を走らせた。それは店の出入り口で、いつの間にか武装した一団が入り込んでいた。

 店に入ったのは五、六人だろうか。全員が片手剣を剥き身のまま上に向けていた。黒と黄を基調にした彼らの軍服は一目でドライアド軍のものとわかる。サラマンダにいるドライアド軍、それはサラマンダ侯国に駐留し協定により大侯から委嘱を受け実質的にサラマンダ侯国軍として振る舞っている、いわば正規軍と呼んでいい軍隊だった。

 やや派手な装飾のある丸形の板に皮を張った軽めの盾を背負った、ごつい体格のデュナンの男がどうやらこの部隊のリーダーらしかった。

 女性客の悲鳴の後のどよめきが去ると、店内は重苦しい静寂に包まれた。彼らはどう考えてもこの場に相応しいとは思えない、つまりは歓迎されざる客であった。


「この店の主人、ルドルフ・ノイエってのはいるか?」

 カウンターの中にいたルドルフは即座に答えた。

「何の用だ? ウチは武器の剥き身での入店はお断りしているんだがな。表に書いてなかったか?」

 軍人の威圧的な態度にも、巨漢ルドルフは臆した風もなく、相変わらずよく響く大きな声で応じた。

「この国は未だに準戒厳令下にあるんだぞ? 正規軍に対して口の利き方を間違うとマズい事になるのを知らんわけでもあるまい?」


「準戒厳令?」

 エルデが訝しげにそう呟いたのを耳にして、アプリリアージェは「おや?」と思った。一般の人間がこの状況下で反応するところとしては明らかに不自然だと思ったたからだ。


「ドライアドの軍服を着たままで正規軍が聞いてあきれる。俺が読んだ条約じゃあ委嘱軍でも正規軍としての活動を行う場合はサラマンダ軍の軍装をする事になっているはずだがな」

「準戒厳令下である。軍装などどうでも良いことだ。覚えておけ。貴様のその反抗的な態度は軍部に記録される。それとも、正規軍に逆らうのはお前達が反政府ゲリラだからかな?」

「とんでもない言いがかりだな。それより委嘱軍がウチに何の用だ? かき入れ時なんで商売のじゃまになるような用事はさっさと済ませてくれるとありがたいんだがな」

「では説明しよう。我が部隊の兵が今日、南の街道で反政府ゲリラの卑怯な奇襲によって殺された。さらに行方不明者も相当数いる。我々は目下、鋭意犯人を捜索中だ」


「おやおや」

 ドライアド軍の兵士のその口上を聞いたアトルは思わずそうつぶやき、アプリリアージェとファルケンハインは互いに顔を見合わせた。

「あれが連中の本隊でしょうか」

「ひょっとして俺たち、見られてましたかね?」

「まさか、それはない」

 アトラック達のやりとりをきいていたエルデはハッとすると声を潜めて尋ねた。

「おい、まさかと思うけど、あいつらの言うてる犯人って」

 その問いにリリアは眉根にシワを寄せて苦笑した。それが答えであった。

 エルデはがっくりと肩を落としたが、すぐに顔を上げてアプリリアージェをにらみ付けた。

「まあ、大方向こうにコナかけられて、面倒やから片付けたんやろうけど、この状況を鑑みるに、あんたら死体をちゃんと始末せえへんかったようやな?」

「ご明察です。まだ明るい時間帯でしたし、隠すにも谷間の一本道。死体の数も多くて埋めるには時間がかかりそうだったので仕方なく放置してきました」

 リリアはそのままをエルデに応えた。


[こいつ、明日の天気の話題をしてる程度の感覚かい。あどけない笑顔でホンマによう言うわ]

『かえってゾっとするな』

[ムシケラを踏んだ程にも思ってへんのやろな。マジでこいつら、ヤバイかもな]


「じゃあ、あなただったらどうするんです? その口ぶりだと、どうやらエイミイ君も結構私たちと同じような目に遭っているんじゃないかと推理しますけど?」

「そうやな、確かにいちいち埋めるのは面倒や。そやから俺なら」

「あなたなら?」

「証拠なんか何んにも残らへんように一瞬で灰にするけどな」

「へえ」

 エルデのその言葉で今度はファルケンハインとアトラックが顔を見合わせた。アプリリアージェはというと、興味深そうに少し目を見開いた。

「なるほど、『行方不明者』の方は私たちではないのでどうしたのかと思っていたのですが、なるほどなるほど」

 エルデはそれには答えずに、ニヤリと笑って見せた。


「ほう、それはご愁傷様としか言いようがないな。で、犯人がこの店に居るとでも?」

 店主のルドルフが兵に向かって答えた。


[おーい、犯人はここにおるで]

『いるよな。思いっきり。しかも別々の犯人が同じテーブルについてるし』

[それはそうと、妙やな。カンがええにも程がある]

『そうだな。なぜここに来られたんだ?』


「犯人の特定はできん。だが我々の調査の結果、この店が反政府ゲリラの連絡場所になっているという情報を得た。この店に今いる人間も反政府ゲリラに関わりがある可能性がある。よって全員その場から動く事を禁じる」

「おやおや。なんだか、面倒なことになりましたかね」

 緊迫した状況だと言えたが、アトラック・スリーズは落ち着いた口調でファルケンハイン・レインを見やった。

「それでも成り行きを見守るだけだ。忘れるな。俺たちは善良な旅の商人だ」

「ごもっとも」

「打ち合わせ通りでお願いしますね」

 アプリリアージェは短くそういうと、改めて一行を見渡した。皆はアプリリアージェに小さくうなずいた。


『確かに面倒なことになったな』

[ここはもしもの為にお前さんに返しとくわ。防御系は張りなおしとく。ただし]

『わかってる。出来るだけ目立つような行動は控えるさ』

[なら、ええわ]


 エルデ……いやすでにエイルに入れ替わっていた……はルドルフをみやった。

 あの連中の仲間の殺害犯はともかく、そもそもこの店が反政府ゲリラの巣というのは本当の事なのだろうか……もしそうだとしたらこの店にいた我々全員もゲリラと見なされる可能性は充分にある……そうなったら……。

 エイルは逃げ道の確保を最優先考えることにした。


[まあ、あれや。俺達を特定してここに来たんやないやろ]

『偶然か?』

[せやろな。町一番の有名店やから来たってとこやろ。こう言うのはようある嫌がらせや。仲間がやられたのを理由にさも正当性のあるような事を言うて証拠もなく脅して店から売り上げをピンハネしようっちゅう、みみっちい辺境部隊や]

『夕べの連中と言い、まったくひどい話だな。ドライアド軍って一応正規軍なんだろ?』

[いつも言うてるけど、敗戦国のその後なんてこんなもんや。サラマンダ中どこでも見かける日常の光景って奴やな。でもまあ多少大きな町とはいえ、こんな北方の辺境までタカリにやってくるっちゅうのはご苦労なことや]

『本当に腐りきってるな』

[おいおい、あんまり熱くなりなや。お前さんの悪い癖やで]

『わかってるさ。でも正規軍は言ってみたらこの国の人達の味方のはずだろ? これじゃ、まるで敵じゃないか』

[お前さんはフォウで戦争を体験したことがないからわからへんのやろうけど、戦争下の軍なんてたとえそれが自国の軍でも、本質は変わらへん。民衆にとっては軍なんて自分たちの生活や財産や命を脅かすという点では等しく敵や。それ以外の何者でもあらへん。戦争でいつも割を食うのは平和に暮らしている普通の人々なんや]

『じゃあ、この国に暮らしている普通の人たちは何を信じればいいんだよ?』

[それは、もう何遍も言うたやろ?]

『何も信じるな、誰も信じるな……か? クソ食らえだ、そんな世界! どうやって生きていくんだよ』

[そういう世界なんやから、しゃあないやん。お前さんが望もうが望むまいが、そのクソ食らえな世界で生きていくしかないんやからな]

『クソ。なぜオレは自分の本当の名前が思い出せないんだ……』

[その為に俺達は旅をしてるんやろ?]

『早く終わらせたい』

[立場は違えど、同じ意見やな]


「聞き捨てならんな。反政府ゲリラだと? この店が? どこのどいつだ、そんなデマを言った奴は? ここへ連れてきてくれ。俺がぶん殴ってやる」

「ほう、シラを切る気か?」

「シラを切るも何も、俺は反政府ゲリラに知り合いはいないし、俺自身、別に政治にゃ興味がない、しがない宿屋の主人なんでな。戦争が終わってありがたいと思っている普通の庶民だ」

「お前が反政府ゲリラじゃないと言うのならその証拠を見せてもらうとするか。この店を捜索させてもらうぞ」

 派手な盾のリーダー格の軍人が合図をするとさらに数人の兵士が店内に入り込んだ。

「それは断る」

「ほう。無実を証明する機会を与えてやったのに断るのか」


『なぜだ? 反政府ゲリラじゃないなら堂々と捜索させればいいのに』

[アホ]

『え? ルドルフは反政府ゲリラって事?』

[お前さん、ホンマに平和ボケの世界の人間やな。ちっとは考えてみ?]

『どういう事だよ』

[家宅捜索なんてさせてみいや。本来ありもしないものを「なぜか」見つけられるに決まってるやろ? 奴らの常套手段やないか]

『なんだって? 卑劣な』

[言うたやろ。兵隊なんてやりたいことをやるためには権力と暴力を使ってなんでもやるんや]

『じゃあ、この場合、これからどうなるんだ?』

[さあな。俺らの知ったことやない。それよりこっちはズラかる算段しとくで。ゆっくり動いて、目立たんようにしゃがむなりして奴らの視界からはずれるんや]

『……』

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