第五話 蒸気亭 9/9

「なるほど。俺としたことが気づくのがちょっと遅かったようや。今ようやくあんたらの正体がわかったわ」

「正体?」

 アプリリアージェは首を傾げて見せた。

「用心棒なんて言うて申し訳なかったな……。あんたらはあのル=キリアか。リリア姉さんは金色のスフィアを持つ「白面の悪魔」 お味方からも「笑う死に神」って言われて忌み嫌われる程の有名人。そんで、まさかと思うけど、奥のガキンチョは、血の通わん戦闘人形、「ドール」 どっちも悪名高いで。シルフィードの商売人やて? はは。戦争するのは一流でも、冗談の才能はあんまりないみたいやな」

 エルデの言葉でその場の雰囲気は完璧に凍り付いた。

 だが、それでもアプリリアージェ・ユグセルだけは眉一つ動かさずに相変わらずの無表情な微笑を浮かべたまま落ち着いた声で答えた。

「驚きました、ご名答です」

「へっ。『おどろきました』っていう顔やないやろ、あんた」

「うーん。本当に驚いてるんです。でも、残念ながら驚いてもこの顔なんですよ」

「へえ。全然普段との違いがわからへんな」

「よくそう言われます」

「……」


[さすがに、ちょっとムカついてきたんやけど]

『なんか、軽くあしらわれてる感じだな、オレたち』


「あなたの持っている情報はたいしたものですね。もっとも、私たちの目的は先ほど言ったとおり、【真赭の頤】の捜索です。目的はあなたと同じですね」

「で、あんたらの正体を知った俺は、この後秘密保持のために始末されるんか?」

「まさか。勘違いしているようですが、我々の目的は人捜しであって人殺しではありません。もっとも……」

 そこで言葉を切ったアプリリアージェは、再びにっこりと甘いケーキのような優しい笑顔をエルデに投げかけた。

「私たちの邪魔をするというのであれば、もちろん排除対象です」

「おーこわ」

 軽くおどけて見せるエルデを無視して、アプリリアージェは静かな調子で続けた。

「せっかくこうしてお近づきになれたのです。これも何かの縁。縁ついでに二つ質問させてください。答えによってあなたに対する我々の行動は決まってしまいます」

「それは脅しか? このいたいけな少年を軍人がよってたかってなぶり殺すつもりか?」

「一つめの質問です」


[無視かいっ]

『見事な無視だな』


「ルルデ・フィリスティアードとあなたの関係は何ですか?」

 エルデはうんざりだという風に肩をすくめて見せた。

「二つめは?」

「もちろん、シグ・ザルカバードとあなたの関係です」

「答えなければ?」

「ご想像にお任せします」

「俺、思考力は高いけど、想像力は貧困なもんで」


『おい、オレはそうでもないぞ、想像力』

[やかましい。緊張感ないんかい?]

『お前に言われたくないよ』


「これは忠告ですが、私たちは相手がたとえ非戦闘員の女子供であっても任務遂行に関しては何のためらいも持ちません」

「ま、その辺は世間のあんたらに対する噂と、あんたが持ってる二つ名でだいたい想像できるな」

「それから、これはこの二つの質問に共通する補足なんですが」

「注文が多いんやな」

「私たちは急いでいます」

 エルデは再び肩を竦めてみせた。

「リリア姉さん、あんた、可愛いない女って言われてるやろ?」


『どうするんだよ』

[どうしよ?]

『考えがあってちょっかい出したんじゃないのかよ?』

[いやあ……偉そうにされるんがちょっとムカついたんで、牽制しとこと思っただけやねんけど……話がややこしいことに]

『おいおい、夢が現実を見たものだとしたら、こいつらの戦闘力はそうとうなもんなんだぞ?』

[そやかてお前もそれなりに強いんやろ? 天才剣士君]

『強いヤツとやれるのはいいけど、こんなところで大立ち回りはしたくない。というか、一対一ならまだしもさすがに多勢に無勢だろ』

[ほう。負けると?]

『ふん。ま、何ならやってやってもいい。どうなってもいいんならな』

[とは言え、ここで騒ぎを起こしてあんまり血しぶきは見とうないし、一般人巻き込むと寝覚めが悪いしな。ま、俺だけでなんとかなるやろ]

『血を見ると気分悪くなる癖を速く治せ。お子ちゃまか、お前は』

[やかましいっ。そんな話を今してる場合やないやろ]

『じゃ、とりあえず逃げるのか?』

[アホ。こいつらから逃げ切れるかいな。ル=キリアは精鋭のフェアリー部隊なんやぞ。しかも風のフェアリーの部隊やから。まあ、まず逃げられへんやろなあ]

『だったら、お得意のルーンで眠らせて時間稼げよ』

[高位の風のフェアリーには、睡眠系のルーンは効きにくいんや]

『いつも使ってる麻痺のルーンは?』

[あれは術者がちょっと離れたらすぐ切れるからなあ。まあでも、見とれって]


「陰で私がどう呼ばれているかは存じませんが、私に面と向かってそう言った人はまだいませんね」

 アプリリアージェは、エルデの幼稚な嫌みを、引き込まれそうな笑顔とともにサラリとかわした。

「ほんなら、俺が栄えある最初の人間やな。あんた、ぜんっぜん可愛いない女やで」

「それは、ご忠告どうも。気をつけます」

「二つめの質問の答えやけど、俺は【真赭の頤】にちょっとした貸しがあんねん。それをキッチリ返してもらう為に草の根分けても探し出したる、という感じで旅に出て、もうまるまる二年以上経つんや。詳細は個人的な事やから話しとうないな」

「うーん。詳細がわかりませんが、まあいいでしょう。では一つめの質問の答えは?」

「馬のフンとワインくらい無関係や。俺はそのルルデ・フィリスティアードというヤツとはしゃべったことはおろか、会うたこともない。念のために言うとくけど、俺には双子の兄弟もおらへん。だいたい俺は」

「だいたい?」

「いや、それもこの場では関係ない話やった。とにかく似てるから関係を言え、とかそっちの都合だけで疑われても迷惑や、っちゅうことや」

「そうですか」

「俺がウソを付いてへんことくらい、あんたほどのフェアリーやったら判ってるハズや」

 アプリリアージェは、エルデの言葉に小さく苦笑しながら目を伏せた。

「確かにあなたの周りの精霊波に大きなブレはありませんね。ウソは付いていないと私も思います」

「当たり前や」

「ただし」

 アプリリアージェは身を乗り出してエルデに顔を近づけると、微妙に笑みの消えた顔つきでエルデの目を見据えた。

「微妙なブレは見えます。あなたはウソは言っていないけれど、何かを知っているのではないですか?」

 エルデはヤレヤレという風に首を振って肩をすくめた。

「質問は二つ。そう言う話やったやろ?」

「あら、質問は同じです。ただ、言い方を少し変えただけですよ」

「こっちが何を言うてもペースはそっち優先かいな。怒りが高じたらエーテル……精霊波は多少なりと揺れるやろ。まあ、何の罪もない民間人を恫喝するのがあんたら軍人のいつものやり方やもんな。一度疑ったらとことん疑う気ぃかいな。それより今度はこっちから質問させてもらうで。シルフィードの特殊部隊が、シグの爺さんをなんで探してんねん?」

「軍事機密です」

「たはー。予想通りの答えすぎて突っ込む気にもならへんわ」

 隣にいる者に話すのさえ、かなり大きな声でしゃべらなければならないほど周りは喧噪に包まれていた。店の一番奥隅にあって小声で話すエルデとアプリリアージェとのやりとりが周りに聞かれている心配は皆無と言えた。

 ただエイルが少し疑問に思ったのは、その喧噪の中で、そのテーブルだけが小声でもやけに明瞭にお互いの会話が聞こえることである。

 おそらく端から見るとにこやかなアプリリアージェとニヤリと笑ったエルデの表情から、旅の話に花が咲いているとしか映らないだろう。時折、エルデの完食を祝福する連中が乾杯に訪れてはいたが、エルデはそれを作り笑いで適当にあしらい、アプリリアージェはそんな時、穏やかで優しそうな満面の笑顔を絶やさなかった。そんな少女が軍人と想像できる人間がいるはずもなかった。

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