第七話 暗珠の呪法 1/4
剣が振り下ろされると同時に、エイルは両手を隊長格の男の方へ伸ばし、誰にも聞こえない程の小さな声で何かをつぶやいた。
剣が振り下ろされようとした次の瞬間、店内にゴオオっという轟音がとどろき兵士達が溜まっていた入り口のあたりが大きな風圧を伴った赤い炎に包まれた。
アプリリアージェの目には、エイルがつきだした両手の先から炎が生まれ出て、それが入り口のドライアド兵を吹き飛ばすのが見えた。
すぐに次の炎が発せられた。今度はまるで何匹もの蛇がうねるように兵達にまとわりつき、表面を焦がしていった。
「この子、炎のフェアリー?」
「うわああああああ」
「助けてくれ!!」
「も、燃える!」
兵達は一瞬でパニックに陥った。
「大将、この隙にカレンを!」
床に横たわったままのカレナドリィはエルデの発した炎の影響は全く受けず、吹き飛ばされたドライアド隊から解放されていた。
エイルはアプリリアージェ一行の方を振り返り、すこし近づくと彼らにしか聞こえない程度に小さく声をかけた。
「悪いけど、皆さんしばらくその場所で立っててくれへんか?」
エルデの言葉の真意をはかりかねた一行は顔を見合わせた。
「いや、それよりさっきのは一体……」
アトラックはエイルにそう問いかけたが、エイルは背を向けた。
「悪いようにはせえへん。もっともあんた達が状況打破に協力してくれるつもりがないんやったら別にかまへんけど」
そういうとエルデは小声で何かをつぶやいた。
アプリリアージェ達の目には、瞬きする間に空手の少年が精杖を手にしたかのようにしか映らなかった。
『さて、叩きのめすか』
[それ、弱いものいじめやけどな]
『やかましい。ゴミはゴミ箱に、なんだろ?』
数秒後には炎はさっと引いた。
当初パニックになっていたドライアドの兵士達だが、たいした被害を受けていないことをすぐに察知すると武器をとってエイルを見た。
隊長格の男が立ち上がりながらエイルを睨んだ。
「きさま、炎のフェアリーか」
エイルはそれには答えず精杖ノルンをかざして隊長格の兵士に向かっていった。
「だったらどうした? とりあえず、お前はぶっ飛ばす」
「バカめ。そんな木の棒でこの俺と戦えるものか。大した威力もない三流フェアリー風情が」
隊長格の男はそう叫ぶと、迫るエイルに向かって剣を構えた。戦いには慣れていると見えて、その剣の構えには迷いがない。それに、剣の腕にはそれなりの自信があるのだろう。その状況下でも落ち着いていた。
次の瞬間には二人の剣と精杖が交差した。
アトラックの目には隊長格の兵士が振り下ろした片手剣が、まるで無防備に突っ込んだエイルの体を見事に袈裟懸けに切り裂いたように見えた。
だが、切り裂かれたはずのエイルの姿がおぼろげに空気中にとけ込むように消えたかと思うと、本体はすでに隊長格の兵士の脇をすり抜けるような形になっていた。
アトラックは思わず目をこすったが、エイルには傷一つ点いていないようであった。
エイルはすり抜けた隊長格の兵士の方は振り返らず、入り口付近に集まっている兵士達に走り寄りながら、今度は精杖を持つ手を伸ばした。
「紛れもなく炎のフェアリーですね」
食い入るようにエイルの動きを注視していたアプリリアージェがつぶやいた。
「しかし、初めて見る性質のフェアリーです」
「私もです」
ファルケンハインはアプリリアージェの言葉にうなずきながらも、釈然としないものを感じていた。それはおそらくアプリリアージェとて同様のはずだった。炎の力をあのように身除けとして使う者を見たことがなかったのだ。炎のフェアリーと言えば、その破壊力が持ち味で、強大な炎の力を相手にぶつけて焼き尽くす、言ってみればやられる前にやる、という性質の力業……すなわち攻撃に特化したフェアリーしか見たことが無かった。
それなのにエイルはまるで防御に長けた大地のフェアリーの能力を併せ持つかのような能力を見せたのだ。炎と土……二つの属性を持つフェアリーなどファランドールには存在しないのだ。
「一体、炎の精霊の力をどうやったらあのような形の防御能力にできるのでしょう」
「確かにただの炎のフェアリーとは違いますね」
「現象だけを見るとフェアリーではなくルーナーと言った方がわかりやすいですね。精杖みたいな物も持ってますし」
「しかし、ルーナーではあり得ませんね」
「ええ。そうですね」
アプリリアージェはファルケンハインの言葉にうなずいた。
エルデが発した炎に兵士達は再び悲鳴を上げた。大した事はないと知りつつも、やはり炎に包まれると冷静ではいられなかったのだ。
エイルはそんな兵士達の真ん中に飛び込むと精杖を両手剣のように構え、慌てふためく兵達を次々と打ち据えていった。その速度と太刀筋は誰が見ても鮮やかで軽やかで、歴戦の兵士の戦いというよりは、何かの舞と言った動きだった。
あっけにとられた一同が見守る中、エイルは一撃必殺で全ての敵をなぎ倒して行った。
全員を打ち据えたエイルは立ち止まり、精杖を床にトンっと突いてルドルフの方を振り返った。
放った炎はすでに消えてなくなり、十人ほどいた兵士達は意識無く皆その場に横たわっていた。中には泡を吹いている者さえいる。
エイルと最初に剣を交えた隊長格の男は、剣を投げ出して俯せに倒れてぴくりとも動かなかった。
ぼうっと突っ立っている自治警察の男達を見渡しながらエルデは言った。
「さあ、今のウチにこいつらの武器を取り上げて、とりあえず縛り上げるんだ」
自治警察の男達は瞬く間に起こった一連の出来事を咀嚼できておらず、混乱状態で、お互いに顔を見合わせながらどうしたものかという態度で迷っていた。しかし、カレナドリィを抱きかかえたルドルフの言葉が彼らの呪縛を解いた。
「とりあえず、今はこの坊やに言われたとおりにしよう」
エイルは自治警察の男達が動き始めたのを満足そうに見やると、カレナドリィを抱いたルドルフの方に歩み寄った。
「カレンの状態は?」
「意識がないが……」
エイルはしゃがむと口の中で小さくなにかをつぶやき、精杖でさっとカレナドリィの体の上をなぞるような仕草をした。
それを見たルドルフは不審には思ったが、カレンの身に特に何も変わった変化がないのでその事はすぐに意識の外へ追いやった。
そんな細かな違和感より、今は他に考えることややる事が多すぎたのだ。
「たぶん。打ち身だけだろう。大した外傷はないし意識が戻ったら、多分大丈夫だろう。それよりお前さん」
「ん?」
「ただの食いしん坊じゃねえな? それよりカレンを知ってるのか?」
「ここに来る途中の街道で行き倒れてたオレに弁当を恵んでくれたんで、ちょっと恩があってね。赤の他人って訳じゃなくなってたし、さすがにさっきのは見てられなかったんだ」
「そうか。あれほど町の外には出るなと言っていたのにな」
「とにかく、カレンをベッドに」
「判った。そうさせてもらおう」
ルドルフは複雑な表情を浮かべながらも目を伏せてエイルに黙礼すると、勝手口の方へ引っ込んだ。そこから自室に繋がっている様子だった。
「あいつ、炎のフェアリーだったんですね」
アトラック・スリーズが感心したようにつぶやいた。
アプリリアージェはアトラックには答えず、リーゼの方をチラリと見た。リーゼはアプリリアージェを見ると、反応して小さく首を横に振って見せた。
俺に聞くな、わからない。という意味であろうか。
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