第三話 風のフェアリー 2/3

 そうこうしているうちにお嬢様とそのお付きの一行四人はドライアドの軍服を着た六人からなる小隊の目前にやってきた。

「おう、待ちな」

 道をふさぐようにして立っている兵士達を避け、街道から脇にそれつつ通り過ぎようとした一行の目の前に、部隊のリーダー格のがっちりとした体格のデュナンの男が抜き身の剣を突きつけて制止した。

「何でしょう?」

 先頭を歩くアトルがそれに対応した。

「俺たちは見ての通り軍のもんだ。ここでゲリラの掃討作戦についている」

「それはそれは。ご苦労様です」

 そういうとアトルは、洗練された物腰で恭しく会釈して見せた。

「ちょっと顔と荷物を検めさせてもらうぜ。これも仕事なんでな」

 アトルはマントのフードを脱ぐと顔を出し、兵達を見渡すとやんわりと抗議した。

「私たちはご覧の通りシルフィードの商人です。この先のランダールで開かれる今度の大市の取り引きのためにやってきました。通行証にはファルコの港で領事の認証印をちゃんといただいていますし、市に参加できるサラマンダ政府公認の商業組合に発行してもらった商業手形も持っています。必要ならお見せいたします。決して怪しいものではありません」

 アトルの言い分を聞いていた隊長格のデュナンの男は足下に唾を吐くと、大声で怒鳴った。

「勘違いするな。通行証や商業手形なぞ関係ない」

「しかしですね」

「今日落ち合う事になっている俺達の仲間がまだ現れない。ゲリラの罠にかかった可能性もあるんでな、これは委嘱軍としての公務で、お前達は俺達の言うことに従う義務がある。言っとくが、ここじゃ通行手形とかそんなものはただの紙切れだ」

 アトルは眉根にしわを寄せて困った風な顔をして見せた。

「そういう事情がおありでしたか。ですが私達は今日のところは道中に委嘱軍の部隊も見ませんでしたし、そもそも反政府勢力とも何のつながりもありませんが……」

「つながりがあるかどうかは俺たちが決めることだ。お前達は言われたとおりにしろ」

 アトルは仲間内にようやくわかる程度に小さくため息をついて見せて、隣の背の高いアルヴの青年と顔を見合わせた。アルヴの青年はうなずいて見せた。

「大した荷物はありません。大口の商談をまとめる為の見本程度しか持っておりませんが」

「ガタガタ言わずに荷物を下ろせってんだよ」

 後ろにいた違う兵がイライラしたように大声を上げた。


 アトルとドライアド兵とのやりとりを聞きながら、アルヴの青年は注意深く周辺を観察していた。すると、足下に妙なものを見つけて、小声で後ろにいるリリアに声をかけた。

(リリア様)

(どうしました、ファル?)

(私の足下、少し右のあたりをごらんになって下さい)

(これは?)

(ええ、多分両手剣ですね。でも、妙な具合です)

(確かに、まるで高熱で溶けて曲がったように見えますね)

(よく見ると周りにまだいくつもあります。草むら中ですから、きっと彼らはこれに気づいてないんでしょう)

(この状況を素直に判断すると、高熱によって剣が溶けた事件がここであったという事でしょうけど)

(どう解釈したらいいんでしょう?)

(彼らの言うその「お仲間」と関係があるのかもしれませんね)

 ファルというアルヴとリリアがヒソヒソと会話をしている間、のらくらと隊長格の兵とやりとりをしていたアトルは、今度は大きなため息をついてみせた。

「はあ」

 デュナンの青年アトルは再度背の高いアルヴの青年「ファル」の方をチラリと見ると、ドライアド兵の要請に負けしぶしぶと言った風情で背負っていた荷物を下ろし、中が見えるようにして見せた。

「禁制品なんか入ってませんよ」

 隊長格の男は荷物を持つアトルをぞんざいに押しのけるようにすると、その背負い鞄を取り上げた。

「あ、なんてことを」

「うるせえ、静かにしろっ」

 荷物にすがろうとするアトルを違う兵が剣で脅して制した。

 荷物を奪った隊長格の男は、鞄の中身を地面にぶちまけた。

 そこには光沢のある薄い青色をした絹の布で大事に包まれた小荷物がいくつか入っていた。

 その見るからに上質な絹の布を兵は手荒く開けると包まれていた荷物を取り出した。

 それは彼ら……旅の一行が着ている灰がかった白っぽい布で作られた薄手のマントだった。

「なんだ、ただのマントか? お前らこんなもんで商売しようってのか?」

「怪しい奴らだな」

 荷物を開いた兵達が険しい顔でデュナンの若者を睨んだ。

「違います。それはシルフィード王国特産品、貴重なアルヴスパイアの布で作られた高級マントです」

 アトルは語気を荒らげて抗議した。

「先の大戦で職人が減ってしまって。だから今では流通量も少なくて大変な貴重品なんですよ。商売用の大事な見本なんですから手荒に扱わないで下さい」

「けっ。アルヴの国のケチな商人かよ」

「だからさっきそう言ったじゃないですか」

「うるせえ」

 アトルの言葉を聞く風でもなく、しばらく何の飾りもない無地の白っぽい地味なマントをひっくり返していた隊長格の男は、やがて舌打ちをすると興味がなさそうにそのマントを地面に捨てようとした。

 その様子を見た別の一人の兵が、マントを持った隊長格の男を止めた。

「待て、もったいない」

「ああ?」

 隊長格の男は自分を止めた兵士を睨み付けた。

「こんな地味で貧乏くさいアルヴ用のマントが高く売れるわきゃねえだろ?」

「いや、そいつが言うようにアルヴスパイアのマントってのが本当なら、ちゃんとしたところで売ればそれ一着で俺達の一年分の酒代くらいにはなるぜ」

 その男の言葉にその場の兵士達はざわめきたった。

 隊長格の男も改めて自分が握っているマントに目を落とした。

「その話は本当か?」

 捨てるのを制した兵は大きくうなずいた。

「何でも本物のアルヴスパイアの布は火にくべても燃えないらしいぜ。ドライアドの王侯貴族やウンディーネの金持ちが喜んで言い値で買ってくれる程の逸品だってことだ」

「マジかよ?」

 さらに兵士達が盛り上がる。

「だとしたらたいしたもんだな」

「本当に本物かよ?」

「いい加減なこと言ってるんじゃねえだろな?」

「ウソじゃねえ。俺のオヤジは仕立屋なんだ。ケチな俺んちの店なんかじゃ滅多に扱えるもんじゃねえんだが、それでも俺は一度だけ本物を見たことがある。ちょっと見せてくれ」

 兵は隊長格の男からマントを受け取ると掴んだり広げたりして吟味を始めた。

「どうなんだよ、もったいぶるなよ」

 何も言わない兵にじれた他の仲間達から文句が上がる。

 マントを手にした兵は顔を上げると隊長格の男に向かって興奮気味に告げた。

「触った感じがたっぷりしてるのに、この羽のような異常な軽さ……どこを探しても見つからない縫い目……間違いない。こりゃ、どう考えても本物だぜ」

 吟味していた兵の言葉に歓声が上がった。

「そういや俺も聞いたことがある。雨や風は一切通さねえのになぜか汗は通して夏でも冬でもこれ一枚羽織っていれば、中は裸でも快適だそうだ」

「ホントかよ?」

「そりゃいいな。おい、お前、他にも出せ」

「よく見りゃあよ、こいつらの羽織ってる埃っぽい色で高そうには見えねえそのマント、全部これと同じもんじゃねえのか?」

 マントを手にした兵達とは別に一行の周りをうろうろと歩き回っていた腹の出た兵士がリリアの顔をのぞき込みながらはき出す様に言った。

「顔を見せろってんだろ。聞こえないのか、コラ」

 最後まで眠っていたその兵はリリアの正面から近づき、無造作に手をのばしてぞんざいにフードを下ろした。

 リリアはそれに逆らわなかった為、フードが下りてな顎から首あたりまでで綺麗に切りそろえられたまっすぐな黒髪が露わになった。間違いなくダークアルヴであった。

「リリアお嬢様」は褐色の肌とともにダークアルヴのもう一つの大きな特徴である深い緑色の瞳の美しい少女だった。折からの谷風でリリアの髪を揺れると、左耳にある子供の親指の先ほどと思しき大きさの金色のスフィアの耳飾りがちらりと見えた。

「ほう、まだガキだが、こりゃちょっと見た事がない程の上玉だな」

「その金色の耳飾りも高く売れそうじゃねえか」

 フードを下ろした兵士は舌なめずりをするとリリアのあごに手をやり、リリアの顔を上を向かせた。リリアはその行為に対しても抵抗はしなかった。

「おお。確かにこいつは中々」

 顔をのぞき込んだ兵は、下卑た笑い顔を作って見せた。

「俺、こんな上玉とヤッたことねえ」

「お前、ガキが趣味なのか?」

「いや、アルヴィンとダークアルヴは見た目では年齢がわからねえって話だ」

「おお、じゃあこう見えて熟女って事もありか?」

「男を二人も従えてるし、あっちの方もベテランかもな」

「そりゃ面倒がなくていいや」

「今日はツイてるぜ、俺たち」

 口々に汚い言葉を発する兵士達を前にして、しかし少女はにこやかに微笑んでいた。

「ほお、いい度胸だな。こいつ、この状況で薄笑いを浮かべてやがるぜ」

「俺達の事をバカにしてるのか?」

「おい、何がおかしいんだ、姉ちゃん?」

「いえいえ」

 リリアは首を振った。

「おかしくはありません。むしろ困っています」

「じゃあ、なぜニヤニヤしてやがるんだ? え?」

「すみません、これ、地顔なんです」

「ほほう。ふざけた姉ちゃんだ」

 一人の兵士がリリアの方へ歩み寄った。そして手を突き出すとリリアの顎を乱暴に掴もうとした。だが、今度は横にいた背の高いアルヴの青年が見かねてその兵士の腕を掴んだ。

「汚い手でお嬢様に気安く触らないでいただきたい」

 その語気は決して荒くはなかったが、低い声にはすごみがあった。

「ぐおおおお。痛てえ、放せこの野郎!」

 手を捕まれた男は悲鳴を上げて手を引き戻した。

「抵抗したな。立派な公務の妨害工作だ。おい、こいつらを縛り上げろ」

 兵達が一斉に剣を抜き、うち二人はやや後方から弓を番えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る