第三話 風のフェアリー 1/3

 エイルとカレナドリィが別れて一時間も経ったろうか。

 前夜にエイルが追いはぎと化した委嘱軍を殲滅した、まさにその場所に六人ほどの兵士達が思い思いに座り込んでいた。

 彼らはしかし、一目見て統率がとれた軍隊の一員ではないことがわかる。あまりに居住まいがだらしない。兵装すらも着装しているとは言い難いほど着崩しており、兵士の命たる剣をも抜き身で近くに投げ出したまま、路上に寝穢く寝そべっていた。

 中にはそのまま街道をふさぐかのように突き出た腹をだし、大きないびきをかいて眠りこけている者もいる。つまりはあらゆる一般常識に照らし合わせても目に余る状況であると言えた。


 そこへ今、少し風変わりな旅の一行が近づこうとしていた。

 風変わりなのは見た目ではなく、その構成だ。

 彼らは四人連れだった。

 二人は青年でどちらも背が高いが、片方の一人はもう一人の青年よりさらに頭半分ほど長身だ。

 残りの二人は極端に小柄だった。一人は若い娘。もう一人はさらに娘よりさらに小柄な少年だった。

 全員が白っぽいフード付きの薄手のマントを羽織っていた。故に遠目では顔立ちなどはよくわからなかった。一見してそれとわかるような武器は携えておらず、いわゆる旅の商人の一行と言えなくもない。

 ただ、旅の行商人に特有の大きな背負子を背負っているわけでもなく、けっこうな軽装で、商人というにはそこが少し妙だった。


「リリアお嬢さん」

 縦一列で歩を進めていた四人連れの先頭を行くのはデュナンの若者だった。デュナンにしては大柄で、遠目にはファランドールでは最も大柄な種族であるアルヴに見える。

 その薄茶色の髪の若者は歩く速度を微妙に落とすと、後ろに続く小柄な若い娘が追いついて来るのを待ってそう声をかけた。

 だが、「リリアお嬢さん」と呼ばれた娘は心ここにあらずと言った風情で、ただぼんやりと視線の定まらない顔を前方に向けているだけだった。

 考え事をしているのか、デュナンの若者の呼びかけがまったく耳に入っていないようだった。

「ユグセル司令?」

 若者はさらに歩く速度を落とし、すぐ近くまで来た娘に今度はやや鋭い声でそう呼びかけた。

「え?」

 褐色の肌と緑色の瞳を持つ小柄な少女はハッとして若者に顔を向けた。髪の色は黒だ。整った顔立ちといい、それは二種類いる小柄なアルヴ族の一つ、ダークアルヴの特徴だった。

 どこか遠い世界に心を漂わせていたそのダークアルヴはデュナンの若者の声で意識を現実の世界に取り戻す事が出来たようだった。

 表情が微笑んでいるように見えるのは目尻がかなり下がった穏やかで優しそうな顔つきのせいだろう。

 ダークアルヴの少女はその下がった目を大きく開くと焦点を前を行く若者の茶色の瞳に合わせた。そういう表情をすると、特徴的な太い眉のせいも相まって意志が強そうに見える。

 自らが創造した遠い世界から帰還した彼女の眼前には、鼻筋が通った聡明そうな、それで居て人の良さそうな大きな茶色い瞳をした細面のデュナンの青年が立っていた。

「あら、アトル」

「はあ……」

 アトルと呼ばれたデュナンの青年はため息をついた。

「まったく。『あら、アトル』じゃありませんよ」

「ごめんなさい。あまり気候がよいのでついぼんやりしてました」

 若者は「ユグセル司令」の反応を見て笑いながら頭を掻いた。

「また例のアレですか?」

「ええ、そうね」

 デュナンの青年に問われたダークアルヴの娘は悪びれずに肯定すると、少し寂しそうな微笑を浮かべて冬へ向かう季節をうかがわせるような澄み切った高い空を見上げた。

「きっと出会えるまでこうしてずっと考えてしまうのでしょうね」

 デュナンの若者はダークアルヴの少女のその様子を見ると、やれやれと言った風に肩をすくめて、後ろから追いついてきた彼より頭半分背が高いがっしりとした体つきの大柄な青年を見やった。

 その青年はデュナンの若者より一回り大きかった。

 切れ長の目と高い鼻。緑の瞳に白い肌。額にかかる髪は金髪で、典型的なアルヴ族の特徴を持っていた。

 一見するとデュナンの青年より少し年上に見える。アルヴの場合寿命がデュナンの二、三倍もあるためにデュナンの常識では実際の年齢は分かりかねるが、デュナンの若者より年上なのは確かなようだ。

 アルヴの青年は、しかしデュナンの若者の仕草には反応せずに、ダークアルヴの少女に向かって簡潔に用件を告げた。

「どうやら小隊とおぼしき兵の一団がこの先に居ます」

 ダークアルヴの娘はそう告げられても顔色一つ変えずに微笑んだままうなずいた。

「進みましょう」

 二人の若者は何も言わずにうなずくと、歩く速度を元にもどし、一行は再び一列になって歩き出した。終始無言で佇んでいた彼らの四人目の仲間である少年も歩を合わせて歩き出した。


 彼らが再び歩き出して少し経った頃、彼ら四人の姿を先ほどのだらしない格好をした兵士達が見つけた。

 中でもいち早く気づいた一人の兵士が周りに声をかけた。

「おい。待ちくたびれたお味方じゃなくて、どうやら先にカモがおいでなすったぜ」

「ふん、四人か」

 もう一人が小型の望遠鏡を取り出して観察する。

「構成や装備はどうだ?」

「男の一人は見たところアルヴだな。もう一人は背は高いが、あの顔だとデュナンか。後の二人は女子供だ。女は肌が褐色だからダークアルヴだな。もう一人のガキはうつむいててよく顔が見えねえ。たぶんアルヴィンだろう」

 望遠鏡の兵士はそう仲間に告げた。

「武器は?」

「マントをしてるからよくわからねえな。でも、まともな武器はなさそうだ。せいぜい短剣か懐剣だろう」

「このご時世に無防備なこって」

「これはしっかり注意してやらんとならんな」

「さて、夕飯前にもうひとっ腹空かせておくとするか」

 兵士たちは口々にそうしゃべると、だらだらと身支度のようなものを始めた。そうは言っても投げ出していた剣を拾っただけであるが。


「おい、起きろ。仕事だ。まったくいつまで寝てんだ」

 兵の一人が街道のど真ん中で腹をだしていびきをかきながら寝ている仲間の腹を蹴った。蹴られた男はあわてて上体を起こすと目をぱちくりしながらあたりを見渡した。

「なんだ? お味方連中がやっときたのか?」

「寝ぼけてるんじゃねえ。反政府ゲリラを発見したんだよ」

「ああ……」

 寝起きの男はまだ半ば混濁している意識の中で向こうに見える四人連れの旅の一行を確認した。

「今夜の酒代か」

 そういうと右腕でだらしなく垂れ流されていた口元のよだれをぬぐった。


「リリアお嬢様」

 アルヴの青年がこちらを向いて並んでいる兵士達を認めるとダークアルヴの娘に小さく声をかけた。

 アルヴの青年にリリアと呼ばれた褐色の肌の少女は何も言わずに小さくうなずいた。

「ありゃどう見てもドライアドの軍服ですね。よくもまあサラマンダで堂々と……」

 そのリリアにアトルと呼ばれた先頭を歩くデュナンの青年が呆れたようにそういうと、後方に居たアルヴの青年がそれに反応した。

「奴らは相変わらず腐っているな」

「とりあえず」

 リリアは歩く速度を全く変えずに小さな、しかし一同に充分明瞭に聞こえる声で指示を出した。

「まずは向こうの出方をうかがいましょう。ダメなら、気は進みませんがいつも通りです」

「了解」

 二人の青年は異口同音に短い返事をした。

 どうやら一行の指揮権はその小柄な少女が握っているようであった。時折見えるマントの下はシルフィードではよく見る旅装だが、安物ではなくこざっぱりとして丁寧な刺繍が縫い取られており、商人というより三人の関係はどこかの裕福な商家のお嬢様、あるいは若い女主人と付き人兼用心棒達と言った風にも見える。

 だが、彼らを待ち受ける兵士が口にしたように、十年前の先の大戦のごたごたが続いて戦後処理もままならない状態が長く続くこのサラマンダ、しかもがゲリラが出没すると言われる山間を歩くには少々心許ない装備と人数だと言えた。

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