第二話 カレナドリィ・ノイエ 7/8

「でも若いのに自警団や軍か。カノン、いや、カレンの弟は正義感が強いんだな。それともよほど腕に覚えがあるのか?」

 エイルがそう尋ねるとカレナドリィはゆっくり首を横に振ると顔を伏せた。

 その様子を見て(しまった)とは思ったが、エイルはカレナドリィに声を掛けずにはいられなかった。

「理由が、あるのか?」

 少し迷ったようだったが、カレナドリィは小さな声で答えた。

「私達の母さんがね……その……誰かわからない人に乱暴されて殺されたの。カノンの目の前で……」

 カレナドリィの言葉にエイルは言葉を失った。淡々と話すカレナドリィのその物言いは他人事のように平板で、その感情を抑えた口調が、エイルの心をえぐった。

 もうそれ以上何も尋ねる必要はなかった。カレナドリィの弟、カノンの気持ちはエイルには痛いほどわかったからだ。

 エイルは何も持たない拳を強く握りしめた。

[エイル]

『ああ、わかってる』

 エルデの警句に対して吐き捨てるように答えると、エイルは目を閉じて深呼吸をした。

「悪い。イヤな事を思い出させたみたいで」

 エイルには通り一遍の言葉しかカレンにかけられなかった。それが情けなくて、言った後で思わず目をそらした。

「え? ううん、もうずいぶん前の話だから。それに私、その場に居なくて……サフールにある親戚の家から帰ってきたら、もうお葬式も全部終わってて」

「わかった、もういいよ」

 エイルはカレナドリィの話を途中で遮った。エイルにはその話の続きを聞くつもりは全くなかった。エルデが警告した通り、これ以上関わってはいけないのだ。いや、カレナドリィにはすでに関わりすぎていた。だから自戒の意味も込めてエイルは敢えて少し強い口調でカレナドリィの言葉を止めたのだ。

 カレナドリィは優しい、けれど悲しげな微笑みを浮かべて小さな声で「ごめんなさい」というと、目を伏せた。

 その表情を見たエイルは、今度は強い口調で話を遮ったことを後悔し始めていた。


『くそっ、弟の名前なんか聞くんじゃなかった』

[そうやな。万が一会った時にいらん感情が出てくる]

『ああ、オレのせいだ。すまん』

[聞いてしもたもんはしゃあないな。ま、忘れたらええねん]

『そうだな』

 そう言ったものの、エイルには忘れる自信がなかった。


 エイルは口調を変えた。

 何事もなかったかのような、努めて普通の声でカレナドリィに声をかけた。

「弁当をありがとう。カレンのおかげですごく元気が出てきた」

 エイルは服についた土をさらに念入りに払いながらカレナドリィと目を合わさないようにした。その態度には「その話はそこまで」という意志も込められていた。もっともカレナドリィにそれが通じるかどうかは少々疑問ではあったが。

「エイル君はランダールが目的地って言ってたわね? その後は?」

 カレナドリィは顔を上げた。

 その顔はもう快活な笑顔のカレナドリィに戻っていた。


(オレはこの娘にはかなわないかもしれない)

 カレナドリィのその笑顔を見て、エイルは直感的にそう思った。

 エイルの頭の中にマーヤの寝顔がよぎった。

(そうだ。オレにも、やるべき事があるんだったな)

 カレナドリィにしても当然いろいろな思いがあるだろう。淡々とした口調で母親の事、そして弟の事を話してはくれたが、すべてが思い出に変わってしまっていて、もう何も感じないなんてことはきっとないはずだ。

 カレナドリィの表情の変化を見ればそれはわかる。

 エイルはふと、自分の境遇をすべてこのタンポポ色の長い三つ編みの髪の娘に話してしまいたい衝動に駆られた。

 自分のいた世界のこと、

 そこで待つ妹のこと、

 辛い旅が続いていること、

 それに……

(それに……どうした?)

 言葉がのどまで出かかった。

 たった今、この世界の人間に関わりすぎたことを反省したところなのになんていうざまだ。


 エイルは自分の弱さを恥じた。

 カレナドリィが笑う時の瞳には自分が無くした物を映し出す不思議な力があるのかもしれない。そう思うとエイルは心が少し軽くなったような気がした。


「うん。とりあえずランダールに行く。その後のことは未定だ。そうだ、さっきの質問の答えだけど、オレ達はウンディーネの田舎町からやってきた。そしてある人物を探してる途中なんだ」

「オレ達?」

 カレナドリィは小さく首を傾げて見せた。

 しまった……とエイルは舌打ちした。

「確かさっきも言ってたわよね、オレ達って」


[どアホ]

『うるさいよ。誰にでも失敗はあるだろ?』

[失敗ばかりやから指摘してるんや]


「いや、まあ、仲間と手分けしてて」

「へえ。じゃあエイル君自身は一人旅ってことね」

 適当なごまかしに対して拍子抜けするほど素直に納得してくれたカレナドリィにエイルは心の中で頭を下げた。

『オレ、この世界に来てどれだけ嘘をついてるんだろうな』

[気にするな。ファランドールは嘘というエーテルで構築されてる世界やさかい、それが普通や]

『それこそウソだろ』


「それで、誰を捜しているの?」

「うーんと……オレの師匠」

「師匠ってルーンの?」

 エイルはうなずいた。

「師匠はもともと風来坊な性格なんだけど、ここのところ長く行方不明でね」

「その人の名前は? あと特徴が何かない? ひょっとしたら私、知っているかもしれないわ」

「カレンが?」

 カレナドリィは例の顔でにっこりと笑うとうなずいた。

「実は私の家は宿屋をやっているの。だからいろんな人がウチに来るわ。もちろんサラマンダの人が多いんだけど、それでもランダールはこの先にある北の港と南の方を結ぶ結構重要な場所にあるから、外国の人もけっこうやってくるのよ。ウンディーネの商人はウチのお得意さんよ」

「なるほど」

 エイルは合点がいった。

「師匠、たぶん偽名を使っているだろうから本名を言っても意味はないと思う。特徴は背が高くて眼光が鋭く、ちょっとスカした雰囲気でさ。あと、特徴は右目の周りにやけどの痕のある、ヒゲを生やしたつるっぱげのスケベなじいさんで……歳は、誰も正確なところをを知らないんだけど、たぶん二百歳くらいで」

「二百歳?」

 カレナドリィは驚いたように声を上げるとエイルの言葉を遮った。

「え? うん。俺の師匠ってアルヴだから」

 エイルの答えにカレナドリィは納得したように肩を落とした。

「そっか。でも、アルヴのおじいさんがランダールに居たらそれなりに目立つからすぐわかるんだけど……最近のお客にはいないわね」

「特にハゲたアルヴは少ないからな。なあに、気長に探すさ」

「偽名を使うくらいなら、カツラをしているかも知れないわね」

「ああ、それはあるかもな」

 エイルは頭をかくと、カレナドリィに手を差し出した。

「ありがとう、カレン。親切にしてくれて。おかげで生き返った」

「どういたしまして」

 差し出された手を、カレナドリィは何のためらいもなくぎゅっと握ると、そう言ってにっこり笑った。

「重病人じゃなくて私もほっとしたわ。いくらエイル君が小柄だって言ってもさすがに自分と同じくらいの男の人を担いで町まで行くのは骨が折れるもの」


[それって……骨が折れるけど担いではいけるっちゅうことか?]

『妙なツッコミはよせ』

[いや、この気合いの入った作業着姿といい、さっきからの軽い身のこなしといい、一本筋が通ったような立ち姿といい、この娘はただもんやないような気がしてきた]

『それは、確かにそうかもな』

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