第二話 カレナドリィ・ノイエ 6/8
「へえ、これがルーナーの杖かあ。見習いにしては本格的だわ。上の方のコブには大きな空洞があるのね。その周りにはスフィアがたくさん填まっててよく見ると豪華ね。……このスフィアでたくさんルーン使えるんだあ、って思っちゃうし、こうやってみるとエイル君って見習いなのに杖だけは一人前っていう感じよね。それより私、子供のルーナーになんて初めて会ったわ」
「――念の為に言っておくけど、俺は子供じゃない」
「ああ、ごめんなさい。同い年だったわよね。さっきも言ったけどあなたってどうも弟くらいに見えちゃって」
カレナドリィはそう言って舌をチロっと出すとにこっと笑って見せた。エイルはその顔を見せられると、何でも許してしまいそうだった。
が、次の瞬間にはカレナドリィは真顔になってエイルの目をじっと見つめてきた。
「な、なんだよ?」
「本当に私と同い年なの?」
エイルはカレナドリィの質問にムッとしたが、素直に答えた。
「本当に十七だ」
「まあ、歳を嘘ついたって得になることはないわよね」
カレナドリィはそういうと自己完結したふうにうなずいた。
[まったく]
『確かに。それより気になる事がある』
[気になる事?]
「子供のルーナーは初めてということは大人のルーナーには会ったことがあるのか?」
[ああ、そのことか]
エイルの問いにカレナドリィはうなずいた。
「先の大戦で本物、見習い、それに老若男女問わずみんなかりだされてルーナーはめっきり少なくなっちゃったらしいけど、ランダールでも時々偉いお坊さんに付いて教会にやってくる事もあるし、見たことがないという訳ではないのよ。それに少し前だけどランダールに滞在してたルーナーもいたわよ。私もその人の事は町のあちこちで見かけたことがあるわ。なんでも教会の施策で町の為に特殊な防御のルーンをかけているっていう噂だったけど、実際に何をしているのか知っている人は誰もいなくて」
「へえ」
[へえ]
『何だ、お前が知らない事か?』
[教会の施策で町を防御とか初めて聞いたなあ]
『へえ』
「少し前って、いつ頃?」
「もう二年くらい前になるかなあ。季節は今頃よ。確かあの人を見かけるようになった後で冬用の夜具の手入れをした覚えがあるから。一ヶ月くらい滞在して、その後また旅に出たみたい」
「旅?」
「ええ、それも噂よ。教会の人もその人のことはあまり詳しくは知らないみたい。なんでもそのルーナーは教会の仕事の為に全世界を回っている人で、でも町のどの教会の神父さんより位が高い人らしくてその人には誰も頭が上がらないし、詳しく教えてももらえないみたい。質問をしてもあまり答えてもらえなかったって言う事だったわ」
カレナドリィは空を見上げながら記憶を引っ張り出しつつ、ゆっくりと話した。
「覚えているのは……私が挨拶しても鋭い目でこっちをじろじろ見て、なんか怖い人だったなあって事くらいかな。でも私、あの人はいい人だって思ってるの。だって道ばたの花を踏まないように避けて歩いてるのを偶然見ちゃったんだ」
[うーん]
『こんなところにルーナーなんて珍しいな』
[夕べも会うたけどな]
『ああ、そっか』
[まあ、夕べのはちょっと驚いたしルーナーが珍しいのは確かやな。路傍の花を踏まないように歩くルーナーか。でも、どっちにしろ俺らがあんまりそのルーナーの詮索をする必要はない]
『そうだな』
エイルはカレナドリィがどうしても持ち上げられなかった精杖を軽々と持ち上げるとカレナドリィに聞こえない程度の小さな声で精杖に囁いた。
「戻れ(ルヴ)、ノルン」
するとカレナドリィには一瞬で精杖が消えたように見えた。だがよく見るとエイルの右手の中指に精杖と同じような模様の指輪がはまっているのがわかった。よく見ると指輪の中央に赤いスフィアがはまっているのが目についた。カレンの記憶ではさっきまでエイルは指輪などしていなかったはずだった。つまり、どうやらそれがいままでそこにあったあの大地と一体化しているのではないかと思えるほど重い精杖が変化した姿なのだという認めざるを得なかった。
カレナドリィは不思議なものを見つめるような目でじっとその指輪をみつめていた。もっともそれは実際に不思議なものだったが……。
[あほ、不用意に操作【エル】ルーンを]
『堅いこと言うなよ。これくらい』
[あのなあ]
「すごいわ!」
我に返ったカレナドリィが小さく叫んだ。
「言ったろ、オレはルーナーだって」
「ええ、でも本当にすごいわ。他にどんなことができるの? 指先から花を咲かせられる?ハトは出る? 違うわ。そんなのはシェスター叔父さんだって出来るんだし。えっと、そうね。杖だけじゃなくて自分の体も小さくできる? できるなら私も小さくしてもらえるかなあ? 小さくなったらご飯なんか少しで済んですごく経済的よね。あ、お酒好きも少しのお酒で酔っぱらっちゃうからきっと幸せよね。住む家も小さくてすむし。あ、でも量が少ないとお店とかは値段をさげないといけないから儲からなくなっちゃうわよね。あと、服の生地が少なくてすむのはいいんだけど小さい針とか細い糸がないわね。生地も目が粗いものばかりになっちゃうか。あと、外をうろうろしているとカラスとか犬に食べられちゃいそうね。うーん、小さくなるのは生活するのにはちょっと難しいなあ。だったら……」
エイルは両の掌をカレナドリィの方へつきだして制した。
「その辺で止まってくれ」
「あら」
カレナドリィは何故?という風にやや不満顔ながら、一応そこで話すのをやめた。
「いつもそうなのか?」
「『そう』って?
「いや、もういい」
エイルはつきだした手をだらんと垂らすと両肩を落とした。
「そうだ。弟がいるって? いくつなんだ?」
エイルは話題を変えた。
弟の話題を振ると、エイルには心なしかカレナドリィの瞳が曇ったように見えた。
「今年で成人。十五よ」
「オレより二つ年下か。なんて言う名前?」
「カノナールって言うんだけど、みんなカノンって呼んでるわ。カノンは……国を守る兵士になるって言ってお父さんと大げんかして家を出たの。そのままもう二年になるんだけど」
[カノナール。『蓮』、か]
『いつも思うけど、お前って本当に物知りだよな』
[ま、まあな。賢者やし]
『賢者になるのはマジで大変そうだよな』
[まあ、少なくともお前さんにはムリやと思う]
『そいつはどうも』
「二年前って言うと十三歳の時にか?」
カレナドリィはうなずいた。
「もともと町の自警団に入りたがっていたんだけど、ランダールの自警団には成人にならないと入団を許可しないっていう決まりがあって、弟はまだ若すぎてダメだって言われて……」
「それで年齢制限の緩い軍隊の方に志願兵で入ったってことか」
「実はランダールの自警団長って、私のお父さんなのよね」
「そりゃ決まりがなくてもダメっぽいな」
「おまけにどっちも頑固で、こうと決めたら絶対自分の意見を曲げないの」
[サラマンダ候国軍の志願兵には年齢制限なんてないのと一緒やからな]
『一応決まりはあるだろうに。確かそっちも十五歳だっけ?』
[フン、あんなもん本人の申告でなんとでもなるんや。どうせガキはただの雑兵でいいように使われるだけやのにな。可哀想やけどまだ生きてるのかは疑問やな]
『候国軍か。夕べの連中を見ちゃうとなあ。実情はこうですよ、なんてカレンには言えないよな』
[言わんでええ]
「自警団がダメなら軍隊に入って町を守るとか言っていたけど。私、軍隊とか大嫌い」
「軍隊か。それはオレも好きじゃないな。ゲリラはもっと嫌いだがな」
エイルは夕べの兵士達の姿を思い出した。
『あんなのの下につけられたら大変だ』
[俺も今、同じ事を考えてた]
エルデは夕べの事を思い出していた。ルーンによって灰にされて散っていく兵士達の様が脳裏に浮かぶと、それを振り払うように目をつぶって頭を振った。
そのままゆっくりと立ち上がったエイルは、服のあちこちについた砂や泥を手で払った。さっきまで朝露で湿っていた部分も、ほぼ乾いていた。
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