第二話 カレナドリィ・ノイエ 5/8

「ね。ところで、ランダールには何をしに行くの?見たところ大市が目当てでもなさそうだけど。それよりどこから来たの?住んでいるところって黒い髪で黒い目の人が多いのかな?あ、ごめんね。瞳の色のこと気にしてるんだったね。だったら今のは答えなくていいから。えっとそれからね」

 カレナドリィはしゃべりながら、視線をある場所にチラチラと移動していた。

 エイルはその様子が気になって、それとなく視線の先を追ってみた。そこには彼の精杖が転がっていた。

 エイルの視線が杖に向かうのを、カレナドリィは見逃さなかった。

「あれ、ただの棒じゃなくて杖よね? エイル君のもの? かなり細長いし、あれってなんか教会の司祭様とかが持っていそうよね。でも、色が三色っていうところが少し不思議ね。やっぱり山道で使うの? ひょっとして杖に見えて実はウンディーネではやっている一本弦の楽器……とかじゃないわよね? だいたいどう見てもエイル君って吟遊詩人って訳でもなさそうだし。そういえば、ウンディーネって外国だし、けっこう遠いけど、旅費もかかるでしょう? ランダールにいくのはいいけど宿代とかちゃんと持ってるの? 町の中で今日みたいに野宿とかしてたら自警団に捕まっちゃうよ」

 エイルはカレナドリィの言葉を聞きながらパンに挟んであったピクルスを適当に噛んで飲み込むと、おかしさがこみ上げてきてその日初めて声を出して笑った。

「くくく」

「あら、私ヘンな事言ったかな?」

「ヘンというか、呆れた」

「呆れた?」

「いや、そうじゃない。質問はいっぺんにしないでくれ。いったい何から答えていいかわからなくなる」

「あ。ごめんなさい。私、それでいつも注意されるの。『お前はいろんな事をいっぺんに喋りすぎだ。もっとゆっくり一つずつ解決しなさい。まだ若いんだから』って。でも、若さと何の関係あるのか全然わからないんだけど。そういえばサラったら失礼なのよ。『質問ばっかりするのはまだ子供だからよ』なんて言うのよ。そりゃ私はサラより子供っぽいかもしれないけどもう十七歳だかられっきとした成人なのに。サラっていうのは広場を挟んで反対側にある宿屋の娘で、アルヴの血が混ざってるから背も鼻も高くてとっても端正な顔をしている子なの。頭も良くて学校じゃいつも一番だったのよ。彼女だって学校じゃいつも先生を質問攻めにしていたくせに、自分の質問はよくて私の質問は子供っぽいから駄目だなんてずいぶんだと思わない?でも、確かにエイル君にはいっぺんにいろいろ聞き過ぎたかもしれないわね。ちょっと反省」

 そういうとカレナドリィはバツが悪そうにチロっと舌を出した。

 その様子を見て、またもやエイルは既視感に襲われた。


『やっぱり誰かに似てる。オレが忘れた記憶の中に居る誰かのそっくりさんなのは間違いないな』

[ふーん]


「でも、エイル君、初めて笑ってくれたね」

 カレナドリィはそういうと嬉しそうににっこり笑って見せた。

 エイルはそれを見て顔を赤らめると思わず目を逸らした。

「いや、笑ってない」

「えーっ? 笑ってたわよ、今っ」

 カレナドリィはこんどは頬を膨らませてエイルを睨んで見せた。

 表情がころころとよく変わる……。エイルはカレナドリィに感じる懐かしさのせいもあって、自分の心が少しずつほぐれていくのを自覚していた。もちろんそれはファランドールへ来てから初めての感覚だった。

「覚えてない」

 だが、それでもなぜか意地を張ってしまう自分が滑稽だった。


[確かに笑ろてた。珍しい事に]

『知らん』

[あらあらあ? エイル君ってば、柄に似合わずけっこう照れ屋さんやったんやなー]

『ヘンなしゃべり方をするなっ』

[う・ふ・ふ]

『だから、気持ち悪い笑い方をするなっ。それに柄に似合わずっていうのは余計だ』

[だってえ、エイル君ってば目つき悪いしぃ、普通にしてても不機嫌そうな顔やしぃ。笑うなんてチョー珍しいわぁん]

『覚えてろ、元にもどったら絶対ぶっ飛ばす』

[いやん、怖わーい]

 エイルはちょっとバツが悪そうにカレナドリィから目をそらして手にした水筒の水を一口飲むと、思いついたように精杖に手を伸ばし引き寄せ、そしてそれをそのままカレナドリィに差し出した。

[おい!]

『大丈夫だって』

[まあ、そうやけど。でもエイルはなんやかんや言うて女の子に甘すぎや!]

『そんなことはない』

[マジで、いつかホンマに寝首かかれるで]

『一応、その忠告は覚えとく』

 カレナドリィはいいの? という風にエイルの顔をうかがった。

 エイルはニヤリと笑ってうなずいた。

「持てるものなら、な」

 長さが自分の身長以上もあるその精杖を、カレナドリィは差し出されるままに握ってみた。

 間近にそれを見たカレンは、不思議な精杖だと思った。遠目には白と茶色と黒の三本の木を撚って一本にしていると思ったのだが、近くで見ると表面はなめらかで一本の木を三色に塗り分けたようにしか見えない。それぞれの木に継ぎ目がないのだ。どうみてもそういう模様の木を削りだして杖にしたような感じだ。

 ただ、木であることは手触りの何とも言えない柔らかさと暖かさでわかった。

 でも、何よりカレナドリィの目を惹いたのは杖の上部の小さな輝きだった。瘤のように太く曲がった部分に埋め込まれているいくつかの小さな色とりどりのスフィアが、木漏れ日をキラキラと反射していた。


 カレナドリィは差し出された精杖を握りしめると、そのまま持ち上げようとした。

 だが、細身でけっこう軽いと思っていた精杖は予想よりもずっしりとした重く、片手では持ち上がらなかった。試しに体勢を変えて両手で掴んで抱えあげようとしたが、それでもびくともしなかった。

 それはまるで地面深くに打ち込まれた杭か大木の根のようだった。

「これ、どういうこと?」

「重いだろ?」

 エイルの問いにカレナドリィはコクンとうなずくと、持ち上げることを断念して精杖から手を離した。

「エイル君って超超力持ちなの?」

 カレナドリィは不思議そうにエイルを見てそう尋ねた。

「そう見える?」

「全っ然見えない。むしろ体、弱そう」

 カレナドリィにそう即答されると、エイルはさすがに苦笑した。

「はっきり言うんだな」

「それもお父さん……父によく言われるわ。お前は思ったことをはっきり言いすぎる。もっと相手の事を思いやって考えてからしゃべれって。でもそういうお父さんだって友達には口が悪すぎるっていわれてて」

「ああ、わかったわかった」

「え?」

「まあいいや。見ての通りこれは精杖だ。山歩きと護身用を兼ねて。それから」

「それから?」

「父じゃなくてお父さんでいいんじゃないか?」

「そうね」

「カレンにはそういう言い方の方が似合ってると思う」

「そうかな。あ、そうそう、それでこの精杖って要するに杖よね。……でも、ただの杖がこんなに重いはずはないでしょう?」

「オレはただの杖だなんて言ってない」

「え?」

「この精杖にはルーンがかかっている。持ち上げてみてわかったろ? こいつはオレ以外の人間には重すぎて持ち上げることはできない。盗難防止だ」

「ルーンって……エイル君、あなたは一体?」

「こう見えても一応ルーナーの端くれだ」

「あらあら、まあ」

 カレナドリィはよく晴れた夏空を切り取ってはめ込んだような瞳を大きく見開いて本当に驚いたという顔をして見せた。

「ルーナーの見習いさんかあ。そう言われるとこの精杖ってそんな感じよね。スフィアが埋め込まれてるし、それっぽい」


[誰が見習いやっ!]

『まあまあ。それこそ突っ込むとややこしい話になるだろ』

[高位ルーナーの矜持にかけてその辺の見習いルーナー扱いは受け入れるわけにはいかへんっ]

『わかったわかった。そのうち訂正しておくさ』

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