第一話 赤い瞳 5/6
若者はその言葉を聞くとニヤリと笑って見せた。
「三流エクセラーめ」
「何ぃ?」
「俺が手に持ってる物が目に入らへんのか、言うてんねん?」
「なに?」
『曹長殿』は若者が右手に持っている三色の木の棒を見やった。その目はその三色の捩り模様よりも、頭頂部で釘付けになった。小さなスフィアがいくつも埋め込まれているのを認めたのだ。
「そいつは精杖……グラムコールを知っている事といい、お前まさかルーナー見習いか?」
「ガキのルーナーなんているのかよ?」
『曹長殿』はさらに一歩若者に近づき、その顔を間近で見て、あることに気づいた。
「おい、くらくてわからなかったが、こいつの瞳は黒いぞ?」
「目が黒いだと?」
「ほう、そいつは珍しいな」
「小柄で黒髪だからちょっと大きめのダークアルヴかと思ってたが、耳がとがっている訳でもなく肌が褐色なわけでもないし、すんげえ美男ってわけでもないしな。目つきも悪いし……まさかコイツ、滅亡したはずのピクシィの末裔ってヤツかよ?」
『曹長殿』の言葉に兵達がざわついた。
『美男子じゃないってのはこの際余計なお世話だ』
[まったくや。そればっかりは本人のせいやないしな。まあ、目つきについてはあいつらに同意やけど]
『お前も黙れ!』
[はいはい]
「ウンディーネにはたまーに居るらしいぜ。俺の死んだ爺さんも黒い瞳の小柄なデュナンを見た事があるって言ってたが、ありゃピクシィの生き残りだろって話だった」
「お前の爺さんの話なんて聞いてねえよ」
「俺、ピクシィの血が入ったヤツを殺すの初めてだぜ」
「これで俺達も罪深いアルヴの仲間入りってヤツだな」
「ピクシィは血も黒いっていうのは本当か?」
「切ってみりゃわかるぜ」
「幻の人類を解体したとあっちゃあ、こいつはちょっと自慢できるな、おい」
「ちげえねえ。俺達、今夜はいい獲物を見つけたな」
『例によってまたオレはピクシィ扱いか』
[しゃあない。この世界では訳ありな種族やから。ま、何言われてもほっとき]
『ああ』
[さあて、と。そろそろ茶番は終わりにしよか]
「ふん、この下郎ども、恥を知れ。骨の髄まで汚臭と腐臭にまみれたウジムシめ」
兵士達の脅しにも若者はまったく動じず、不適な言葉をポツリと呟いた。
もちろん、ドライアドの軍服を着たサラマンダ委嘱軍の兵達は若者の分かりやすい挑発に単純に色めきたった。
「おいおい、今度は『恥を知れ』と来たよ」
「しかも俺達ゃウジムシだそうだ」
「まあまあ。このボウズの言うことにも一理ある。俺達ゃ、しばらく風呂に入ってないから臭いのは事実じゃないか?」
「だが、むかつく」
「まったくだ。おいボウズ。俺達には恥ずべき事は何もない。マーリンの法を守らない無法の徒を取り締まるのが俺達の仕事だからな」
「無法の徒でもない人間を殺めるのがマーリンの法や言うんか?」
「そりゃあれだ。ほら、解釈の違いってヤツ? ふぇっふぇっふぇ」
酔っている兵士達は誰かが何か言う度にだらしない笑い声でそれに呼応した。
若者はそれを見て小さくため息をつくと、改めて落ち着いた口調で告げた。
「お前達が権威の衣を着ながら国同士で取り決めた条約も守らへん腐りきった輩や言うことはようわかった。罪深いお前らにはマーリン正教会の名において余が裁きを下したる」
若者はそれだけ言うと、険しい顔で兵達をにらみ据えて見せた。
「おい、何言ってんだ、コイツ?」
「『余』って何だ?」
「俺、耳が悪くてよくわかんなかった」
「恐ろしすぎて頭がおかしくなったんじゃねえのか?」
「おい、ボウズ、俺達にどういう裁きを下そうってんだ?」
「その棒でオイタした俺達をぶっ叩くってんだろ?」
「そいつぁ楽しみだな、おい」
「叩かれてえぇぇぇ!」
「ぶわっはっは」
そうこうしているうちに背後の数人の気配が大きくなった。だがもちろん若者は背後の気配を知っていた。つまり、彼らが近くに寄るのを待っていたのだ。
「おい、何やら楽しそうだな、お前ら」
足音が聞こえるところまで来ていた反対側の賊の一団が背後から声をかけた。
近い。
[よし、これで全員範囲内やな]
『やっぱりやるのか?』
[どう見ても常習犯やろうし情状酌量の余地はないやろ]
『確かに常習かつ確信犯だろうな』
[この崩壊しかかったファランドールにも一応人が人として生きていくための法がある。それを守るべき立場の人間がやることをやるだけや]
「いい時に来たな。お前達も聞けよ」
合流した一行とはまさに仲間同士のようで、はじめからくだけた言葉でやりとりが行われた。
「なんだ?」
「いや、コイツが素っ頓狂な事をぬかすもんで、俺ら大笑いさせてもらっているところだ。このまますぐ殺すのはちょっと惜しいぜ」
「しかも『曹長殿』のルーンがかかった状態で吠えてるのさ」
「ほう、そりゃ根性だけはありそうだな」
「ケッ。見たとこただのシケたガキじゃねえか」
「違えねえ。あまり金目の物はもってなさそうだな」
「だったらある程度は楽しませてもらわねえとな」
「お前、そっちの趣味があったのかよ?」
「俺はどっちでもいいんだ」
「へっ。俺には色目を使うなよ」
「残念だな。俺はそっちの方はガキ専門でな」
男達は口々に好きなことを言っては汚く笑いあった。
若者はニコリともせずに少しの間そのやりとりを聞いていたが、やがてジレたのか彼らの会話を強引に遮るように大きめの声で告げた。
『こいつらっ!』
[ふん]
「一度しか言わへんからよう聞いとき。とはいえ記憶しておく必要はないけどな。無意味やからな」
「はあ?何の寝言だ?」
「かわいそうに頭がちょっとイカれているらしいんだ」
「ほう」
「お前達全員をトリムト講和条約附第二十三条違反と現認し、ファランドール国際法に則り、マーリン正教会賢者の権限に於いて余がお前達全員の処刑をここで直ちに執り行う。お前達は名を名乗る必要もないし、この場で異議申し立てをする権利も認めない。以上や。あ、ついでに言うとくけど質問も認めへん。答えるんがめんどくさいしな」
若者がそう告げると、場に一瞬沈黙が走った後、爆笑が起こった。
「賢者だと?」
「このガキ、もっと気の利いた事いいやがれ」
「動けねえのに偉そうに何を言ってやがる」
「いや、おまえらの言うとおり確かにコイツ、けっこう面白いぜ」
「トリムト講和条約って何だ?」
「お前、そんなことも知らねえのかよ?」
「お前、知ってるのか?」
「俺達がここで何やっても許されるって言うありがたい法律じゃねえか?」
「わっはっは」
[条約は法律とは違うやろ?]
『違うだろうな』
[少なくとも、こいつらがサラマンダ侯国で何やっても許されるなんていう条約も法律も存在せえへんわ]
「それにしてもこのヤロウ、まだケツの青いガキのくせにこういう状況で落ち着き払ってるのが気に入らねえなあ」
「精杖を持ってるけど、ルーナーってのは本当なのかね?」
「賢者様ってのも本当なんじゃねえの?」
「おい、何か唱えて見せろよ、ボウズ」
「オマエら、小銭にもならんやつにあんまり時間かけてんじゃねえよ」
「ああ、めんどくせえ。そのありがたい賢者様とやらに、そろそろさよなら申し上げろや?」
「珍しいピクシィだから目は瓶詰めに、首は剥製にしたらそっちの筋に高く売れるぜ。だから顔は傷つけるなよ」
「ちぇっ、ちょっと楽しませて欲しかったんだがな」
やるべき事が決まった後の兵士達の行動は速かった。
あっという間に若者は屈強な体格の兵士達に包囲されたのだ。逃げ道はなかった。
だが、その状況は若者にとってはかえって有利と言えたのだが、兵士達はもちろんそんなことを知るよしもなかった。
「あばよ、ボウズ」
目の前の『曹長殿』がそう言った次の瞬間には、柄にスフィアが埋め込まれた片手剣で若者は袈裟懸けに斬り裂かれた。
人を殺しなれている人間でないと、こうも迷い無く無造作に生きている人間を斬りつけたりはできないものだ。それ程何の加減もない剣さばきだった。
だが、その剣は若者の体をすり抜けると勢い余って地面に突き刺さった。
「何だ?」
『曹長殿』は我が目を疑い、ついで若者の姿を改めて見やった。
確かに首筋に切り下ろした瞬間は手応えがあった。次の瞬間には血しぶきが上がって黒い瞳を持つ若者の体は地面に横たわっているはずだった。さらに暖かい返り血を浴びて良いはずの間合いでもあった。
「おいおい、何してるんだ、曹長殿も酔っぱらってるのか?」
「なんだなんだ? そのスフィアがはまった高そうな剣も、女子供ばかりが相手だとさび付いちまったんじゃねえのか?」
反対側にいた兵士が囃すようにそう声をかけた。
剣を斬り下ろした『曹長殿』はふと若者が手に持っている精杖の頭にはめ込まれた一つのスフィアに目をやった。
さっきまで何の変化もなかったはずのスフィア達だが、中程に埋め込まれている小さな球体は鈍く赤い光を出しており、それがただの水晶玉ではないことが見て取れた。それよりも兵士の目を釘付けにしたのはそのスフィアに浮かび上がっていた紋章である。
『曹長殿』はその紋章に確かに見覚えがあった。
いや、彼だけではない。ファランドールにおいてその紋章……クレストを知らない人間などは皆無と言っていいだろう。
『曹長殿』はあることを確信すると同時に鳩尾みぞおちに恐怖がこみ上げ、思わず悲鳴に近い声を絞り出してその場を後ずさった。
「うわああああああああ」
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