第一話 赤い瞳 4/6
[フン、思った通りやな。でも、こっちも一応、既成事実は作ったったで]
『あいつらには何を言っても無意味ってことか』
[最初から俺達を生かしておくつもりは無いんやろ。ある意味人間狩りを楽しんでるんや。いや……狩りやないな。ただの虐殺やな]
『腐ってる』
[その意見には同意や。ほな、腐ったものは適切に処理せんとな]
「キサマら、見たところ顔と頭と性根が悪いだけかと思っとったけど、どうやら耳も悪いようやな。おまけに鼻が曲がるくらい臭いときた。もはやあらゆる基準に当てはめて見ても汚物に決定や。で、認定燃えるゴミっちゅうことでここで全員を処理することに、今決定した」
若者は大勢の兵士を前に、たじろぎもせずにそう返した。
その態度を見て、一行に少しざわめきが走った。だが、すぐに一人の兵士が高笑いをして若者に声を投げた。
「サラマンダで古語かよ。おい」
「ウンディーネの人間らしいしな。あの国の首都島のアダンあたりじゃ今でも普通に喋られてる言葉って言うじゃないか」
「おれ、古語って久しぶりに聞いたぜ」
「兄ちゃん兄ちゃん、強がってもムダだぜ。ここはウンディーネじゃねえ。ましてやあの警察島アダンでもない普通の土地だ。それに何たってサラマンダで俺達に逆らう事は正義に逆らう事だ。要するにお前は反政府主義の人間だってことを証明したようなもんなんだぜ」
「それがウンディーネの人間っていうのは国際問題じゃねえか?」
「考えて見りゃそうだな。ゲリラに通じてる外国人を捕らえたとあっちゃ俺たちお手柄だぜ」
「だが、命乞いしない態度は気に入ったぜ。久々に狩りがいのある獲物じゃねえか?」
「違えねえ」
『久々に、だって?』
[ようするにこういうことを日常的にやっとるっちゅう事やな。ほんなら、こっちも久々に正義をかざしたろか]
「まあ、殺すのは簡単だが、その前に俺たちの恐ろしさをいやと言うほど知ってもらおうじゃねえか」
「またアレをやるのか?」
『アレ?』
[どうせ反吐がでるようないたぶりのことやろ]
「曹長殿、またお願えしますぜ」
仲間に曹長殿と呼ばれた男は何も言わずに一番後ろで成り行き眺めていた、髪の長い細面の陰険な目つきをしたデュナンだった。
「その曹長殿ってのは止めろ。思い出してもムカつく」
『曹長殿』はそういうと剣を抜いて切っ先を空にかざした。
「観念しな、小僧。すぐに涙を流して命乞いさせてやるからな」
「こいつは曹長様だったんだが、上官に反抗したカドで伍長にまで戻っちまっておまけにこんな辺境に追いやられたもんだからずっと機嫌が悪くてな。ま、運が悪かったな、ボウズ」
「もともとは少尉だ。訂正しろっ」
『曹長殿』は不機嫌そうにそう吐き捨てると、低い声で呪文のようなものを唱え始めた。
「我はドライアドのラメルデ・ダウ。ファランドールの創造主により託されし言の葉を力に変える者なり」
『おいっ』
[こいつはちょこっと驚いたな。こんなシケた連中の仲間にルーナーがおったんか。っちゅーか戦闘専門みたいやからエクセラーと言うた方がええかな]
『どうするんだ?』
[ん?どうもせえへんけど?]
『大丈夫なのか?』
[誰に向かって言うてんねん]
『ま、信じましょ。あ、でも一応気をつけろ。少しでも動いたら右端のチビが向かってきそうだ』
[了解]
「フェティマ・エダーラ・ユルヴァライデアーデゴトウ・スライルガイカデアダダゴリル・ヴァラエエエアガアアアイザデデグイリュワンデ・チュポイザラウスンダ・ワジュベリリダダング」
「へえ、グラムコールはデルワか」
そして心の中でつぶやいた。
[サステアナダイグズ。空間固定と麻痺を組み合わせた中位の複合ルーンやな]
『ふーん、中位のルーンを使えるんだな』
若者の声に出した方のつぶやきを聞いた『曹長殿』は眉をピクリと動かしたが、それ以上は動ぜずに、早口で続きの呪文を唱えた。
「サステアナダイグズ」
それはまさに一人が心の中でつぶやいた認証文だった。
勿論そんなことは知らない『曹長殿』が最後の一言を大声で唱えると、構えた剣が薄青く光り出し、その切っ先から一条の光が若者に向かって発射された。
若者は薄青い光に包まれたが、すぐに消えた。
「ぐへへ。どうだ?」
一見何の変化もないように見えたが、ドライアドの軍服をだらしなく着た兵達はニヤニヤと笑っている。
「黙っちまいやがった。いつものこととは言えあっけないな」
「仲間にルーナー様が居るのと居ないのとでは大違いだ」
「女をやるときゃ本当に面倒が無くて助かるぜ」
「あと、妙に強そうな奴を相手にする時な」
「そうそう、偉そうにしてた奴が命乞いするのがたまんねえよな」
「それより、このガキが言ってたグラムコールってのは何だ?」
兵達が口々に話しているところを後ろから押しのけるように『曹長殿』が若者に向かって歩み出てきた。
「グラムコールってのは言ってみりゃルーナーの流派みたいなもんだ。ルーンってのはいろんな文法で書かれててな、それは流派によって全部違う。俺のグラムコールはデルワという文法で書かれてるんだ。だからルーナー同士の言い方じゃ、俺はデルワのグラムコールを持つ者ってことになる」
「文法?」
尋ねた男は『曹長殿』の言葉が理解できないと言った風にだらしなく口を半開きにしたまま、自分の横を通って若者に近づくデルワのグラムコールを持つルーナーを見送った。
「だが、契約文を聞いただけでグラムコールを正確に言い当てるなんて普通は出来ない。こいつ、ただのガキじゃねえな」
剣を片手に提げたままでデルワのグラムコールを持つルーナーは若者の正面に立ってじろじろと観察を始めた。
「ただのガキじゃなかったかもしれんが、ルーンがかかってもう動けねえんだから、今はただのガキだろ?」
「うまいこと言うじゃねえか」
「俺は、こう見えても修辞法の成績は良かったんだ」
「じゃあこれから俺たちの部隊の報告書は全部お前が書け」
兵達のやりとりを微動だにせず聞いていた若者が小さな笑い声をたてた。
「フフフフ」
真っ先に反応したのはルーナーだった。
「こいつ、口がきけるのか?」
「今まででも口くらいきける奴ぁ結構いただろ?」
「だが」
問題は口がきける事ではなく、笑っていることだと『曹長殿』は思っていた。だが、他の兵達にはそんなことはどうでもいい事のようだった。
「こういう中位の複合ルーンまで使えるんやから、そこそこ才能はあるみたいやな」
「なんだと?」
「とは言え、そのていたらくを見ると大方修行が辛ろなって落伍したクチやな。ルーナー不足の軍隊にうまいこと取り入って下士官待遇で入り込んだってとこやろ?」
「このガキ!」
若者が言った事はどうやら図星だったようだ。『曹長殿』は顔色を変えた。
「お前、最初は優等生やったやろ? たいした努力をせえへんでもそこそこ行けてたんやろけど、真面目にやってる他の奴にだんだん追いつかれてきて……。で、しょぅもない沽券がジャマして努力もできず、そんでもって気がついたら落ちこぼれ街道まっしぐら……やろ?」
「黙れ」
ルーナーは剣先を若者に向かって突きつけた。
「だいたい、デルワは小器用なルーンを得意とするグラムコールやろ? その分契約文が長いんやから努力型やないと辛いんは分かってたはずや」
若者の言葉に、一人の背の高い兵が尋ねた。
「そうなのか?」
「俺が知るかよ」
尋ねられた濁った眼の色をした隣の兵はそうめんどくさそうに言うとペッと地面に唾を吐いた。
「おまえらは黙ってろ」
『曹長殿』は振り向いて兵達を叱責すると若者に向き合った。
「いいのか? あまり俺の神経を逆なでするようなことを言ってると、体を拘束するルーンだけじゃなくて、今度はのたうち回るような苦痛を感じるルーンを懸けるぞ」
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