第二十六話 ミリア・ペトルウシュカ 6/6

「ル=キリアの方は?」

 アキラはゆっくりと腰を下ろしながら話題を転じた。これ以上「そっちの話」をしたくなかったのだ。もともとアキラはその話題の方に興味があった。というのも当面のアキラの目的であると同時に、自分なりの考えはあるにせよ、事に当たる前にミリアの見解を聞いておきたいと思っていたのだ。

「あの『白面の悪魔』と『ドール』が揃って討ち死に? 我が国が誇るスプリガンに急襲されて総反撃をかけた、とかならまだしも、たかが嵐相手に? 風のフェアリーが?」

「嵐という名の『たかが海賊』の可能性もあるがな」

「船の動きなど、手足以上に自在に操れるのが風のフェアリー達だよ? まあ、死神の二つ名を持つとはいえ、人間だからね。何らかの罠にかかったとするとあり得ない話ではないけど、敬愛する知将ユグセル公爵が簡単に部隊を全滅させるようなヘマを踏むなんて思えないけどね」

「うむ。じゃあ、誤認だと?」

「誤認、ね」

 そういうとミリアはそこで何かに気づいたように、クスクスと可笑しそうに笑った。

「いや、まったく君は人が悪いな。じゃあアキラはどう思うのさ?」

「ル=キリアは全滅などしない」

「それで?」

「ル=キリアが全滅したという風評はシルフィード側にとって必要だった、ということだろうな。いや、風評ではなくてこの場合は公式な事実、と言うべきだろう」

「うん。でもなぜ?」

「簡単な話だ。ル=キリアを自国に対しても他国に対しても隠密に使いたい状況ができたからさ」

「そうだね。ボクもまったく同意見だよ。そのうちわざとらしくユグセル公爵やドール提督の国葬がしめやかに行われる事だろうね。まあ、国葬となると『しめやかに』とはいかないか」

「つまりシルフィード王国の名を出せない作戦があるということになる」

「それが【真赭の頤】の探索、なんていうマヌケな目的じゃないことを祈るがね。もしそうならシルフィード王国を我々は過大評価しすぎている事になる。もしくは全く別の意図が国内で動いているということだが。まあ、我々の予想通りだとして、感心するのはユグセル公爵だな」

「というと?」

「彼女は自領であるファルンガのただ一人残った領主筋の人間だと聞いている。要するにユグセル公爵家の最後の一人ということだね。シルフィードの法律だとユグセル公爵が死ねば、公爵領はすべて召し上げられ、アプサラス三世の直轄領となる訳だよ」

「なるほど。何もかも投げ打ってでも当たるべき事が、ユグセル公にはできたということか」

「いや、こう考えた方が収まりがいい。できたのではなくて、その時が来たんだよ。予めそうなることがわかっていれば色々と準備もできるからね。たぶんユグセル公爵が軍人の道を選んだ時に計画は既にあったのさ。すべてに徹底しているところがあの公爵らしい」

「決まっていた事、か」

「そう。ユグセル公爵にしてみれば、待ち望んでいた決行の日がようやくやってきたというところだろう。いや、ユグセル公爵にとってなのか、シルフィード王国にとってなのか、そこまではわからないけどね」

「で、ミリアは彼らの目的がなんなのか知っているのか?」

「あのシルフィードが考えている事はちょっとわからんよ。デュナンにはとうてい理解できないことだけど、あの国は自国の利権や為政者の欲望だけで軍隊が動くなんてことはないんだからね。だからこれだけは言えるだろう。ドライアドの首脳陣が考えているようなファランドール制圧に向けた行動なんかじゃないってね。もっとも」

「うん?」

「ちょっと気になる事があるから、風のエレメンタルについての情報収集は密にしておいてくれないか?」

「王女とユグセル公の行動とは関連性があると?」

「ユグセル公爵の動きは『合わせ月』がらみではないとは思うけど……まあ、それを言うと世の中に絶対なんてないんだから、本当にル=キリアは全滅したのかもしれないし……という事でその辺の情報は引き続き頼む。我々が今当たるべきはどちらにせよエレメンタルの動向だからね」

「シルフィードが炎か水のエレメンタルを探し出したとしたら?」

 アキラの問いに、ミリアはニヤリと笑った。

「そうなれば、こっちの手間が省けてとても助かる」

 そう言ってウィンクをして見せた。

「つまり、急がねばならないと言うことだな」

 アキラの返答にミリアは満足そうにうなずいた。

「そうさ。中途半端とはいえ、シルフィードはすでに動き出しているはずだからね。それにどちらにしろエレメンタルを二人確保した陣営が今度の大戦において有利な立場を得る事は間違いない。と、エレメンタルを探している奴らはみんなそう思っているはずさ」

「そうだな。それはそれとして」

 アキラがサイドテーブルのピッチャーを持ち上げてみせると、ミリアはうなずいた。

「まず、飲むか」

「とりあえず、今日の所は本当に存在していたに違いない四人目のエレメンタルが記述されているスチャラカ文書に乾杯といこう」

「長いな」

「それはスチャラカ文書を書いたヤツに言ってくれ」

「では、やがて訪れる新しいファランドールに」

「ついでで悪いが、エスカにも乾杯しておこう」

「それはいい」


 グラスが鳴る音がして、部屋は若者達の快活な笑いに包まれていった。そしてそれは、アキラが何の疑問も疑いも持たずにミリアと酌み交わした最後の時間となったのだが、もとよりアキラはまだ知るよしもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る