第二十六話 ミリア・ペトルウシュカ 5/6
「やっぱりドライアドは正教を蹴って新教と組むつもりなのかね。ボクとしては正教会と組んでほしいんだけどな。だって我が国のバード庁は正教会の出先機関みたいなものなのだろう?」
「私がドライアドに駐在している新教側の営業担当だったら、このご時世だ。そろそろ身の危険を感じて逃げ出す計画を実行に移すところだろうな」
「ほう。逃げ出してどこへ売り込みに行くつもりだい?」
「ふむ」
「いや、ボクでも多分逃げ出すだろうね。現状表を向いているカードだけだとそうなるのも無理はないよ」
アキラはミリアとのやりとりを楽しんではいた。しかしさほど真剣に問答を行ってはいなかったのだが、ミリアのその一言がアキラの意識を刺激した。
「君が言いたい事がようやくわかってきたよ。ミリア、君は何を知ってるんだ?」
「こう考えたどうだい? 実は新教会には切り札がある。その切り札を知らされていない幕僚が君だ。さて、どう動く?」
アキラは大きなため息をついた。
「切り札があることがわかっていて、その内容がわからない状態でどう動けると言うんだ?」
「考えても見ろ。実際問題として、これから起こるであろう未曾有の規模で行われる戦争に於いては、幕僚だ軍師だなどと呼ばれる連中の立場なんてその程度のものさ。むしろ何であれ、相手に切り札があるだろうと考える時点で、その幕僚は歴史に名を残す名軍師たり得るだろうね」
「で、あれば話は早い。消去法どころか新教会にとって利害が一致する相手は一つだけだ」
「うん。聞こう」
「ドライアドだ」
「なぜ?」
「正教会と五大老が通じている可能性は低い。そもそも正教会の奴らは国際法の確認を口うるさく言うだけで政治に口出しをしようとはしないからな。事実、バード庁が五大老に政治的な接触を企てている様子は皆無だ。その潔癖さには頭が下がるほどさ。私に言わせれば利用できるネタを持っているのに利用しないというのは不思議でならないがな。奴らがその気になればドライアドなどもうとっくに正教会側の傀儡政府になっていてもいいはずだろう?」
「そうしない訳が正教会側にはあると思うんだね?」
ミリアはここでようやく立ち止まって、アキラの言葉を待った。
「いや、実はもっと単純な話だろう。戦争を起こしたがっているのはアダンと組んで兵器産業を牛耳っている五大老のアイク・ヘロンと、新時代のファランドールにおける基幹宗教になり、あわよくばアイクすら呑み込みたい新教会だけだということさ」
「なるほど」
ミリアは感心したようにうなずいた。
「そこまで単純化できるとわかりやすいな。で、我が国の『お相手』のシルフィードは、両者のあからさまな挑発に乗るっていうのかい?」
アキラは意外だという顔をした。
「お前はシルフィード王国は参戦すると言っていたじゃないか」
「勿論、参戦するさ。いや、させるさ」
「お前……」
「まあ、そのあたりはもう少し慎重に情報を集めないとね。まだいろいろとコマも足りない。それよりそろそろドライアドには動き出してもらいたいんだけどね」
「新教会側とアイク・ヘロンの接触については、もう少し詳しく探ってみよう。一度ヴェリーユあたりに出向いてみてもいいかもしれん」
「それはいいが気をつけてくれよ。ボクとしてはここでアキラを失うわけにはいかないんだからね。君が敢えて火中の栗を拾う必要は無い。だから危ないと思ったらさっさと手を引いて欲しい」
だが、アキラはミリアの注意には反応せずに、気になっている事を尋ねた。
「連盟の土産として、新教側は何か情報を持っていると思うか?」
「そう思うか?」
アキラはうなずいた。
「それが何かはわからないが、アイク・ヘロンの重い腰を上げさせるほどのものであることを願っているよ」
ミリアはそう言うとニヤリと笑って見せた。
「アイク・ヘロン伯爵ね……あいつはサラマンダにここ最近かなりの軍隊を派遣しているし、かつてウンディーネには大使として何年か駐留していたこともある。ウンディーネのいくつかの商港にはヤツの別宅があることはスプリガンの諜報でもすでに調べがついているし、それらはすべて『有効活用』されているときた。つまり準備は着々と進めているようには思えるんだがな」
「あいつはドライアド自体の新教国教化より先にまずサラマンダをそうするつもりだろうね。最近サラマンダで新教側の教会建設が増えているのは報告書で確認済みだ。これはその布石だろう。もちろん、ドライアドにも新教会を国教化する準備は進めているんだろうが、いちおう王制であるドライアドはけっこうこれが簡単にできるんだよね。我が国の王家はいまでは象徴のようなものだ。五大老の決定すなわち、王の命令だからね」
ミリアはそこまで言うと、うれしそうに笑ってアキラの顔をのぞき込んだ。
「その上で五大老なんて組織を排除してあたらしく一人の宰相という仕組みを作るのも、王制である我が国には簡単なことなんだよね。五大老なんて言っても、残りの四人が王家と姻戚のヘロン家に表だって逆らえるわけがないからね」
「側室とはいえ、実の娘を二人も送り込んでいたな。ヘロン伯爵の貪欲さには隙がないという事か」
「僭越ながら、そこは訂正しておこう。国王にまだ嫡子がいない今、正しくは『今は側室』だね」
「おい、それって」
「いや、今のは独り言だ。でもほら、新教会の営業担当の活躍場所が、実は色々あるというのがわかるだろう?」
「アイクが血なまぐさい話を好むとは思えないがな」
「もちろん、ボクがいっているのは『保険』の話さ。アイクも目的を達成する前に、自身につまらない嫌疑を掛けられたくはないだろうからね。保険は保険であり続けて欲しいと考えているだろうさ。そう、保険は使わないから保険というんだ」
「欲のためには隙なくあらゆる手段を講じるべきだということか」
「あはは。まあ我々デュナン族の貪欲さは常にアルヴ達の嫌悪の的だからね。歴史的に見ても、それこそ『何を今さら』といったところじゃないか」
「で、アイクがファランドール全体を巻き込む戦争をするとして、結果として奴はどうなる?」
「ファランドール大戦という異常事態は組織改編にうってつけだからね。五大老という立場なら力業ですらない。しかも『暫定』という便利な言葉を頭につけさえすれば、殆どの事は可及的速やかに決定できる。そのどさくさで奴が宰相になって実質的な国家権力を一手に引き込んだら、次は大量の軍隊を投入して……もちろん、新教の力も借りるわけだよね。戦争準備の軍事配備の意味もあるから一石二鳥だし……それでもってゲリラ殲滅の手柄でサラマンダあたりの国家元首になっちゃって、その上でじっくりとシルフィードとの消耗戦をやれば、百選危うからずってやつだろう。そしてその戦争に勝ったら今度は古代から続く王制シルフィードをあっさり帝政なんかにして初代皇帝の座についたりするかもしれないね。まあ、そこまで急がずともお決まりのシルフィード王家と婚姻して実効支配するもよし。そうこうしているうちに、我らが学友フェリックス……いやファルナ朝ドライアド国王エラン五世は、大戦後のファランドール混迷の時期に、なぜか若くしてこれもまたどさくさ紛れに病死しちゃう。そしてそのころにはドライアドの王位継承権についての項目が一部変更されてたりするんだよ、きっと。その辺に向けた布石というか人事的な根回しがしやすい環境整備も、実はもうかなり進んでいるんだろう?」
ミリアの「独り言」に、アキラは失笑した。
「確かに五大老は丸め込んでいるようだけど、実際はそう簡単にいくものか。いったい何年かかることやら」
ミリアはアキラの言葉を受けると冗談めかした話し口とは裏腹に険しい表情で続けた。
「おやおや。君ともあろう者が、少し甘いんじゃないかな。歴史を振り返ればわかるだろうに」
「というと?」
「世界は緩やかに変わるんじゃない。変わるときにはあっという間に変わるのさ」
「だが、そういう独裁的な世界の激動を正教会……いや、はっきり言おう。賢者側が黙って見ていると思うのか?」
「百五人いると言われる賢者だけで大国の全軍隊を百回ほど壊滅できるという噂が真実だと前提すれば、もちろんその気になれば賢者の存在は抑止力にはなるだろう。ただね……」
「ただ?」
「『合わせ月』さ。今、彼ら、つまり正教会の賢者会はそれにしか関心がないように思えるんだ」
「『合わせ月』の伝説に大戦が関与するかどうか、それによる、と?」
「うん。君も知っている通りアイク・ヘロンは五分五分の勝負などはしない。最悪で七分。実際には八分ほど有利だと確信しない限り実際には動き出さないだろう。ボクとしては彼にはもうすこし大胆になってもらいたいところだが、そっちはまあ、ボクの仕事だ。賢者会の動きをじっくり観察している暇などないことを教えてやるさ」
「我々の当初からの目論見としてはシルフィードに動いてもらう必要があるわけだが、シルフィードが他陣営との連携の目がないとすると」
「ああ、そっちはもう考えてある。シルフィードにはどうしても正教会と連盟してもらい、その上で来る世界大戦に臨んでもらいたいからね」
「考えというと?」
「それはまだボクの胸の中だけにある秘密の作戦というヤツさ。とは言えうっかりもののボクは、既に仄めかすようなことをしゃべっちゃったけどね」
そう言われてアキラは記憶を辿った。すぐに思い当たる会話の流れを見いだした彼は、思わず椅子を蹴った。
「おい、ミリア。お前はまさか」
色めき立ったアキラをミリアは両掌を押し出し、苦笑しながら制した。
「アキラ、君は知ってるはずだよ。ボクの手段は目的のためにあるのさ。しかしかわいそうな我が弟、エスカは目的の為に執れる手段は数える程しかない。それがボクとエスカの最大の違いだという事を」
「だが、しかし」
アキラは金色の瞳を輝かせながら人なつっこそうな笑いを浮かべる目の前の人物を見て軽い戦慄を覚えた。
(全く、時々この男を敵に回す奴らが気の毒に思えてならんな)
ミリアは「まあまあ」という風にさらに両手をあげてアキラに椅子に座るようにすすめた。
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