第二十六話 ミリア・ペトルウシュカ 4/6

 アキラはいつになく生き生きとしているミリアを目で追いながら、ミリア独特の頭の整理法とも言えるこの問答を楽しむ事にした。アキラにしてみれば誰でも同じ回答をしそうなその質問に答える事が意味のある行為だとは思えなかったが、ミリアにはミリアなりの構築法があるようで、それに協力する事については全く異論はなかったからだ。

「こういう軍事的な提携は消去法で行くのが定石だ。となると、まず正教会は消える」

「なぜ? 新教会側がたとえば賢者会や賢者の誰かと通じている可能性はないかい? 内部を懐柔して正教会側を一気に内部崩壊させて取り込むなんていう手は簡単に考えつくが?」

「正教会側が現状でドライアドやウンディーネにかなり深く入り込んでいる事実を素直に評価するなら、正教会側には新教会と手を組む理由が見あたらない。賢者であればなおさらそう思うだろうな」

「まあ、そうだね」

「それに軍事的な戦略としてはその可能性はあるが、政治的には正教会と合流するということはすなわち正教会に併呑されてしまったというとらえ方しかされないだろう。主に民衆は。新教会はある意味正教会があることにより存在意義を持ち続けられるわけだから、論理的かつ合理的に完全吸収ができる可能性がなければ正教会と組む目はない。有り体に言えば正教会側が声高に『新教会に負けました。我々が間違ってました』と言ってひれ伏せば別だという事だが、現実にそんな事が起こればむしろ民衆は不安がるのではないかな」

「政治的にはそうだけど、そもそも新教は正教を廃滅したがっているわけで、正教にしたって新教はただの目障りなハエでしかないからね。ここはもっと単純に考えていいさ。そもそも奴らは裏では殺し合ってる。それが全てだと思うよ」

 アキラはうなずいた。

「それも未確認情報だがな」

「まあ、それが確認情報になるのは何十年、いや何百年も後かもしれないさ」

 ミリアは呟くようにそう言った。アキラはそれをミリアの独り言として反応せずに話を続けた。

「同じような意味で、ウンディーネと提携することも考えにくいな。ああいう連合国家の場合、トップと連携することは事実上不可能だろう。意味がないと言い換えた方がいい。国全体に対する政府機能の影響力が希薄すぎるからだが。百歩譲って首都島のアダンと連携できるとしても、そもそも軍事力という観点からはアダンは論外だ。提携に全く意味が見いだせない」

「ウンディーネには豊富な資金があるよ。それにアダンはあれ自体が要塞だ」

「物資の補給先という意味では勿論提携する意味は大きいが、そもそも両教会とも物資の補給については問題があまりないように思えるんだがな」

「そうだね。本丸の正教会を責める直前に、圧倒的な軍事力でウンディーネ自体を殲滅するか、それこそ共和国側と和平条約などを結んだほうが話は早いからな。もともとウンディーネは中立といえば聞こえはいいが、勝った方と取り引きをするという、言ってみれば日和見主義の国だから、負けそうになるまでは実質的な驚異にはなるまいよ」

「そうだな。それにだいたいウンディーネの高官連中は首都島のアダンから何があっても一歩も出ないだろう」

「あの島にいる限り安全だと思っているんだろうね。まあ、そんな考えは間違っているっていうことを、ボクがそのうち教えてやるさ」

 さすがにアキラはこの言葉には反応した。

「何を企んでる?」

「今は内緒。手品のタネを知りたがるもんじゃないよ」

 アキラはため息をつくと話を元に戻した。

「次に消えるのはシルフィードだな。これは国の体質だ」

「シルフィードの王室に近い内部の人間が通じている可能性はどう思う?」

「会話を続けているようだからシルフィードと言えども新教・正教ともに繋がりはあるだろう。だがシルフィード王国というのは他国領土に攻め入らない、という国是を守り続けて数千年の、はっきり言って特殊な価値観の国だ。少なくとも近衛軍と王国軍の両方を押さえてクーデターなどはできない話だろう」

「現国王がいなくなれば?」

「嫡子はエルネスティーネ王女か。まだ若いが側近がしっかりしているだろう」

「王女が傀儡にならないと言い切れるかい?」

「誰の傀儡になるんだ?」

「だから、新教の傀儡さ」

「本気で言ってるのか?」

「シルフィードはその名誉にかけて軍隊が自国を出る事はない、だったらむしろ話は簡単さ。他国に攻め入る事を名誉にすればいいのさ。価値観のすり替えをすればいい。簡単に言うと大義名分さえあれば彼らはなんでもやってのけるということさ。ボクならあの国を動かそうと思えばそうするよ。だってあそこはある意味で一番動かしやすく、一番不安定だ」

「なんだと?」

「単純な事じゃないか。もちろん、普通に考えると成功する可能性は低いけどね」

「まさか」

「そのまさか、さ。たとえば王女エルネスティーネ・カラティア、すなわち風のエレメンタルを正教会の賢者会が拉致したという事になれば、アルヴ達はたった一人の為に何万何十万の軍隊を海外に派兵する事などためらわないだろうね。たとえ拉致したのが正教会でなくとも……例えば内部の誰かと通じている新教側の工作員が正教会を装ったとしても、ね」

「なるほど。つまり内部に通じてさえいれば、エルネスティーネ王女を実際に拉致する必要もない訳だな」

「拉致されたことにさえすればいいわけだからね。単純な図式だとエルネスティーネ王女自身が新教会に通じていれば面倒がないということになる。ついでに言えばアプサラス三世が居ないともっと都合がいい。正義感にあふれるアルヴが、娘一人の為にアルヴの軍隊の禁を破るのはけしからん、とか言い出すとややこしいからね」

「まあ、可能性の話はさておき、実際にシルフィードが出兵するにしても表だって宗教と提携する事は考えにくい。それより、国教というものを持たない主義のシルフィードをわざわざ提携相手として選ぶ理由が新教側には見あたらないと言うべきだろう。そもそもシルフィードにはその新教の信徒だってあまりいないはずだ。あそこは古い国だ。むしろ潜在的には正教の信徒だけだと言っていい」

「まあ、その通りだね」

「要するに、だ。こうやって改めて検証するまでもなく、新教としてはドライアドしか連盟すべき相手はいないわけだが」

「君が幕僚ならそういう結果になるという事だね。で、どうなんだい?」

「もちろんアイク・ヘロンの動きは監視下にある」

 ミリアはアキラのその答えには満足そうにうなずいたものの、グルグル歩きを止めなかった。

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