第二十六話 ミリア・ペトルウシュカ 3/6
「では聞くが、お前が言うように【真赭の頤】を教会側が狙う、もしくはすでに抹殺したとされるなら、その理由は単なる造反なのか?」
「いや。ボクが得た情報から推測すると【真赭の頤】は多分、正教会……いや、賢者として何らかの掟を破ったんだろう。それは正教会からマズいものを持ち出したか、盗んだか。いずれにしろやってはならない事をする理由が【真赭の頤】にあったという事になる」
「持ち出すとまずいものだと? それこそが水のエレメンタル……ではないのか?」
「そっちの可能性がないとは言い切れないけど、僕は違う考えだ。ほら、アレじゃないか? 正教会が管理していると言われているお宝……宝鍵【ほうけん】だ」
「四龍【しりゅう】を呼び出すと言う、伝説のスフィアか?」
「実際は水晶で出来たプリズムらしいけどね。下っ端賢者は見た事もないそうだよ。まあ、四龍か何かは知らないけど、それなりの価値があるものなんだろうさ」
「エレメンタルだけじゃなくて、龍が本当にいるとでも? あくまでも伝説だろう?」
気がつけばミリアは歩くのを止めて椅子に座っていた。ゆっくりとテーブルに両肘をつき、手を組むとその上に形のいい顎を乗せた。
「アキラ。エレメンタルも伝説だってことをお忘れなく。宝鍵から龍が出ようがボクは今更驚くものか」
「それはそうだが」
「まあ、どちらにしろ」
「やはり伝説の【合わせ月】は存在すると言うことか」
「エレメンタルが伝説通りこうして四人とも存在しているとすると、より恐ろしいのはマーリンすら存在しているかもしれないと言うことさ」
「うむ。唯一絶対神が我々の前に現れる可能性もあるということか」
「マーリンはともかく、エレメンタルも宝鍵とやらも、全部この手に握ってみせるさ。しかし」
「何だ?」
「それにはまだ足りない情報がある」
「何がだ?」
「アキラも知っているとおり、現在流布している伝説や神話には欠落した部分が多すぎる。そこに何か重大な事実が隠されている気がしないか? ボクはそれがとても不安だ」
「たとえば?」
「そうだな。例えばドライアドだ」
「ああ、我が国の伝説の始祖だな。確か『一人の子供と三人の子供を産んだ』という記述が謎だと言われているな。三人の子供には名前があるのに一人の子供には名前が伝わっていない。有名な「神名【しんめい】の欠落」だな」
ミリアはうなずいた。
「そもそもルーンの祖、あるいはルーナーの母とも言われるドライアドには謎が多い。中でも一番の謎はその有名な「神名の欠落」だ。君はドライアドの長子に名前が伝わっていないのはなぜだと思う?」
「私は神話学も民俗学もミリアの母上のように考古学も専門ではないからそんなことを考えたこともないが、単純に考えると長い歴史の中で伝えこぼれたと言うところではないのか? たいしたことのない人物だったから特筆されず、やがて名前すら伝わらなくなったという考え方に私は賛同したいところだな。初めてルーンを使えるようになった三人の子供とその末裔については詳しく語られているのはそれぞれに特筆すべき功績があったということだろう? その長子は無能だったかあまりに普通の子だったか……ともかく重要ではなかったという事だ」
「その逆だということは?」
アキラは肩をすくめた。
「そんな神話時代の話、気にしすぎではないのか?」
ため息とともにアキラはそう言ったが、ミリアの声は真剣そのものだった。
「名前すら伝わっていないのは重要じゃないしどうでもいい凡庸な子供だったからじゃなくて、逆にものすごく重要だったから、重要すぎて書くと問題があったからとは考えられないか?」
「重要だったから消された、と?」
「よく考えてみろ。歴史なんていうものはその時代時代の為政者が都合の良いように書き換えてきたもの、いわば虚実入り交じった建造物のような物なんだぞ? 知られてはまずい柱は抜かれ、窓枠はねじ曲げられ、あってはならない部屋の扉は塗り込められる。それはもう誰でも知っている事だ」
「確かにそうだが」
「ドライアドの第一子が消されたのも同じ理由だとしたら?」
「ミリア」
「待て。もう少し考えてみろ。だってそうだろう? ウンディーネ、シルフィード、サラマンダ、そのすべての子供について全部名前が伝わってそれぞれにそれらしい逸話が残っているのに、ドライアドの長子だけだぞ、名前すらないのは」
「それはまあ、確かに妙な事実だ。だからこそ「神名の欠落」などと敢えて呼ばれ、長く論争の種になっている訳だが」
「このボクがファランドール中を探しに探してようやく得た物が『一人の子は四人の子をもうけた。一人の子はその四人の子に四方の番を命じた』という短い記述のみだ。それも見つけたのはシルフィードの首都エッダにあるキャンタビレイ侯爵の私設図書館の古い古い蔵書棚だぞ? 王立図書館にある全く同じ体裁の本にはその記述すらないのにだ。不自然にも程がある」
「ふむ。確かにそこまで言われてみれば完全に消さずに一子が居たことだけは書かれているのも不自然だと言えなくもないな。だがミリア、今我々がやろうとしていることにそれが直接関わるような問題とも思えんが」
「そうじゃないかもしれないということさ。ユラトとクランとキュアという三人のルーナーの祖。その親であるドライアドという特殊なエレメンタルは一体何の役割を担っていたのか、という事は単なるボクの興味なのかもしれないけど、最初に産んだ子に命じた事が「四方の番」だという既述がどうにも引っかかる。三人の子供のもう一人の親の名前は堂々と伝えられているのに「一人の子供」の親の名前は秘匿されている」
ミリアはそういうと、手に持っていた報告書をテーブルの上に投げ出して左手の拳を額の上部にあてながら、再び席を立って歩き始めた。これはより深く考え事をするときの癖だった。
「すまん。この話を今ここで続けても無意味だね。話題を戻そうか」
「うむ。そう願いたいな」
アキラがうなずくとミリアはゆっくりと話し出した。
「神話の話が出たついでだ。君の現状認識とボクのそれを摺り合わせておこう」
「いいだろう」
「発現報告の年代がもっとも古い水のエレメンタルは、かつて特定寸前まで行ったものの、身柄の確保にあたった我が国の特殊工作部隊がマヌケな事に村一つ代償にしても確保できず全滅し、挙げ句の果てに一体どこに行ったやら……いまだに見つからないとくる。まったくそのとき全滅したグレンス村の人たちは浮かばれないよね」
「同意だ」
「人物特定までガチガチにできている風のエレメンタルはシルフィードにあり、あまりに身分が高い王族のお姫様のため、基本的に他勢力は接触できない。我が国の五大老が水か炎のエレメンタルを確保したという情報も、もちろんない。事態を静観していたはずのシルフィードが怪文書だとわかっていて【真赭の頤】を探しているフシがある。もっともシルフィードの軍がサラマンダに入ったのはドライアドの軍隊がサラマンダでつまらぬ動きをしているからだというとらえ方もあるかもしれないけど。ここまではいいかい?」
ミリアは独り言のようにつぶやきながら、そこまで言うとアキラの方を向いた。
「その認識で問題はないな。怪文書かどうかは別問題として、だが」
ミリアは頷くと歩みを止めた。
「そこでアキラ、君がもし新教側の幕僚だとしたら、今の情勢下にどういう立場をとる?」
「なぜ新教なんだ? 重要なのは正教ではないのか?」
「ゲームだと思って今はとりあえず新教側の立場に立ってみてくれ」
「ふむ。よくわからんが前提はミリアが今言った情報だけ、ということであれば」
「うん」
「自軍の戦力を考えても大戦に勝ち残る為には新教会単独ではまず不可能」
「『賢者』と同等の力を持つと言われている『僧正』の存在はどう思う?」
「そんな未確認の物を戦力査定しろと言われてもな」
「うん。じゃあ『僧正』は考えないでおこう。どちらにしろ『賢者』だって未知数だ」
「そうなると、新教としてはいきおい他勢力との提携が必要だ。そして提携可能な相手はまずは四つ。正教会、シルフィード、ドライアド、それにウンディーネ」
「そう。現状ではサラマンダという国はないに等しい。敢えて言えばドライアドと考えていいから省けるね。君の考えに同意する」
ミリアはいったん立ち止まったものの、すぐにまた部屋をぐるぐる回りながらうなずいた。
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