第十話 ルルデ・フィリスティアード 2/5
二種類存在する小柄なアルヴ族の中でも、少女がアルヴィンではなくダーク・アルヴの血が濃いとメビウスが判断できた理由は、その髪の色と褐色の肌にあった。もちろん肌の色には個人差がある。日焼けなどによって白人種のアルヴィンが褐色種のダーク・アルヴに見えることもないとは言えない。しかし、そもそも白人種であるアルヴィンに黒い髪の人間はいないのだ。
そのダーク・アルヴの少女は遠目にも鼻筋の通った相当な美少女だと知れた。そしてダーク・アルヴのもう一つの証である褐色の肌は、その美しさに精悍さを加えているようだった。
彼女はおそらく無表情なのだろう。だが、シエナにもメビウスにもその少女がまるで優しく微笑んでいるかのように見えた。それは彼女の特徴といえる優しく弧を描いて目尻に向かって垂れ下がっていく目の形のせいなのであろう。その瞳の色は濃い緑色で、少女が間違いなくアルヴ族だけの血を引いていることを証明していた。アルヴやアルヴィン、そしてダーク・アルヴといったアルヴ族は緑の目を持つが、デュナンとの間には緑色の瞳を持つ子供は生まれない。シエナもメビウスもアルヴ族のその特徴を常識として知っていた。
もちろんシエナとメビウスはその少女の優しく美しい佇まいに目を奪われている時間などはなかった。
少女の黒い髪が風で揺れ、時々あらわになる先がとがった左耳の耳朶に付けられていた耳飾りが露わになると、彼らは血なまぐさい現実に引き戻された。
その揺れる耳飾は子供の親指の先ほどと思しき大きさの金色の球体で、高位のフェアリー達がよく身につけている装飾品であった。一般にはスフィア呼ばれる水晶球だが、彼らの目はそれに釘付けになった。
二人は顔を見合わせた後、ほぼ同時に記憶と合致する符号を見つけ出して、戦慄し、異口同音に小さく叫んだ。
「「白面の悪魔」!」
二人が口にした呼び名が少女を指していることは明らかであった。
メビウスは頭を抱えた。
「やはりル=キリアか」
シエナの口からはうめきに似た声が漏れた。
「あれが悪名高いル=キリアの司令官。ル=キリアというだけでも信じられないものを、司令官自らお出ましとは、いったいここで何が起こっているんだ?」
メビウスの声にも絶望感が強く、そして暗くただよっていた。
一方、考えもしなかった美少女の出現に、ルルデは混乱していた。
混乱というより状況把握をする能力が一時的に凍り付いたと表現した方がいいやも知れない。あれほど出てこいと挑発していた敵が呼びかけに応じて出現したにも関わらず、呼び出した方はというと、あっけにとられて言葉を失っていた。
だが、敵はその一瞬の戸惑いをも逃さなかった。
ルルデの視界の左側に、白い影がよぎったように見えた。その影の小隊を認識しようと無意識に視線を左側に動かそうとしたその瞬間、声がした。
「勝負は付いた。剣を捨てよ」
声は今まさに視線に連動して顔を向けようとしていた、その左側から聞こえてきた。
思いの外静かな声であった。だが、ごく近い。
ルルデは誰も居ないはずの左隣に視線を向けた。するとそこには金色のスフィアの耳飾りをつけた……下がった目尻が特徴的な……褐色の肌を持つ……小柄な美少女がいた。
ルルデはその声に驚くべきだったのかもしれない。だが、あろうことか彼は自分自身に疑問をなげかけていた。
(俺の戦うべき敵は、この小さな女の子なのか?)
不幸な事に、ルルデはダーク・アルヴやアルヴィンといった小型アルヴ族を見たことがなかったのである。相手がいたいけな少女にしか見えないのである。それは戦場ではけして抱いてはいけない感情であり、ましてやその少女を不思議なものを見るようにぼうっと見つめるなど言語道断の行為といえた。
だが、ルルデはその状態に陥ってしまっていた。
(くそっ、俺は何をしているんだ)
程なく意識を立て直したルルデは、次の瞬間には自分が絶体絶命である事を理解した。
つい今し方まで少し離れた前方で静かに佇んでいたはずのダーク・アルヴの少女だが、今は自分のすぐ左手にいる。姿勢を低くし、小型の弓に細くて短い矢をつがえて。その矢はもちろん、ルルデに向けられていた。
先ほどまで少女の小柄な体を包んでいた白っぽいマントはいつの間にか脱ぎ捨てられ、矢を番えた少女は黒い上下の動きやすそうな軍装を纏っていた。
間近で二人の視線が合ったその時、少女の顔に変化が起こった。目が大きく見開かれたのだ。そしてそれはおそらく驚きの表情だった
「黒髪に、黒い瞳?」
ぽつりと少女がつぶやいた。
ルルデはそれを聞くと思わず軽く舌打ちをすると、気配を感じてして、少女から視線を逸らした。それはその少女が元いた場所だった。
そしてそこには……先ほどと同様、白いマントを着た少女がいた。
一瞬だけルルデは我が目を疑った。だが、すぐに思い違いである事に気付いた。
(違う)
そこには確かに白い服を着た人間はいた。
だが、そこに立っている人物は黒髪で垂れた目尻が特徴的な美少女ではなく、同じく小柄の種族ながら肌の色が白く、黒ではなく銀髪の……おまけにそれは少女ではなく少年と思われた。
少年は同じ小型アルヴ族ながら褐色種のダーク・アルヴではなく白人種のアルヴィンで、ダーク・アルヴと同様の理由で年齢はにわかには計り兼ねた。
少年と断定できなかったのは、顔が良く見えなかったからだ。表情ではなく、顔が全くわからなうぃのである。
シルフィード兵にはまれに見かけることがあるが、顔が独特の模様で塗られていたのである。それは戦いの化粧と呼ばれるもので、顔一面が赤と黒の顔料で塗りつぶされていた。それは精悍や勇猛という言葉ではなく、おどろおどろしいという表現するほうがふさわしく思えた。
佇むその少年兵の手には、今し方までアプリリアージェが羽織っていた白っぽいマントが握られていた。
ルルデは固まったまま、ほんの短い間に何が起こったのかを理解するのに数秒を要した。
少女が自分の横に移動したことで、少女の後ろに隠れていた、より小柄な少年が現れたのだろうという、一応の辻褄を合わせたが、感覚的に腑に落ちる説明ではないことは自分自身でよく分かっていた。
むしろそういう常識では説明がつかない行動をとる兵士のいる部隊に戦いを挑んだ愚かさを呪っていた。
それにしても、少女の移動する速さは異常だった。
ルルデは少女が空間を切り取ったとしか思えなかった。
混乱の中で「風のフェアリー」という単語を記憶から引きずり出して、ルルデは今遭遇した現象に重ね合わせることでとりあえず事態を了解する事にした。
「シルフィードの、フェアリー部隊か」
ルルデのそのつぶやきは、ほとんどは正解であったが決定的な部分が不正解だった。
一方、崖の上にいて全体を俯瞰していたシエナとメビウスはルルデの不正解を訂正できる立場にあった。シエナ達が白面の悪魔と呼んだ少女が脱ぎ捨てたマントに気を取られている一瞬の間に少年は忽然と同じ場所に現れ、脱ぎ捨てられたマントを地面に落ちる寸前に受け止めていたのである。つまり少年はアプリリアージェの後ろに隠れていた訳ではなかったのだ。
「貴様、まさかピクシィか?」
少女は矢をルルデの喉に向けたまま、そうルルデに問うた。
ルルデは今度は相手に聞こえるような音で舌打ちをした。
「俺をピクシィと呼ぶな!」
ピクシィ。
ルルデは今までも時々そう呼ばれていた。敵からも、そして他の反政府組織の連中からも。
原因はもちろん黒い目と黒い髪だ。いわゆる瞳髪黒色である。
ピクシィとは、三千年ほど前に絶滅したはずの人類である。その特徴を持っている事それ自体が嫌なわけではない。尊敬して止まぬ金髪碧眼の兄、シエナと血がつながっていない事を指摘されているようで、いたたまれなかったのだ。
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