第4話 枢秘卿エネシス

 アルシュは怒られていた。理由は、力の暴走だった。

 アルシュの背後に所在不明の力、深紅の竜が発生し、部屋と扉、アルテナを襲った。

 それを多くの母親までも見ていた。


 父親のヴィクタリア皇帝が問う。

「お前は、力を暴走させた。相違ないな」


 アルシュは首を横に振り

「そんな事してません。アレはアルテナが自分に襲い掛かったら出たんです!」


 否定するアルシュがいるのは皇帝の玉座であった。


 周囲は疑わしい顔を向けている。


 母親のファリティアが息子アルシュに近付き肩を抱き

「正直に言いなさい。アルテナ様と遊んでいたら力が暴走したのよね」


 アルシュは怒りの目を母親の向ける。

 全く信じてくれない。親に信用されないのは屈辱である。前世でも親が自分の事を全く信用しないで、勝手に自分達の価値観で決めつけられた事があった。


 この女もオレの前の親達と同じか!

 

 そう、アルシュは怒りに似た絶望を感じた。


 前世のミスルの時もそうだった。所詮は血が繋がっただけの赤の他人だ。


 アルシュはフッと呆れた大人びた嘲笑を母親に向ける。

 母親はショックを受けて


「親に向かってなんて顔をするの!」


 叩かれて顔が逸れた先に、正妃ヴィクティアに隠れてちょっと嬉しげな顔をするアルテナが見えた。


 この糞女が!


 アルシュの目に殺気が宿り、それに気付いたアルテナは母親正妃に隠れた。


 そこへとある人物が来る。

「何を騒いでいるのですか?」

 その人物は、金糸が編まれた白い教会のローブを纏う女僧である。


「これは…エネシス枢秘卿」

 ファリティアが頭を下げる。


 エネシス枢秘卿、黒髪に金髪の尾が混じる四十代前後の女僧で、教会の中でも歴史に関する部門を担当する権威ある人物である。


「何があったのですか?」

 エネシス枢秘卿が事を尋ねると、ファリティアが説明してくれた。


「ほう…この子が未知の魔導を暴走させたと…」

 エネシスはアルシュを見る。


 アルシュはエネシスと視線が交わった瞬間、アルシュの中に何かが告げた。

 コイツは、得体の知れない者だ!

 警戒にアルシュが染まった瞬間、アルシュの背からあの深紅の竜が飛び出しアルシュを守るように腕を交差させた。


「アルシューーーー」

 ファリティアは、また息子が力を暴走させたと。


 しかし、エネシスは淡々と

「ほう…成る程…」

と、怪しげな笑みを浮かべた次に皇帝に進言する。

「ヴィクタリア皇帝、この子は力を暴走なぞさせていません」


 エネシスの言葉に周囲が響めく。


 玉座にいるアルファスが鋭い視線で

「その理由は?」

 

 エネシスは、深紅の竜に守られるアルシュを示し

「私を警戒して、防護に出た。もし、暴走ならとっくの昔に私は攻撃されている。

 だが…これは、私から守るように守護を展開した。

 つまり、この力が攻撃反応をさせないというこの子の支配下にあるという証明です」


 まだ、周囲は納得していない。


 エネシスはフッと笑み

「では…聖遺物を使うとしましょう」


 エネシスは懐から天秤を取り出す。

『ジャッジメント テリス(審判の女神)』


 天秤がエネシスの手から離れ、光輝きながら黄金に輝く二メータの女神の巨像となる。

 その両手は左右に広がり、手の上にお皿が乗っている。


 エネシスが淡々と

「これは審判の女神の権能、ウソを言った場合は左手の皿が下がり、真実を告げた場合は右手の皿が下がる」

 

 エネシスは審判の女神の権能である聖遺物を伴ってアルシュの前に来て

「真実をいいなさい」


 アルシュは肯き、全てを話す。

 アルテナが部屋に連れ込むと、皇帝である父親が作ってくれた玩具の剣をアルテナが取り上げ、折り、その折れた剣で自分を滅多打ちにしていたら、この力が発動したと…。


 審判の女神は…真実しか伝えない。

 右手が下がる。そう、アルシュの言葉は真実なのだ。


 正妃ヴィクティアは、後ろに隠れる娘アルテナを掴み

「どういう事? アルテナ!」


 アルテナは暴れ

「あんなのウソです! アルシュが襲って来たのは間違いないのです!」

 

 ヴィクティアはアルテナの慌てるそれで察した。娘はウソを吐いていると…。

「申し訳ありません。今回の事は…我ら内輪だけで」


 その目の前に突如として審判の女神の聖遺物が現れる。


 エネシスが

「申し訳ありません。この聖遺物は、発動すると最初に尋ねた真実の真相を解明するまで、止まりません。

 もし…真実を隠そうとするなら、この場から排除されるでしょう」


 聖遺物、審判の女神がアルテナの右腕に呪印を写す。

 アルテナは怯えていると、エネシスが


「それはウソを吐くと激痛が走る仕様です。本当の事をお話しください」


 アルテナは

「私は、アルシュを殴ってなんて、アアアアアアアアアア」

 呪印から激痛が走りアルテナが転がる。

 

 痛みでアルテナが涙を零していると、アルシュが

「もう…良いです。止めてください」

 

 エネシスが

「ムリと言いませんでしたか?」


 アルシュがチィと舌打ちして「じゃあ…」と殺気を聖遺物に向けた瞬間、アルシュの背後にある深紅の竜が聖遺物に襲い掛かる。

 聖遺物はアルシュの深紅の竜によって潰され、発動前の天秤に戻った。

 

 それをエネシスは拾い「あらあら…」と淡々と呟く。


 アルシュが、父親のいる玉座の前に跪き

「申し訳ありません。自分でも分からない力を暴走させて、ご迷惑をお掛けしました」

 頭を下げた。


 父親が目を瞑り「そうか…では…」と裁きを下そうとした時。


「ごめんなさい…」

とアルテナが母親のヴィクティアに支えられながら全てを告げた。


 アルテナはアルシュが羨ましかった。

 自分は、父親から誕生日プレゼントを貰う時、どれよりも超一級品である事は分かっていた。

 だけど、やっぱり父親が手を掛けて作ってくれるプレゼントの方が羨ましかったのだ。

 

 全ての真実が明らかになった後、父親である皇帝は、二人に謹慎を申し渡した。

 謹慎と言っても、皇帝城に入るのを一週間禁止するという、簡単な事だった。


 その週の休日、アルシュは大きな箱に父親から貰ったプレゼントを詰めて、母親のファリティアにお願いしてアルテナの、正妃の城へ行った。


 アルテナに顔会わせしたアルシュ。

 アルテナは気まずそうな顔で「なに?」と


 アルシュは持って来た玩具の箱をアルテナに渡して

「僕、うまく玩具の置き方が分からないから、それが分かりそうなアルテナに預ける」


 アルテナは瞬きする。


 そこへ父親も正妃の城に来ていたらしく

「何をしているんだ?」


 二人に尋ねると、アルシュが

「お父さん、今度からアルテナと僕は、同じお父さんの手作りのプレゼントを用意してね」


 父親ガのアルファスが目を瞬きさせた後、微笑み

「そうか、分かったよ」


 アルシュが「じゃあ、遊ぶか!」とアルテナと共に持って来た玩具で遊び始めた。


 それを父親、正妃ヴィクティア、妾のファリティアの三人が見つめ


 父親が

「あの子は優しいなぁ…」

 ヴィクティアは「ええ…本当に」と頷いた。

 ファリティアが頭を下げ「色々とご迷惑をお掛けします」


 アルファスは頭を横に振り

「良いんだよ。こんなの迷惑なんて思っていない。父親としての仕事を出来て幸せだよ」



 アルシュはアルテナと遊びながら


 本当にガキって面倒クサい


 そう思っていた。

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