父との会話

 もうどうしようもないんじゃないか。今更僕に何ができるだろうか。倉望さんは今、僕の事をどう思っているだろう。今日が水曜日だから明日は木曜日。毎週かかさず校庭の隅でけん玉を楽しんでくれていた彼女とも、あの中休みの出来事を知られた以上もういつもの場所で会うことはないように思えた。だいたい僕に告白する勇気なんてないに決まってるし、むしろ僕はこれからも単純な「友達」としていたかった。


 木曜日


7月のジリジリとした空気に閉じ込められながら、僕は放課後、自分の意思をしっかり伝えるために倉望さんを待っていた。正直合わせる顔もなく、すぐに逃げてしまいたい思いだった。でも僕が来なかったら、倉望さんの僕に対するイメージがどんどん悪いものになっていくような気がして、半歩後ずさりしたかかとをつま先の力で前に戻した。

5分、10分、12分、13分…

ずっと待ち続けたが、遂に倉望さんは来なかった。肩を落としたまま、人ごみのない校門を抜けて家に向かった。僕はいつもそうだ。自分ではこうなるはずと信じていても、当然それが誰かに聞こえているわけもなく、期待して無駄骨を折ることばかりである。そしてその度味わう喪失感が、今までの苦い思い出を蘇らせる。


「白佐、今日だからな。ちゃんと誘っとけよ。」

森安が笑いながら言う。今までずっと信用していたのに。だからあのことも、つい罰ゲームを受けることになった日に我慢できなくなって打ち明けてしまったんだ。

「お前本当最低だな。」

「まぁ俺たちも応援してるから。あー楽しみ!」

倉望さんを屋上に来てもらうためにはまず誤解を解かなければいけないのは分かっていた。だから昨日もずっと彼女を待ち続けて、でもやっぱり来てはくれなくて。もう時間もない。教室で話しかけるなんて馬鹿なことはできないから、倉望さんが教室から出るのを見計らって廊下で話しかけることにしよう。そこでちゃんと、許してもらわないと。


「倉望、さん。」

「・・・。」

「待って。話したいことがあるんだ。」

「屋上なんて行くわけないでしょ。」

「違う。そうじゃない。僕が言いたいのは、今の噂は嘘だってこと。もともと僕が未来を見る力があることをこのクラスに持ち込んだのは森安で、森安にそのことを伝えたのは僕。好き嫌いゲームに罰ゲームが付き始めてから、毎日がずっと不安だった。どんどん罰の内容は重くなっていくし、かと言ってあそこから抜け出すわけにはいかなかった。だから僕は重い罰だった時は未来を見てそれから逃れるようになった。みんな僕を運のいい人間としか見ていないと思っていたけれど、森安は違った。あいつは最初の頃から僕の行動に違和感を覚えていたんだ。3回連続で正解していた時、僕は森安と一緒に帰った。その時森安に、6回連続で正解したらそれは運じゃないと言われた。運ではないことがばれてはまずいと思ってわざと自分にとってマイナスな方を選んだ。森安は自分が伝えたことをみんなに言って、全員で協力してわざと3回すべてを重い罪にした。はじめの2回は罰ゲームの内容が分かっていたから、どうしても外す勇気がでなかった。そして結果的に6回目は罰を受け入れざるを得なくなってしまった。その日も森安と帰っていたんだけど、今日はどっちにしてもいいことはなかったなって言われて、我慢できなくなって、自分は未来が見えることを伝えちゃったんだ。」

「そんなこと今更言われなくても知ってる。」

「でもその時、付け忘れた言葉がある。僕は3秒後しか見えないって。」

「え?」

「僕の1つ1つの妙な行動を誰かが指差してざわつくのは感じていた。特殊能力を持っている人間だと思われたかもしれないけれど、それは大きな間違い。これはただの病気。病気っていうか不思議な現象が僕の体の中で起こってる。この左目には、今もずっと3秒後の世界が映し出されてるっていうことなんだ。だから、あの日わざと「やる」と言った時、罰ゲームの内容に倉望さんが関わっているなんて知らなかった。ただ左目に映った教室の様子から判断していただけなんだ。こんなことに巻き込んでしまって、本当にごめん。」

「確かに私が男子たちの遊びに利用されたのはショックだった。でもそれ以上にショックだったのは、白佐、さんが普通の人間じゃなかったってこと。」

「やっぱり、そうだよね。」

「違うの。それは噂が本当だった場合の話。本人が言うには3秒先しか見れないのであればそれを信じるよりない気はする。でもちょっと都合が良すぎるようにも思える。だけど、けん玉教えてもらえたおかげで友達も増えたし、どうであろうとお返しはしないといけないかな。でも手は絶対つながないから。」

良かった。何より倉望さんに本当のことを伝えることができた。罰を負うことができないことは分かっていたし、彼らもそのことを見越してこんな内容にしたのだろう。僕はただ倉望さんと会話がしたかっただけだったのかもしれない。


 放課後


「いなかったらどうなるか分かるよな?」

「分かってるよ。」

カッカッカッカッ

階段を上る音が聞こえなくなる瞬間が近づいてくる。近づけられてくる。

そろそろ屋上だというあたりで、左目に屋上の様子が映った。倉望さんは来てくれているだろうか。僕は右目を閉じて、左目を凝らしていた。その時だった。閉じた右目に粘着テープか何かが大量に貼られ、足を蹴られたかと思えば階段の下にいる様子が映り、そのまま階段から転げ落ちて背中を強打した。

「おい立てよ。」

「そっち手を押さえといて。」

「ほら行くぞ。こっちこっち。」

「走るぞ、せーの!」

カシャッ

「よっしゃ。作戦大成功だわ。白佐、お前今女子トイレん中にいるぞ、もう写真撮っちゃったから今度みんなに見せるね。」

「ふざけんな!!」

「あ、先生来たかも。逃げよーぜ!」

「おい待てっ!!」

「お、出てきたぞ。おら!」

「手足押さえといて。あそうだ。数字やろうぜ。俺たちは絶対けがしない。」

「どういうこと?」

「俺たちで決まった刑は全部こいつが負担することにする。」

「いいね!数字!123、456、789」

「101112、131415。」

「161718、お!18ですか!じゃあ何やるか決めるか。しっぺ、でこぴん、ばばチョップ、往復ビンタ…!」

「レッツゴー!」


 僕は気付いたら外に出ていた。荷物もすべて持っていて、右目と頬とお腹にひどい痛みを覚える。感じるのは、それくらいだろうか。家に帰った後の言い訳など考えず、ただ歩き続けた。

「ただいま。」

お父さんがこの時間に家にいるなんて珍しい。

「お父さん。」

「お母さんなら、ん?今お父さんと言ったか?」

「お父さん。お願いがあるんだけど。」

「うん。どうした?」

「学校辞めたい。今日いじめられちゃって。もう今の学校じゃうまくやっていける気がしない。」

「はぁ…。Ⅰ年ぶりに何話し出すのかと思ったら。」

1年ぶり。そうだ。もう当たり前になっていた気がする。お母さんが我が家で唯一の人間で、僕にとってお父さんは、置物のような存在でしかなかったのかもしれない。

「でも構わん。まだ疑っているか分からないが、お父さんのリングが故障したお礼として、昨日3000年から来た警察が新しいリングを5つくれたんだ。」

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