中学の2か月と3秒

 少し狭さを感じる学ランのポケットが、わずかに音をたてて振動していることに気付いて、帰りの電車の中で時代に逆らうようなガラケーを開けた。さすがに真昼間の授業中にメールが届くなど考えていなかったことを、画面がいつもの柴犬になっているのを見て思い出した。


 よう!調子はどうすか?まーいきなりだけど、お前いいよな怒なんで男子校に入ったんだっつーの。このままでは俺の青春はおおかにできない!!城銘にしとけば良かった(笑)


なんだ、あいつは。まだ卒業してから2か月しか経っていないのにもう公開し始めてるのかよ。ていうかこれなんて返信したらいいんだ?

好きなことを仕事にするとそれが嫌いになるっていうがそれと似ているだろうか。あいつは僕たちが5年生のころから、なんの躊躇いもなく 慶菱行きてー と豪語していた。そして結局2年越しの願いが叶うことになったわけだが、次はそのことに過ちを見出している。どうやら小学校と中学校とでは、重要視する点がかなり異なってくるようだ。

城銘中学校は中高一貫の共学校。学年で男子150人、女子120人で、1クラス30人ほど。入学してまだ時間は経っておらず、教室の空気はまだ張りつめたままだ。


 なぜよりによって けん玉 なのだろう。クラスの雰囲気が悪いからと言って先生は1人に1つ、「日本けん玉協会」と書かれたけん玉を渡し、毎朝20分間、4人班で共通の技に取り組むことを命じた。

まずい、と思った。というのも一昨日、僕はけん玉検定四段に受かったばかりなのだ。昔から人と関わるのはあまり好きではなく、自分の気持ちを察してくれる、限られた友達としか接していなかった。以前お父さんにこのことを相談したのだが、「お父さんもそうだよ。でも意外に世の中優しい人ばかりだし、心配は必要ないんじゃない。」と、大して重くは受け止めてくれなかったのを覚えている。

「大宮さーん、みんなもほら修君も。はやくやろうぜ!」

「あ、うん。そうだね。」

「昨日めっちゃ練習したんだよ俺。まぁ成功率は10回に3回くらいだけどね。」

そう言ってクラス唯一の陽キャラである月田君は、妙なけんの持ち方で技を成功させにかかった。

「あ!できた!」

「え!すげぇじゃん!じゃあ誰が1番先に3回成功するか勝負しようぜ。」

「私自信ないけど…」

「ね、絶対勝てないから!」

すごい。先生の思い通りだ。思い通りという言い方はどこか反抗期じみたものを感じさせるが、それ以上にけん玉をみんなが楽しそうに遊んでくれているのがなにより嬉しかった。スマホのゲームに夢中な人が多い中学生である以上、会話についていけなくなることは前もって予想していたし、小学校からそれに耐える精神力やスキルは鍛えてきたつもりだった。「中学生」が自分の中でどれだけ印象の悪いものだったか、この光景を見て恥ずかしくなった。


「え、白佐くんめっちゃうまくない?全部成功してるし!」

「どうした修、覚醒した?」

「すごーい!」

ん?と思って手の方を見ると、大きなミスに気付いた。玉がさらにピッチリ乗ってしまっていた。今まで必死でやりたいけん玉の技を控えて、なんどもなんども偽ってミスをしてきたのに。早々と万能な人間と思われてはこれからどれだけ生活するのに苦労することか。


 雨だ。こんな日に嫌な未来しか考えられないだなんて。僕はこれからどんな立場で学校にいることになるのだろう。

「あ、修君。一緒にけん玉やってた、覚えてる?」

「ああ、倉望さん、ですよね?」

「良かった。覚えてくれてたんだ。私びっくりしちゃった。昨日まで修君全然下手だったじゃん。それなのにいきなり上手になっちゃって。もしかして修君、もともとけん玉やってたんじゃないのかなって思って。」

「そんな…いや。もう見られちゃったから言うけど、本当は昔からけん玉やってた。だから、意識が飛んだ時自然と手が動いちゃって。」

「へー、すごい。どうしてけん玉始めたの?」

どうしてだろう。大した理由はない。でも、1つだけ確かなことがある。小学校にいた時も、こんなことが1度あった。クラス対抗戦という名目で、僕はくじ引きで代表になってしまい、どうしても自分の実力を発揮しなければならなくなった。それまで僕は、人に長けた何かを見せることがみっともないことだと思い込んでいた。でも、だれにも真似できないような技を決める度、笑顔で自分を見てくれる人がいて、それが妙に清々しかった。鳥肌が立ち、震えるような衝動。視界が急に広がっていくような感覚。

「どうしたの?」

「え、あ。ごめん。特に理由はないよ。昔、友達からけん玉をもらって、それからは・・・なんとなく。」

「今度、私にけん玉教えてくれない?」

「え?」

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