高校受験という名の失望
退院した後の生活は、倒れる前とではまるで違ったものになってしまったけれど、お医者さんから言われた通り、あのこと以外に異常は何も見られなかった。個人的には今のような妙な状態も慣れれば何とかなると、どうにか重くは受け止めないようにしている。だから普段とかわったことをするだとか、そういうことはやめようと思っている。でも、やっぱり人間とは自分が不安なことはとことん気になる生き物で、3秒後の世界が映る左目を、右目で変なものでも見るかのように毎朝鏡で覗き込んでしまう。
受験勉強まであと2か月をきっているというのに、2週間前に借りた詩集の期限から2日経っていることに気づいて返しに行かなければならなくなった。借りた当時は2週間後のことなんて考えてもおらず、ふっと頭に「きいろいろ」の作者である 芳沢明人 の名前を思い出して、ついつい本に手が届いてしまったのである。
本を返し終えてから僕は受験よりも自分のことが気になり始めた。どうして自分はこんな不思議な状態で生活しているのか。他に気にすることがない時間はいつもこのことを考え続けていた。塾の帰りの電車がトンネルを通れば窓に僕の顔が映って見えた。その度不安な様子と目じりのくま以外は何の変哲もない顔に深刻さを感じて広告の方へ眼を逸らして、狭い引出しに腕を無理矢理押し込んで、届きそうもない何かを掴もうとするように記憶を遡らせていた。そして今、昨日思い出したことを思い出した。僕が倒れる直前、店でお父さんが言っていたこと。
「お母さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
「本ちゃんと返してきた?」
「返した。この前お父さんが言ってた。なんか、自分はこの時代の人間じゃないとかなんとか、よく分からないことを真面目な顔で。」
お母さんはフライパンの上を滑らせていた菜箸を止めて、話し始めた。
「ああ、そのことね。お母さんもいつかは修に話さないとって思ってたんだけどね、お父さんが自分のことだし俺が修に伝えるって言って。確かにあんな変なことを大真面目に話し始められたら、びっくりするのは当然だと思う。私も昔、同じようにお父さんに驚いたわ。修が生まれる2年前の12月くらいかな。お母さんが仕事から帰ろうとしてたら、そこに地図を持って戸惑ってる男の人がいてね。私に道案内をしてほしいって英語で話しかけてきたの。そこから不思議に思いながらも英語で会話していくうちに、どうやら彼は未来から来た人なんだって分かって。何かで洗脳されておかしくなっちゃったのかと思って、心配だったから家に招待してあげたの。でもそれから2人で生活していく中で、その人が言っていることが本当に思えてきちゃって。未来から室町時代へ出張に行こうとしたんだけど、システムの故障でこの時代に迷い込んだってね。でもいつそんなすごいことができるようになるかなんて分からないじゃない。だからひょっとしたらって思って興味を持ち始めた。そこから私はその人とお付き合いをして結婚をして、そして生まれたのが白佐修ってわけ。」
本当にお母さんはお父さんが未来人だなんて信じてるんだ。だとしたら僕は、持僕はもうだめかもしれない。お父さんがその後言ってたんだ。自分は未来人だから、僕が洋実に合格するかどうかも知ってるんだって。お父さんはテストがある度未来に行って僕の受験の結果を確認して、落ちていれば飯野先生に特別のプログラムを組んでもらうようにお願いしていたんだ。今僕が飯野先生に土曜日特別に授業してもらってるのもお父さんの仕業だったんだ。今までずっと、こんな風にしてきたなら、もし洋実に受かってもお父さんとは喜べないどころか僕自身自分の力で合格できたのかずっと悩み続けることになる。受かっても嬉しくないなら受験勉強なんてやる意味ない。学校の友達からの遊びの誘いも全部断って、嫌な奴だって思われてるかもしれない。だけどもう勉強なんてしたくない。みんなと同じ公立の学校行ってまた1から高校受験をする。もう受験なんてやめる。
僕は人生の負け組だ。今まで勉強してきた時間だけ苦しむことになる。そう思ったら目の前が真っ暗になって、何に手をつければいいのか分からずに、布団に爪を立てて落胆した。喪失感と絶望感で潰れてしまいそうになって、指が緩んだのを期に僕は泣き続けた。
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