父の正体と僕の変化

 お説教は50分くらい続いただろうか。途中から僕が変なことを言ったらしく、「きいろいろ」の解説を聞かされて長引いてしまったのが原因である。

塾の小刻みな白い階段を下って、電車に乗ろうと駅に向かっていると、首に痛みを感じた。自分が想像以上にうつむいていることに気付かなかった僕は、容赦なくグルッと頭を回して、わざとらしい溜息をした。正直これから何をしていけばいいのか分からなくて不安でしょうがなかった。教室に入るまでは何ともないと思っていた。でも、自習室から聞こえてくるカツカツというシャーペンの音や先生に呼ばれて次の試験の対策を練っている女子中学生の様子を見ているうちに、積み木を頭の上に積み重ね続けているような感覚を感じ始めた。そして先生が口を開くたび大きなおもりが乗っかっていくのが分かった。さんざん叩きのめされて、前向きな思い込みができなくなった。なんのために呼び出されてここに来たのか、分からなくなって、なにもできず真っ暗闇でさまよっているのがじれったかった。

 ドスッ

誰かに当たったと思い顔を見上げると、お父さんだった。

「何しに来たの?」

「ちょっと用事があって来ただけだよ。それより前向いて歩かないとぶつかるのは当たり前だろう。」

「お父さんがちゃんとしていればいいだけじゃん。」

別に反抗期なんかじゃない。ただふてくされているだけなんだと、分かっていながら対応を誤ってしまう。あれ、お父さんはカナダに出張に行っているはずじゃないのか?そう思いながら転がるように地面から蹴られながら駅に向かっていると、教室に筆箱と前回のテストの問題を置いてきたことに気が付いた。とても戻る気にはなれなかったが、しょうがなく来た道を引き返した。同じ景色が逆再生されて見えることがどれだけ空白の時間だったかを考えさせる。顔に当たる蒸し暑い汗混じりの熱風が、やけにうっとうしく感じられた。

「失礼します…あっ」

僕は筆箱の場所へ向かう足を止めた。父が何やらさっき僕を呼び出した飯野先生と黒い机を挟んで何かを話しているのを見つけ、何を話しているのか気になってしまったのである。

「先生、どうしましょうか…。まだ第1志望の常葉学園に合格できていません。もっと特別な講習を組んでいただけないでしょうか。どうしても修を、喜ばせてやりたいんです。」

「お父さんは本当に、息子さんの将来をご存じなのですか?私には未だに信じられないというか…。」

「そ、それは本当なんです。これが将来に併願校に合格したときにもらった入学届です。」

「しかしこれは本物なんですかね…。しかし見たところそうとしか言いようがありませんからね…。」

「飯野先生には迷惑をおかけしていることを承知の上でのお願いです。なんとか修を!」

聞いている間、よく理解できないことばかりで自分を信じられなくなってしまった。第1志望には受からない?将来の併願校の入学届?なんのことか全く分からない。お父さんを待って、どういうことか説明してもらわないと。

「お父さん」

「お、修、まだいたのか。どうしたんだ、自習でもしていくのか?」

「さっき話してたこと、聞いちゃったんだけど。あれどういうこと?」

「…聞かれてしまったならこれ以上隠すことはできないな。大事な話がある。ちょっとついて来なさい。」

言われるがまま、僕はお父さんに近くにあったスターバックスに連れてこられた。

「アイスコーヒーと、修は?」

「あ、えっと、抹茶フラペチーノ。」

感じの悪いガキだと思われるかもしれないけれど、本当はフラペチーノがなんなのかすら知らなかった。ただ学校で友達が「スタバはとりまフラペチーノ。あれは最高」と言っていたのを思い出したから気になって言ってみただけである。

「調子はどうなの?」

「普通だけど。」

「そうか。まあ、いいや。本当はお前が受験終わるまで隠しておくつもりだったんだけど、ばれちゃった以上話すしかない。これは馬鹿みたいでとてもすぐに信じてもらえるようなことじゃないんだ。だからはじめは理解できなくてもいい。とりあえず聞いてほしい。」

アイスコーヒーをすぐに飲み終え、残った氷を口に入れてから、お父さんはゆっくり口を開いた。

「簡単に話そう。お父さんは、この時代の人間じゃないんだ。ずっと未来に生まれて育ったんだ。そしてその時代は今より画期的な機械とかシステムが生まれていた。その中「時空間旅行」っていうのがあって、おれは時空を超えた出張に出かけなければならず、室町時代に向かった。でも、その途中でアクシデントがあった。途中でシステムに不具合が生じて、この平成という時代に迷い込んでしまったんだ。そして、新しい時代に戸惑っていたおれを助けてくれたのが今のお母さんだ。つまり、お前は未来の時代の人間とこの時代の人間の間に生まれた子供なんだ。だからそのお前が受験すれば、どこの学校に行くことになるのかも分かってしまうんだ。それで不安になって飯野先生に相談してしまっていたんだ。だから…」

 

 バタッ


「お、おい!修!!大丈夫か?!救急車呼んでください!」

抹茶フラペチーノにのっていたクリームだけが、倒れた後も形を留めていた。

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