中学受験の日常

 僕はこの学校に入ったばかりのころ、緊張して仕方がありませんでした。なにをすればいいか分からず、ずっとお母さんの後ろに隠れてばかりでした。お父さんは海外で仕事をしているらしく、最近はあっていません。あのころから、僕はお母さんに頼ってばかりで、今思うと情けなくて仕方がありません。

だけど、だんだんこの学校生活にも慣れ始めて、少しずつみんなと話せるようになりました。今は受験で忙しくて、みんなと学校で過ごす時間は少なくなってしまっていますが、受験が終わったら、またこの教室で楽しい時間を過ごしたいと思っています。これからもどうぞよろしくお願いします。


「これでいいでしょ。」

僕は今中学校受験で忙しく、学校を3か月ほど休むことになったので、申し訳ないから学校のみんなに向けて手紙を書きなさいとお母さんに手紙を渡され、ごみ処理場のように嵩張った机のほんのわずかなスペースを見つけてそれっぽく書き上げた。毎朝学校に行くように朝早く起きて、学校とは反対の方向へ歩いて駅で友達と待ち合わせ。それから電車で1駅したところにある塾の自習室でみっちり塾が閉まる10時まで勉強。もうすでに1週間はこれが日常となっていたので、苦しさは感じないようになっていた。むしろ簡単すぎて眠たい学校の授業を受けるより、シャーペンを持って自分の行きたい志望校へ向けて勉強している方が楽しいと感じるようになった。一口に受験勉強といっても、ただ勉強しているだけではない。12時のチャイムとともに食べる昼ごはんも友達と途中のコンビニで買い、のどが渇いたときは下の自販機でコーヒーやコーラを買いに行く。分からない問題があれば先生のところへ行って一緒に考えてもらう。ちょっと大人になった気分ですがすがしい毎日であると僕は感じていた。

ちなみに僕は全国的に言えば受験生のちょうど真ん中より少し上くらいの成績で、5年生のはじめくらいまで目指していたエリート学校を断念して、今は結果が出れば合格が見えるくらいの学校を志望している。毎年9月、学校をあげて開催される文化祭を見に行ったとき、単純に自分に合っていると感じた学校しか目標にしていないから第2志望校というわけでもなく、落ち込むことは少しもなかった。

「 起立、礼」

まだ口の中に保温弁当に入った牛丼が残っていたまま夜の授業が始まった。教科は国語。まず毎度の漢字テストを解き、次に物語文を読んでそれについての問題を解く。そして残りの時間で先生の解説を聞いておしまい。正直国語の勉強などしても意味なんてないように思えてならない。「この時の次郎の気持ちを60字以内で答えなさい」なんて言われたって、その文章を書いた筆者にインタビューしてもいないのだから正解するわけがないじゃないか。この授業担当の大森先生の口癖は「登場人物になった気分で」である。物語の中に登場する人物の気持ちを読み取るためには、自分がその場にいるように考えなければならないというのだ。しかし人間全員がどう感じるのかは人によって異なるものだし、じゃないと困る。解答を作った先生だって1人の人間なわけで、それが絶対である根拠なんてどこにもない。

そんなことを考えていたら、漢字テストの時間が終わりに差し掛かっていることに気が付いた。まずい、怒られる。漢字は勉強すれば結果に出るものだと自分でもわかっているから余計悔しかった。

予想通り漢字テストは50点中32点でクラス内での順位は中の下くらいだった。それからは先生の視線を感じながらそれでも物語を読み取ろうと頑張った。今回の話の内容は、バレンタインデーの日に中学生の女子が好きな男子にチョコレートを渡すかどうか友達と悩んで最終的に向こうから告白されるというものだった。これは明らかに女子校向けの文章で、とても僕に中学女子の気持ちが読み取れるはずがなかった。

「はい、おしまい」

タイマーの音とともに先生の合図がかかり、僕は今日買った0.5㎜芯用のシャーペンを机に置いた。タイマーは先生が持参しているものみたいだったのだが、どうしても表示されている時間が見えなかいのでいつもまきで問題を解くようにしている。そのせいか記述問題の精度がひどく、先生に呼び出されては最初からその問題の解説をされる。

「今日は漢字テストの点数が低い人から当てていく。じゃあ1問目黒田、2問目浅野、3問目角井、4問目の記述は宇野だな、で5問目白佐からの6問目新川でいこう。それ以外の人も集中して聞いておくこと。」

言われてすぐに5問目のページを開いて瞬時に傍線付近に目を凝らし、解答用紙に書かれたアをイに書き換えた。こんな日々だった。






 



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