結婚のきっかけ

 会議に出席できないことを悟って、割り切って前向きに過ごそうと考えた。

「That was delicious.」

「No、That is because you picked up the camera.」

「I will bring some tea.」

そう言って女性は青っぽい紙2枚を部屋に置いていった。どこか見覚えのある気がした。そうだ、レストランで女性に案内されて店員に渡した「money」だ。すべて電子マネー化した時代に生きていたため、お金の形に驚いたのであった。あれ、どうしてお金を持っていたのだろう。今になって不思議に思えた。自らと女性のやり取りを1つ1つ思い出してやっと気付いた。そうだ、大量のカードが入った財布を見せた時だ。と言うことは…。

そこまで理解が行き届いたところで、女性がよい香りのお茶を持って来てくれた。

「Ah、this is…」

女性はクスッと笑ってから

「Hideyo Noguchi. Muromachi, Azuchi Momoyama, Edo, Meiji, Taisho, Showa, researchers living in the Showa era of Heisei.」

「That means…」

「Yes. Because Hideyo Noguchi gave his achievement in research on sickness, it is now printed on the money of Heisei era. In other words, it is not Muromachi era now.」

なるほど。そうだったのか。確かにだとしたらここが室町時代でないことは理解できる。では私は何らかの理由でこの平成時代に着陸してしまったということなのか。

「By the way, what is your name?」

まずい。人の家に入り込んでおいて相手の名前すら聞いていなかったなんて…。

「My name is Clinton. What is your name?」

「My name is Yuko Shirasa. Please call me Yuko. Because I'm going to be with you for a long time.」

女性のあきれた表情が気になって仕方がなかったが、自分を受け入れてくれたことがなにより嬉しかった。

 どうにかなるまで平成時代に由子さんと共に生きることになって3か月が経った。由子さんは中学校の先生をしており、趣味は本を読むこと。寝ている時間が一番幸せで、今まで読んだ本の中で一番のお気に入りは、アレクサンドル・ドゥマという小説家の「モンテ・クリスト伯」。少しずつ彼女のことを知って、私は親近感が増していくのを日々感じていた。

「おすすめのレストランがあるんです。今日行きませんか?」

私はこの時代で生活するために、日本語を学び始めており、由子さんともわざと日本語で会話している。まだ普通の人のように働くことはできずにいたので、断る理由もなく行くことにした。

驚いたのはレストランについて注文したオムライスを待っているときだった。由子さんがいつもと比べ表情が硬いのに気付いた私が、「どうかしましたか」と聞いたところ彼女は、

「これからは異性としてのお付き合いをしませんか」

と返してきたのだ。何と返せばいいのか分からず、沈黙の時間が続いたのだが、店員がスープをテーブルに置く音が静寂を破り、とうとう耐え切れなくなった私は整理がつかないまま、「はい」と言ってしまった。かなり恥ずかしかった。ただ、間違った選択ではないと思った。由子さんは本当に優しくて、自分は英語を勉強して、日本語を私に丁寧に教えてくれた。なによりの心のよりどころであった由子さんと付き合うことが悪いはずがないと思ったのだ。

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