三十八話:『魔王クチャラーの左犬歯』
「さあ今日のお食事はカレーうどん、女神様の白いお召し物の天敵とも言えるカレーうどんです。しかも汁が跳ねやすい仕様」
『二度も言わなくて結構。別に天敵ではありませんよ、カレーうどんの汁程度では私の服に届く前に消滅します』
「カレーうどんの汁如きに女神様パワーが自重しない」
『つまらない遊びをやっていないでさっさと貴方も食べたら――』
「ちなみにそのカレーうどん、超激辛です」
『――問題ありません、全く問題ありません』
「汗は凄いけど表情一つ変わらない女神様は凄いな」
『わざと狙っていたのなら不敬罪でリスポンさせるところですが、勿論食べますよね』
「当然です、女神様と同じ物を食べる機会は貴重な喜びですから。うん、美味しい」
『美味しそうに破顔していますが辛くはないのですか』
「そりゃ超激辛ですから辛いです。でもだからこその美味しさじゃないですか」
『即死攻撃に免疫があっても味覚は別だと思いますが。水を頂けますか』
「はいどうぞ、では俺はマンゴーラッシーでも」
『要求水準を見誤りました。私もマンゴーラッシーで』
「はいどうぞ、生半可に水で薄めると更に辛く感じますからね」
『偶にはこういった刺激も悪くはありませんが極端な味付けは事前に報告――』
「あ、そのマンゴーラッシー、練乳入りで超激甘です」
『――問題ありません、全く問題ありません』
「マッ〇スコーヒーより甘いや、本日は緩急を意識したコースとなっております」
『味が良いせいで怒るに怒れないのが地味に嫌ですね。ご馳走様でした』
「あれ、三人前あった気がしたのに。ちょっと俺も急いで食べますね」
『別に急がなくても構いませんが』
「ご馳走様」
『中々早い』
「異世界を人外で生きていると食事に時間を掛ける余裕がなくてすっかり早く食べる技が身に付きましたよ」
『そもそも食事が必要な転生先の方が少ないと思いますが』
「ヤドカリやアルマジロの時は虫を食べていましたよ」
『食事後で良かったと思える話題ですね。虫とか苦そうで食べたいとも思いません』
「わりと平気ですけどね。中には特に苦い虫もいましたがそう言ったのは人間で言うレバーが食べたい気分にいただく感じです」
『虫も食べられまいと苦味を増しているのに珍味扱いとは虚しいですね』
「それを言うと肥料の栄養を吸収する植物は更にマニアックになりますね」
『食後とは言えその辺の味覚の情報は聞きたくありません。そろそろ異世界転生の時間でしょうか』
「はいな、がさがさぐちゃがさ。いちごもちさんより『魔王クチャラーの左犬歯』」
『いま目安箱の中で妙な音が聞こえた気がしますが敢えて無視で』
「うーん、クチャラーかー。あまり好きじゃないですね」
『嫌いな方は多くても好きな方は少ないでしょうね』
「中学生時代サイレントイーターの二つ名を自称し音を一切立てずに食事をしていた時期もありましたからね」
『厨二病の拗らせ方に僅かに捻りを感じますね』
「チャップリンに憧れていましたからね」
※チャールズ・チャップリン、喜劇王とまで言われた人。
『厨二病ではなくコメディアン志望でしたか。二つ名を自称しているので厨二病も患っていたようですが』
「最近は恋の病を患っていますがね」
『メンタルの病よりも先に人外化の症状を治すべきだと思いますがね』
◇
『はふはふ、たまに食べる激辛カレーうどんはいい刺激になりますね。いまいち味が悪いのが不満ですが』
「ただいま戻りました」
『おや丁度良い所に、激辛のカレーうどんを所望します』
「今食べ終わったばかりでは」
『前菜のような物です、問題ありません』
「まあ良いですけど。ではまずスパイスの水だしから」
『思ったより本格的ですね。カレーのルウを使わないのですか』
「一般的なルウはカレーライス用ですからね。カレーうどん用のもあるにはありますが種類が少ないのが残念」
『では出来るまでの間に報告を聞きましょうか。魔王クチャラーの左犬歯でしたか』
「ええ、魔王の名指しだったので該当は少なかったですね」
『でしょうね』
「魔王チェケラーの方が多かったですよ」
『どうでもいいですね』
「そんなわけでクチャラーである魔王クチャラー、そんな彼女の左犬歯として転生しました」
『女性でしたか』
「魔王クチャラーは褐色系のお肉大好き獣っ子魔王でしたね」
『ああ、大食いのロリ系キャラってよくいますよね』
「女神様も大食いですよね」
『私は三人前程度あれば十分です。それを大食いと言うのは本気で大食いキャラを貫いている者達に失礼でしょう』
「育ち盛りと言うには育つ見込みもないですから呼び方が難しいですね」
『さっさとカレーを作りなさい』
「リスポン、良い感じに別のスパイスが炙れた。まあ犬歯となったのでやはりクチャラーが口に含む食べ物を引き裂くのが主な仕事でしたね」
『他に用途ありましたっけ』
「時折見せる威嚇の際にキラリと発光する作業がありますね」
『それ犬歯が自ら光るわけじゃないですよ』
「後はクチャラーを治せないものかと訓練も行いましたね」
『訓練ですか』
「音が酷い時には顎を閉じる瞬間に舌を掴んで俺の下に運んでやりました」
『それは痛い』
「ただ途中から気づいたのです。クチャラーは食事を美味しそうに食べる。それを痛い思いをさせて躾けるのは彼女の楽しみを恐怖へと塗り替えてしまう非道な行為ではないだろうかと」
『頻繁に舌を噛んでしまうようになれば食事を楽しむことも難しくなりますからね』
「まあ可愛い魔王だったので多少のクチャラーは目を瞑れましたしね」
『犬歯に瞑れる目があるのはホラーだと思いますがね』
「それなりに楽しもうとしたとき、俺は奴と出会います。俺と同じく犬歯に転生していた元左太郎と」
※3話初登場、左に拘りを持つ異世界転生者。
『確か左に拘る方でしたね。ですが今回は貴方が左犬歯として転生したのでは』
「俺が上顎の左犬歯、左太郎が下顎の左犬歯でして」
『上下で別々でしたか』
「俺は仲良くしようと思ったのですが……俺が先に上側に転生したことが許せなかったらしく」
『左以外にも上側にでも拘っていましたか』
「事ある毎に上下関係をハッキリさせてやると喧嘩を吹っ掛けられまして」
『最初からハッキリしていると思いますがね』
「いつもピリピリしていて尖っていましたよ」
『犬歯ですからね』
「俺も挑まれたとなっては反撃せざるをえません。愛剣シルバーファングを取り出し応戦します」
『犬歯が剣をですか』
「そりゃもうこう、にょきっと」
『そう言えばツッコミを入れませんでしたが舌を掴んでいましたね』
「奴も同じように武器を取り出し、俺達の戦いは徐々に苛烈さを増していきます」
『そう言えばアルミニウムなどを噛むとキーンとなる現象がありましたね』
「ガルバニー電流ですね」
『そうそれ、剣同士がぶつかれば少なからず似たような現象が起きていたのではないでしょうか』
「ガルバニー電流は本来銀歯を詰めている人が異なる金属を口にすることで電位差が生まれ微弱な電流が流れる現象ですが左太郎が使っていたのも同じ銀の剣でしたからね。ガルバニー電流は発生しませんでしたよ」
『無駄に奇跡的ですね』
「まあ雷撃魔法を打ち込んでいたのでそれ以上の電流は発生していましたが」
『なんて酷いことを』
「ですが何度も戦っていくうちに徐々にお互いの事を理解できるようになり、喧嘩の回数も減り始めました」
『その間に魔王に起きた災難を考えると多大な犠牲があったと思いますね』
「以前は魔王の良し悪しでいざこざが起きましたが今回は両者揃って魔王クチャラーを支持していましたからね。争う理由はなかったのです」
『理由があっても自分の犬歯同士が争って良いと思える者はいないでしょう』
「俺達は互いに協力し合い、永久歯に変わるその日まで共にクチャラーの食生活を満喫させようと誓い合います」
『犬歯は犬歯でも乳犬歯でしたか』
「永久歯だと魔王の寿命によっては半永久だったりしますからね」
『保険を効かせていましたか』
「しかし意外と重労働でしたね。巨大な食べ物を日に三度、武器を使って引き裂き続けるというのは中々」
『じっとしていれば本来の鋭さを発揮できると思うのですが』
「思ったよりも噛む回数が少なくて健康に悪そうだったので動かざるを得なかったのです」
『無駄に過保護』
※皆もご飯はよく噛みましょう。
「まさかこんにゃくゼリー斬がこんなにも早くお披露目することになるとは思いもしませんでしたよ」
※33話参照、”こんにゃくゼリー斬”と完全一致検索すると素敵な結果が。
『秘奥義の無駄遣いですね』
「しかし俺達のおかげでスジの残っている硬い肉ですら口に放り込めば粉微塵に溶けてしまう、そんな素敵な食生活をクチャラーはおくれたのです」
『肉に関しては質が上がったように感じますが煎餅などを食べて食感もなく粉になられては虚しいと思いますが』
「そこはきちんと俺と左太郎がバリアを張って煎餅をより硬くしてやりましたよ」
『バリアの張られた煎餅は流石に食べたくありません』
「ですが時は流れ、永久歯組の気配がし始めた頃に最大の敵が現れました」
『永久歯組ってもしや永久歯も異世界転生者なのですか』
「恐らくお題投稿者も混ざっているのではないでしょうか」
『酷い巻き込みを見ましたね。それで最大の敵ですか』
「はい、虫歯です」
『確かに歯の天敵ですね』
「奥歯のようなフォルム、そこに生えた6本の節足、見るだけで怖気が走りましたね」
『私の知っている虫歯と違う』
「奴は眠っているクチャラーの口に飛び込み、奥歯の兄貴を捕食しました」
『私の知っている虫歯と違う』
「そして奴は奥歯の兄貴の居た場所に居座り、新たな奥歯として君臨したのです」
『私の知っている虫歯と違う』
「更に奴は自らの分身を他の歯に送り込み、歯を溶かして行くのです」
『私の知っている虫歯と少し似ている』
「恐ろしい奴でしたよ」
『ツッコミ忘れしましたが奥歯も異世界転生者でしたか』
「いやぁ、女性のクチャラーは人気があったようですね」
『男の魔王クチャラーでは男性として抵抗ありそうですからね』
「それはさておき、俺達は虫歯を倒す為に戦闘を始めます。しかし奴は非常に強い、同じ歯とは思えないほどに」
『虫歯は本来病名ですからね、歯の虫ではありません』
「そもそもリーチが届かないので物理攻撃ができないのです」
『犬歯を奥歯に届かせるのは至難でしょうね』
「なので魔法攻撃主体なのですが魔法に耐性があるようでダメージが殆ど通らないのです」
『口の中で魔法を乱射されている魔王の安否が気になりますね』
「そこは魔王クチャラーですから、口内の耐久性はばっちりです」
『無駄に設定がしっかりしていましたか』
「左太郎がダークネスグラビティエンシェントジェリックネオファントムテラコキュートスエターナルディメンションライトニングフレイムファイアーを放っても口内は無事でした」
『ありましたねそんな魔法』
※第3話参照。
「クチャラーの口からダークネスグラビティエンシェントジェリックネオファントムテラコキュートスエターナルディメンションライトニングフレイムファイアーが漏れて魔王の右腕だったベニーシャーケスト将軍が焼死しましたが些細な事でしょう」
※多分紅鮭師匠、第2話参照。
『メル友に自分の死を些細な事と割り切られては再度異世界転生待ったなしですね』
「それだけクチャラーの口内は頑丈と言うことで」
『確かにそれ程ならば魔王への被害は微々たるものでしょうね』
「まあ電属性が弱点ですが」
『貴方達の喧嘩での被害は相当だったでしょうね』
「しかし虫歯も雷属性はそこそこ通じたのでクチャラーには悪いですが惜しまずに使わせてもらいましたよ、テンペストライトニングも」
※34話参照。雷系魔法の最強クラス。
『他の世界の最強技を惜しみなく流用しますね、魔王は大丈夫だったのでしょうか』
「声にならない悲鳴を上げて転がっていることを除けば無事でしたね」
『その無事でなかったことを除けば無事でしたと言う発想は中々にサイコパスですね』
「しかしそれでも決定打には欠けました。このままでは今後生え変わる永久歯達も虫歯の被害に遭ってしまう。それだけは避けたい、俺は虫歯にやられた左太郎を盾にしながらそう思いました」
『いつの間にかやられていた。そして仲間の死体を盾にするとはクズい』
「今までの敵の中では結構上位でしたからね」
『虫歯がですか』
「奴を倒すには物理攻撃が必要。俺は決意を決め、上顎から自らを引き抜き虫歯へと飛び掛かります」
『自ら歯が抜けるというのも恐ろしい話ですね』
「クチャラーも良い声で叫んでいましたよ」
『麻酔無しですからね、魔王でも辛いでしょう』
「虫歯もまさか自分から抜けてくるとは予想していなかった、その隙を突いて俺は煉獄剛炎雷鳴冥界蹴を奴に叩き込みます」
※第2話参照
『前世の技のオンパレードですね』
「流石の虫歯と言えど紅鮭師匠の最強の技には耐えられず見事に原子分解させて勝利することができました。いやぁ、紅鮭師匠には感謝しないといけませんね」
『そうですね、謝罪が先でしょうけど』
「こうして俺の人生は終えます。残った時間に俺は俺の後釜であった永久歯の犬歯に言います。『この先もきっとクチャラーには様々な脅威が降り注ぐ。それを救えるのは君達だけだ、頼んだよ』と」
『主な脅威は貴方でしたがね』
「後輩は言いました、『いや、無理無理』と」
『ただの転生者じゃ無理でしょうね』
「そんなわけで戻ってまいりました」
『結局ロクに引き継ぎできていないじゃないですか』
「後続の連中も異世界転生者なんですからきっとうまく知恵を振り絞ってくれますよ」
『異世界転生者の誰もが成功するわけではありませんよ。成功した者の話だけが世に残るのですから』
「それは盲点、ですが失敗例を直に見れたのですから後続の者達は運が良い。それは間違いありません」
『そうですね、大抵は一人だけで一から生き残ることになる世界で先駆者の異世界転生者と出逢えたのは奇跡にも等しい出来事でしょう。しかも犬歯』
「あ、カレーうどんもうすぐ出来上がりますよ。それとお土産はクチャラーの歯ブラシの予備です」
『魔王の歯ブラシですか、未使用なのはわかりますがあまり使ってみたいとは思いませんね』
「なんとこの歯ブラシで歯を磨くと口の中の後味が綺麗さっぱり消える逸品なのですよ、耐久力も神話級です」
『それは逸品ですね。今の私より欲している者がいる気がしますが……まあこれは私の物としておきましょう』
「なお俺も色違いで同じものをもう一本貰ってきています。お揃いって良いですよね」
『貴方の歯ブラシの先にはドリルでもつけてあげましょう』
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