第三十九話:『いじり止め付きT9左ネジ』
「女神様、お花見をしましょう」
『お花見を否定するつもりはありませんが外出はできませんよ』
「それは大丈夫です、以前倉庫に入れて置いた桜がありますので今設置します」
『桜の木は倉庫に保管するものでしたか、初耳です。しかしこの空間にも申し訳程度の四季がある筈なのでやはり桜が咲くにはもう一息必要かと』
「御覧の通り満開です」
『おや、本当ですね。何か小細工でもしたのですか』
「女神様が俺を適度に焼き払っていたおかげでこの空間の平均室温が上がっているんですよ」
『頭が春な貴方の能天気さが春を呼んだと』
「さささ、細かいことは気にせずに。お弁当もお酒も用意してありますよ。お酌します」
『これはどうもご丁寧に、とかよく言いますけど大抵の酔っ払いの酌は雑ですよね』
「気持ち的な意味ですからね」
※この話に登場する二人は20歳以上です、外見はさておき。
『おや、桜の花びらがお猪口の上に。風情がありますね』
「俺の方も乗ってますよ、山盛りです」
『山盛りでは風情もあったものではありませんね。そもそもどうやって飲むのですか』
「実はこの桜、品種改良されていて花びらがほのかに甘い飴の味がするんですよ」
『現実であったら蟻が大量発生しそうな品種ですね。ですがまあ面白い趣向ではあります。こういった空間ならばメルヘンチックな生態でも活かせますからね』
「ちなみに桜の木自体はチョコクッキーの味です」
『食事が済んだら枝の一本でも味見してみましょうかね』
「では折角の宴なので芸の一つでも」
『腹踊りといった類のものは却下しますからね』
「折角お腹にモナリザを描いてきたのに」
※有名な絵。
『努力の無駄遣いもいいところです』
「ではマジック、この白いTシャツにお酒を浴びせるとなんと有名な絵画が描かれます」
『無理やり活かしましたね、ただ先に種を明かされていたので感動も半減です』
「手厳しい。ちなみにこのモナリザ踊ります」
『腹踊りでは――本当に踊っていますね、しかもコサック』
「種も仕掛けもありますが意表はつけたでしょう」
『それなりには、ちなみにどんな仕掛けなのですか』
「お腹に超薄型の曲がる有機ELディスプレイを張ってあります」
※曲がるディスプレイとかで検索してみよう。
『現代の探偵ものの物語のトリックで使われそうですね』
「まだ最新技術ですし、入手経路でバレそうですけどね」
『身も蓋もないですね。しかしそうなるとお腹に描いてきた絵とは嘘だったのでしょうか』
「一応描いてありましたよ。水性だったのでさっきのお酒で見る影もありませんが」
『お腹にホラーな絵が』
「さて次の出し物は川柳ヒップホップを――」
『おや、もう異世界転生の時間ですね』
「製作時間48分の力作が」
『微妙に短い。私としても少し興味を持つ出し物ですが規則は規則です』
「ではがさがさっとhamuさんより『いじり止め付きT9左ネジ』」
『何ですかそれ』
「いじり止めとは素人に分解して欲しくない箇所に使うための構造です。そのネジを回すには中央に穴の開いた特殊な工具が必要になるんですよ。T9はトルクスと言う六角星型のねじ頭の規格のことで数字はサイズです。左ネジは扇風機とか回転する道具などで緩んでしまう可能性がある箇所に使われる通常と逆に回すネジのことですね」
※違っていたらごめんなさい。
『ようするにネジですね』
「このまるで興味がないと言わんばかりの顔、素敵です」
『ネジなんて触れた経験すらありませんからね』
「ですがいじり止め付きのネジともなればやはり重要な箇所を任される大任、勇者の聖剣の鞘の紐や魔王の右腕の左拳くらいに重要ですよ」
『例えが分かり難いにも程がありますね。精々頑張ってください』
「では行ってきます。女神様も宴会芸の一つくらい覚えた方が良いですよ」
『神は見世物ではありませんので』
◇
『ここにある剣を消してみましょう。1、2、3、はい、消滅しました。……女神の力で物理的に消滅できるのですがこれは芸になるのでしょうか』
「ただいま戻りました」
『おや、また丁度お花見の季節に帰ってきましたね』
「それは朗報、早速宴の続きをやりましょうか」
『以前の桜の木なら完食してしまいましたよ』
「何分でですか」
『そこは何日でと聞くべきでしょう』
「仕方ない、巨大ディスプレイに桜の木でも映して楽しむとしましょう」
『SFチックな演出もあるのでこれはこれで悪くありませんね。いじり止め付きT9左ネジでしたか』
「はい、中々重要なポジションのネジになりましたよ」
『ネジはネジですけどね、何の部品となったのでしょうか』
「世界を救うために造られたアンドロイドです」
『中々に重要なポジションですね、ネジですが』
「イノと言う女性型のアンドロイド、その部品のネジになってきました」
『女性型ですか。一部ではガイノイドとも言いますが一般的にはアンドロイドで通りますね』
「ちなみにイノが造られた過程なのですが、勇者マノイが造った対魔王用決戦兵器です」
『SFの流れだと思ったらファンタジー世界でしたか。勇者が自分で戦えば良いでしょうに』
「それが魔王の復活が微妙に遅れてしまい、勇者マノイが全盛期の時に間に合わなかったんですよ」
『その世界の創造主はファンタジーの鉄板である魔王の復活に合わせて勇者が現れる設定を忘れてしまったようですね』
「勇者は人間で魔王は何百何千年と生きますからね、噛み合う方が奇跡ですよね」
『そうですね、それこそ創造主のご都合主義展開の構築がなければお膳立ては難しいでしょう』
「まあそんなわけで勇者マノイはマノイ博士となり、自分が老いた後に戦えるイノを造り上げたのです。ちなみに俺は普通にネジとして転生していましたがそれまでの過程は省略します」
『一応聞いておかないと後で齟齬が生まれると思うのですが』
「生まれた時には既にパック詰めにされていて、イノに組み込まれるまで市場に並んでいましたね」
『珍しく物として生きてますね。生きているというのも変ですが』
「今回は近くに他の転生ネジもいなかったので孤独でしたよ」
『そうホイホイとネジに転生する者はいませんからね』
※ネジ 転生で検索すると某忍者のキャラクターが出ますね。多分ネジに転生した人は今の所いないと思います。いや、いるかもしれない。どうでもいいや。
「あ、ちなみに右肩のネジです」
『右肩のネジですか』
「ただ俺は拾われるまでの間に感じた孤独のあまり、すっかりと心が荒んでしまい拗くれた性格になりましたよ」
『右肩の性格が拗くれたネジですか。不良品ですね』
「ええ、どれくらい拗くれていたかというと胴体が捻じ曲がっていましたからね」
『右肩の性格が拗くれた胴体の捻じ曲がったネジですか。不良品ですね』
「ですがそんな俺でもマノイ博士は奇妙な運命を感じて使ってくれました。もうその時は嬉しさのあまりに頭のネジが飛びましたね」
『右肩の性格が拗くれた胴体の捻じ曲がった頭のネジが飛んでいるネジですか。不良品ですね』
「そんな不良品ですが、役割はきっちりとこなしましたよ」
『胴体が曲がっているネジの時点で物理的に役割を果たせていないと思いますが』
「そこはオプションで用意しておいた接着剤を発射するチート能力を使いました」
『接着剤程度を発射することはチートとは言いません』
「一度着いたらオリハルコンよりも強固になります」
『チートでした。チート能力の持ち込みを大目に見ているのですからもう少し華々しいチートを持ち込んだらどうですか』
「ネジが一般的なチート能力を使ってもシュールなだけじゃないですか」
『ぐうの音も出ない』
「そんなわけで俺はイノの体から出てイノと会話を始めます」
『役割をこなすどころか持ち場を放棄してませんかね』
「接着剤がありますから、その辺のネジより固いですよ」
『分解する時に苦労しそうですね』
「イノは最初俺を敵対生命体と判断し山を消し飛ばすビームを打ち込んで来ましたが数分程遊んでやったら大人しくなりましたね」
『存在もチートですね』
「マノイ博士に拾われるまでずっと孤独に筋トレしていましたから」
『ネジに筋肉はありませんよ』
「いえ、意外とついていましたよ。他のネジと比べ一まわり大きかったですし」
『それはネジの規格が合ってない不良品です』
「イノは魔王を倒すためだけに生み出された、だけど俺はそんな彼女に生きる喜びを教えてやりたいと思い様々なことを学習させました」
『聞こえは良いですが貴方の入れ知恵が入ると大抵の者は人外になりますけどね』
「元から人外ですよ」
『ぐうの音も出ない』
「俺の教えたことをどんどん吸収し、イノは人と遜色がない程の心を手に入れます」
『ネジに人の心を教えられるというのも妙な話ですがね』
「これにはマノイ博士もニッコリ」
『創造物を勝手に弄られた割りに温厚』
「イノは嘗て死に別れた恋人の姿を似せて造ったらしいですからね」
『嘗て死に別れた恋人の姿をしたアンドロイドに魔王を倒させる発想は中々にマッドだと思いますが』
「マノイ博士は最高の発明であるイノを恋人と重ねることなく大切に扱っていました。その想いを受けイノもまたマノイ博士のために役割を果たそうと決意します」
『恋人に似せたアンドロイドの顛末は悲惨な物が多いですが、今回の話では温厚な感じですね』
「しかしマノイ博士が80歳を迎えて杖を突き始めた頃、ついに魔王が復活してしまったのです」
『全盛期が20代から30代とすれば半世紀ほど遅れて復活していますね』
「魔王はそんな後れを取り戻さんとみるみるうちに世界を征服し始めます」
『別に復活が遅れたとは思っていないと思いますよ』
「しかしこちらには満を持して迎え撃つイノ、その強さに比べれば魔王や勇者なんてゴミクズも同然です」
『唐突な勇者へのディスリスペクト』
※ディスるの元ネタ。
「魔王軍は一気に形勢を逆転され追い込まれます。しかし魔王軍も超巨大ロボットを造り出し対抗してきたのです」
『そこはアンドロイドを造れば良いでしょうに、バランス合っていないじゃないですか』
「大は小を兼ねますから」
『ネジが大きければ穴には入りませんがね』
「激戦に激戦を重ね、ついにイノは超巨大ロボットの心臓部へと辿り着き操縦者の魔王を打ち倒します」
『激戦に激戦を重ねた筈なのに省略しましたね』
「田中さんの操る戦闘機の自爆特攻で入り口が開いた辺りから説明しましょうか」
『いえ、今回は田中なしでお願いします』
※異世界転生者、田中さんは田中さん。
「これで世界は救われる、そう思った矢先に魔王は息絶える中、超巨大ロボットの自爆装置を作動させます」
『たまにある展開』
「もしも超巨大ロボットが自爆すればその威力は大陸一つが消し飛ぶほど、更にそれを止められる魔王は既に死んでしまいました。そして迫りくるタイムリミット」
『中々にピンチですね』
「ですが策はありました。田中さんの残した戦闘機の自爆装置、これをロボットの心臓部で作動させればその範囲に小規模なブラックホールを発生させ心臓部だけを消滅させることができ、大災害を起こすであろう動力炉への被害はないと判明したのです」
『田中なしでと言ったのに』
「ちなみに田中さんは衝突前にパラシュートで脱出しています」
『しかも生きていましたか』
「ええ、途中パラシュートが野鳥に襲われ穴が空いて落下しましたが多分生きているでしょう」
『生死不明ですね』
「確認するまで判明しない、シュレディンガーの田中って奴ですね」
『猫に謝りなさい』
「しかし戦闘機の自爆装置を作動させればその場にいる者は間違いなく消滅する。そしてその装置を起動できるのは乗り込んだマノイ博士とイノの二人だけ。最初に動いたのはマノイ博士でした。マノイ博士はイノにこの場を離れるように命令し、戦闘機の自爆装置を起動しようとしたのです。『儂はもう後先のない老人だ。イノ、お前にはまだ未来がある。多くの人生を学ぶ時間がある。だからお前だけでも逃げろ』と」
『勇者らしい行動ですね』
「しかしイノはその命令を無視します。『私の人生は貴方のために捧げると決めているのです。身を捧げるべきは生物ではない私です』と」
『こちらもアンドロイドらしい』
「少々言い合いましたがイノは埒が明かないとマノイ博士を巨大ロボットの上から放り投げました」
『それ死にませんかね』
「大丈夫です、パラシュートを装備していました」
『それは何より』
「野鳥の群れが迫っていましたが多分大丈夫だと思います」
『大丈夫だと思えなくなる話を先ほど聞かされたのですがね』
「イノは自爆装置のスイッチの前まで移動し、最後に呟きます。『ありがとう博士、T9左ネジ、私は死ぬのが怖いと思えました。でもそれでもこの命を捧げたいと思えました。そこまでの感情を与えてくれた貴方達に感謝します』と」
『貴方の呼び名が完全に名称でしかないですね』
「イノは右腕を振り上げ、自爆装置のスイッチを押そうとしますがその右腕は突如力なく降ろされます」
『おや、決意が揺らぎましたか』
「右肩を固定していた接着剤が激戦に激戦を重ねた結果熱で溶けてしまいまして」
『オリハルコンよりも固いのに熱に弱いと』
「弱点を残すのも美点だと思いまして」
『否定はしませんがね』
「右がダメなら左をとイノは再びスイッチを押そうとしますが左腕もまた力なく降ろされます」
『左肩も接着剤を使っていたというオチですか』
「いえ、俺がドライバーで左肩のネジを外しました」
『ネジがネジを外しますか』
「ええ、こうにょきっと」
『手を生やすオプション好きですよね』
「左肩の固定もいじり止め付きネジでしたがそんな構造は身を持って知っていますからね。きちんと対応ドライバーを用意しておいたのです」
『文字通り身を持って知っていますからね』
「俺はそのままイノを掴みロボットの上から放り投げます。『相思相愛の二人が命を譲り合うものじゃない。そういう〆る役割は俺みたいなネジがするもんだ』と言いつつ」
『上手いことを言おうとしているようですが多分滑っていますよ』
「滑り止め液を塗っておいたのですがダメでしたか」
『ダメですね』
「後は想像の通りです」
『貴方が戦闘機の自爆装置を起動させたのですね』
「はい、左足でグッとスイッチを押してやりましたよ」
『微妙に想像通りではなかった』
「そんなわけで帰ってきました。別れをちゃんと言えなかったのは残念ですがあの二人なら問題ないでしょう」
『自己犠牲の精神は高潔ではありますがされた方は何かしらの負の感情を背負うことになりますからね、程々に』
「ちなみにお土産ですが魔王が超巨大ロボットの自爆装置の説明をする時に取り出していた六百分の一サイズの模型です」
『また随分と興味の湧かない模型ですね』
「でもこれをこうやってこうすると……ほら魔王城に」
『無駄に精巧ですね』
「では桜の木の映像と魔王城の模型を肴に宴の続きでもしましょうか」
『ミスマッチもいいところですが食事には賛成です。……おや、巨大ディスプレイに何かしらの文字が』
【T9左ネジ、世界を救った褒美として世界の創造主から貴方への言葉を届ける機会を頂きました。多くは語れないので手短に、ありがとう。 イノ&マノイ】
「マノイ博士も生きていたようですね」
『唯一の心残りも無事消えましたね』
「そうですね。田中さんは……まあ良いや。おや、まだ続きが」
【P.S.貴方の教えてくれた川柳ヒップホップ、極めてみせます】
『何を教えているのですか』
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