第三十六話:『あの日僕たちが見た未だに名前を知らない花』

「さぁ、行きますよ女神様」

『女神にボールをぶつけようとは不届きな』

「ボールが蒸発した。これテニスなんですけど」

『忘れていました』

「女神様が偶には運動でもと言うからテニスコートまで用意したのに」

『やはりボールを追って走ると言う発想が私には理解できませんね』

「動かないと運動にはなりませんよ」

『貴方にボールを打ち込むだけなら何とか出来るかもしれません』

「それだとただの練習になりそうですけど、まあ先ずはそれから始めましょうか」

『では軽めに』

「うーん、ボールを芯で捉えたラケットが感触もなく消し飛んだ。打ち返せる範囲でお願いしても良いでしょうか」

『注文が多いですね、ではこれくらいでしょうか』

「おっ、腕に亀裂が入ったけどナイスボール」

『そしてスマッシュ』

「リスポン、返す返さない以前にこちらのコート全域を吹き飛ばされるのは中々に新鮮」

『打ちごろなボールでしたのでつい』

「女神様の女神パワー的なものは封印出来ないのでしょうか」

『力を完全に使わないでですか、重力が煩わしくなるので気が進みませんね』

「大丈夫、女神様ならそこまで重力の影響を受けませんから」

『ばくれつさーぶ』

「リスポン、まさか着弾して本当に爆裂するとは」

『ふと思ったのですが貴方を消し飛ばすだけの作業でもそれなりに運動は出来るのではないでしょうか』

「それだと俺が運動にならないじゃないですか」

『どうせリスポンすれば体調は回復するのだから貴方に運動は不要でしょう』

「言われてみれば、以前食べ過ぎて体重が増えた後に消し飛ばされたら元の体型に戻ってましたね」

『肉体レベルは初期状態に戻りますからね、培った技術や精神力は継続なので人外化待ったなしですが』

「オリーブオイルやレモン汁を放つ魔法は習得したままなので不便はないですね」

『初期化されても不便はないと思いますが。そもそも貴方が魔法やらで強化して私の手加減レベルに合わせれば良いのではないでしょうか』

「その発想はなかった、では早速。よし、常人の十倍の身体能力を得たぞ」

『ばくれつさーぶ』

「リスポン、冷静に考えて全力で挑んでも手加減状態の女神様に勝てない事実は変わらない」

『ですが私は割と楽しいですね』

「人間一人を蒸発させて楽しめるあたり女神様の感覚は次元が違いますね」

『私としても人間を娯楽で消耗して楽しむ趣味嗜好はないのですよ。普段何かしら粗相をする貴方が最初から無防備でいると言うのが楽に感じます』

「最近は回避行動を取るようにしていますからね」

『回避率はどれくらいでしたか』

「1パーセントあれば良い方ですかね」

『まあそれくらいでしょうね』

「しかし出来れば普通な感じでテニスをしたい」

『では貴方がボールになるのはどうでしょう』

「普通とは一体、今日の女神様は何かしら殺意が高い」

『何故でしょうね、私用に用意したテニスウェアが水で溶ける素材で出来ていたからでしょうか』

「バレていましたか、道理で普段着なわけだ」

『さて、貴方への罰も十分に済んだ所で異世界転生のお時間です』

「このままリスポンし続けるのもマンネリ化しそうなので素直に引くとしますか。がさごそっと、ええとシャルさんより『あの日僕たちが見た未だに名前を知らない花』」

『ありましたねそんな感じのタイトルのアニメ』

「まあ俺が転生する時点でそんな要素は皆無だと思いますが」

『中途半端に再現されても先方に迷惑ですからね』

「植物系もそれなりに極めてきましたね」

『世界樹とトマトでしたかね、後苔』

※第八話、第十七話、二十三話参照

「木製や紙製も含めればもう少しありますしね」

『それを植物と言い張る勇気は褒めますがね』

「植物で言えばググゲグデレスタフも随分育ちましたね」

『そうですね、2メートルを超える巨大マンドラゴラと化していますからね』

「俺達が見てない間に移動するチャメっけもありますし」

『貴方が動かしていたわけではなかったのですか、ホラー案件では』

「きちんと水と肥料を与えていれば大人しいですよ、与えているうちは」

『真面目に面倒を見るか処分するかで現在思案中です』



『水と肥料を与える頻度を増やしたことで移動することはなくなりましたね。たまに向きが変わっているのはもう触れないようにしておきましょう』

「ただいま戻りました」

『おかえりなさい』

「いやー今回もダメでしたね。動ける転生だったのに」

『あの日僕たちが見た未だに名前を知らない花の怪奇性が伝わる感想ですね。では報告を聞かせていただきましょう』

「今回は報告の前にお土産を先に、こちらをどうぞ」

『これは何でしょうか、厚手の本のようですが』

「今回の転生先にいたロジェと言う少年が書いた観察日記ですね」

『観察日記ですか、タイトルは……』

【名前を知らない花】

『なるほど、貴方の観察日記ですか』

「はい、今回は趣向を変えてこちらの観察日記に合わせて報告を行おうかなと」

『第三者視点での貴方の物語ですか、確かに斬新かもしれませんね』

【今日は友人二人と一緒に村の近くの森に冒険に出かけた。二人は虫取りが目的だったけど僕は珍しい植物がないかと森の中を巡っていた】

『植物が好きな少年ですか、大人しそうなイメージがありますよね』

【色々な植物を見つけられたのは嬉しかったけど二人が騒がしかったので湖に投げ込んだ。気が晴れたところで植物の散策を再開した】

『先ほどの言葉は撤回しておきましょう』

【やはり森は凄い、村に生えている有象無象の草花なんて比にならない程個性あふれる植物がある】

『この少年割と危険人物になりそうな気がしますね』

【森を散策しているとふと違和感を覚えた、森に聞こえていた鳥の鳴き声がピタリと止んでいたのだ。僕は常日頃から隠し持っていた手斧を構え何かしらの脅威に備えた】

『気がするとかではなく危険人物でした』

【そして奴と邂逅を果たした】

『これ植物の観察日記ですよね』

【奴は確かに植物だった。外見は美しい青い花、しかしその異常性は直ぐに見て取れた。何せ力尽きた熊の上で喜ぶかのようにくねくねとその茎をしならせていたからだ】

『何をやっているのですか貴方は』

「生息地を縄張りにしていた熊がイチャモンをつけてきたので返り討ちにしたところですね」

『植物ですよね貴方』

「植物だからと侮ってはダメですよ」

『侮れない植物は毒性のある物だけにしてください』

【アレはやばい、僕は息を殺しその場を去ろうとした。だが不運にも友人二人が僕を探しに近くにやって来てしまったのだ。くそっ、役立たず共め】

『湖に投げ込まれ、一人で姿を消した犯人を心配して探している友人に酷い言い草』

【友人の声に奴は反応した、そう僕たちはこの日奴に認識されてしまったのだ。あの時の恐怖は未だにはっきりと覚えている】

『今回のジャンルはホラーでしょうか』

「ハートフルストーリーですかね」

『開幕熊を屠る動く植物を目撃してどうハートフルなのか』

【僕たちは奴の殺気を感じて一目散に逃げた、だが不運にも僕は草木に足をひっかけ転倒してしまった。くそ、雑草共め、枯れ果ててしまえ】

『植物が好きな青年とは思えない豹変っぷり』

【友人達は既に遠くへ逃げ去った、そして僕の背後には奴が間近に迫っていた。もうダメだ、僕はここで死ぬ、こんなことなら愛しのフェニーに想いを伝えておくべきだったと後悔した】

『死亡間近のシーンでよく見ますね』

【奴はひたりひたりと僕へと歩み寄りそしてその葉をこちらへと伸ばす、僕は恐怖に飲まれながらも必死に手斧で反撃をした。だが奴は片葉でその斬撃を受け止めてみせた】

『貴方も大概ですね。いえ、熊を屠っている時点で大概でしたか』

「そりゃあいきなり追いかけたら斧で攻撃ですよ、防御くらいしなきゃ」

『植物でやって欲しくないリアクションランキングに入りそうですね』

【結局僕はそのまま気を失った。気づいた時は森の外に倒れており、大人を連れた友人達がそれを発見したそうだ】

「気を失われたので取り敢えず送り届けておきました」

『親切ですね』

【夢でも見たのか、だがあの感覚は本物だったと震えているとふと腕に痛みがあった。腕には『次はない』と刃物のような何かで傷をつけられていた】

『撤回します。何でそんな真似を』

「喋れるオプション忘れたんですよ、地面に書いたら書いたで見逃されちゃうかなと」

『そもそも次はないって脅しでしかないですよ』

「森で気を失ったら獣に襲われちゃうよ、今回は運よく俺が助けたけど次はないから気を付けようねって書こうと思ったんですが意外と書きにくくて」

『その意志はどうやっても伝わらないでしょうね』

【僕は三日三晩うなされた、だがこのままあの花の恐怖に負けたままではきっとロクな大人には成れない。奴を倒さねば、これは僕が生きるための戦いだ】

『案の定少年の人生を狂わせているじゃないですか』

【僕は奴を探す為に再び森へと忍び込んだ、奴は直ぐに発見できた。奴は森の主である巨大猪の亡骸の上で以前の様に踊りくねっていた】

『またですか』

「踏みつぶされそうになったのでつい」

【僕は奴の正面へと飛び出し、叫んだ。お前を倒す、お前を倒してこの恐怖を乗り越えるのだと。奴は何も語らずその片葉で手招きするかのように挑発してきた】

『貴方は貴方で何を受けているのですか』

「勇敢な少年だったのでつい」

【奴の余裕は分かる、僕の手斧の攻撃は容易く防げると慢心しているのだろう。だが僕には秘策があった。村に隠居していた大賢者の家にあったインフェルノフレイムのマジックスクロールをくすねてきたのだ。この魔法は嘗てこの大陸を支配していた魔王の右腕に致命傷を負わせた秘術、周囲を永遠の焦土にする程の最上級魔法、マジックスクロールは僕のような半端な者でもその発動を意識するだけで使用することが出来る】

『大賢者も物騒なものを盗まれるような場所に保管してどうするのですか』

【インフェルノフレイムは容赦なく奴ごと周囲を焼き払ったかのように見えた。だが奴は焦土となった森の中でまるで何事も無かったかのように咲き誇っていたのだ】

『自重していませんねこの花』

「いやーでも熱かったですよ、右葉が少しだけ水ぶくれになりましたもの」

『植物がどう水ぶくれするのですか』

【勝てない、そしてこれだけの攻撃をしたのだ。僕は助からないだろう、そう思い膝をついた。だが奴は悠然と歩み寄り僕の膝に片葉を置いた、そして残った片葉でサムズアップしてきたのだ】

『何故に』

「いや、良い攻撃だったよと」

『大賢者の秘術ですからね』

【僕はまたあの花に見逃された。だが何故だろう、もう以前のような恐怖はない。きっと立ち向かった事で僕の中のタガが外れてしまったのだろう。僕はこの日一つ大人になったのを感じた】

『錯覚でしょうね』

【その後僕は何度もあの花に会いに行った。ある程度の意思疎通は出来るらしく、僕の話に僅かに茎を揺らして応えてくれた】

『奇妙な光景でしかないですよね』

「一部が焦土になった森に近づく人間がめっきりいなくなったので彼くらいしかコミュニケーションを取れる相手がいなくて」

【嫌なことがあったと話せば優しく慰めるかのように葉で叩いて来た。良いことがあったと話せば僕の喜びを分かち合うように踊ってくれた。僕が弱気になって逃げてきたら容赦なくその葉で殴ってきた、歯が一本折れた】

『この少年に弱気になる要素が感じられない』

「想い人に告白しようとして怖気づいてしまったようで、喝を入れておきました」

『歯が折れる程にですか』

「加減しなけりゃ肉塊でしたから」

『なるほど、なるほどと言っていいのか』

【あの花と言葉を交わすことは出来ない、当然だ。あの花は植物であって人間ではない、だがきっと人の心にも匹敵する意思があるのだろう】

『腕に文字を書いていた程度にはありますからね』

【僕はあの花に夢中になっていた、だがそんな幸せなひと時は長く持たなかった。復活した魔王が侵攻を始め、この村の近くまで迫っていたのだ】

『いたんですか魔王』

「いましたよ魔王」

【村の人達は生まれ育った村を放棄せず戦う道を選んだ。大賢者もいたし、その噂を嗅ぎ付けた勇者も村にやってきたからだ】

『いたんですか勇者』

「いましたよ勇者」

【勇者はこの村を拠点として魔王の軍勢に立ち向かった、何度も危険な時はあったけれど勇者は強かった。魔王軍は徐々にその勢いを失っていった】

『観察日記は何処にいったのやら、まあ読みますけど』

【しかしついに魔王自らが攻めてきた、勇者は村を戦場にすることを避け近くの森へと魔王を誘い込み最後の決戦を始めた。だが僕はその話を聞いてあの花の事を思い出していた】

『お、出て来ましたね』

【世界に選ばれた頂点同士の戦い、それに巻き込まれれば例えあの花であっても無事では済まない。僕はいてもたってもいられず、制止する父さんや友人達を蹴り倒して森へと向かった】

『殴り倒すじゃなくて蹴り倒すあたりこの少年の未来が心配ですね』

【しかし遅かった、僕が駆け付けた時既に戦いは終わってしまっていた。僕はそこにあった無残な光景を見て放心してしまった】

『……』

【そこには打倒された魔王と勇者、そしてその上で勝利の舞を踊っているあの花があった】

『やっぱり』

「人の庭で暴れだした二人組がいたので、つい」

『花でしょう貴方。それも勇者まで巻き込むとは』

「勇者だろうと魔王だろうと自然を傷つける奴にロクな奴はいませんよ」

『この少年も森の一部を焦土にしていますけどね』

【こうして魔王は倒された。辛うじて勇者だけは生きていて魔王を倒したのは勇者だとされたが僕だけは真実を知っている。あの花こそこの世界の頂点なのだと】

『流石に勇者も魔王と一緒にその辺に生えていた花にやられたとは言えませんからね』

【僕はあの花に会いに行き、尋ねた。君はこれで良いのか、君が魔王を倒したのに、世界を救ったのは君なのにと。あの花はまるで興味がないと言わんばかりに蝶々を追いかけていた】

『蝶々て』

「アイツ等人に群がる癖にヒラヒラしていて攻撃が殆ど当たらないんですよ」

『花ですからね』

【僕はふと思った、あの花には同じ種類の物が何処にも見られない。大賢者にも尋ねてみたが名前は分からなかった。きっと新種なのだろうと話してくれた。だから僕はあの花に名前を付けようと思った】

『新種と言えば新種ですね』

【僕はあの花に向かって言った、君に名前をつけたいと。すると突如あの花は光だし、徐々にその姿が崩壊していった】

「名前を知られると存在否定になりますからね」

『概念系に近い感じの弱点ですね』

【僕は理解した、あの花は名前を持ってはいけない花だったのだと。僕の軽はずみな行動であの花はこの世界の一生を終えてしまったのだと】

『えらい理解力が高い』

【突然の別れだったけれど不思議と涙は出なかった。あの花はきっと別の場所で再び新たな人生を送るのだろう、そんな確信があった。僕にいつまでも自分に拘らず強く生きろと、あの花はそれを最後に教えてくれたのだ】

『教えたのですか』

「いえ、完全に不意打ちで消滅させられました」

『でしょうね』

【あの花との思い出は心に残っている、だから僕はこの日の記録を最後にしてこの日記をあの花の墓標に埋めようと思う】

『墓まで用意されましたか』

「こっちに戻った時、気づいたら傍に置かれていました。多分プチ奇跡のオプションが働いたのかと」

『プチ奇跡ですか、死後に発動してたら役にも立たないでしょうに。……おや、これは貴方に向けてですね』

「どれどれ」

【伝わるかも分からない、だけどあの日僕たちが見た未だに名前を知らない花に向けての言葉を伝えたい。勇者や魔王を倒した君に立ち向かったという誇りは、きっとこの先どんな苦難にも立ち向かえる力を与えてくれるだろう。僕は時折君の事を思い出すだろう、だから君も僕の事を時折思い出してくれると嬉しい。ありがとう――ロジェ】

『貴方が言葉を話せなくて良かったと思える結果でしたね』

「話せたら話せたで色々語れたとは思いますけどね。まあこういった結果も悪くはないですよ」

『でも成仏はしないのですね』

「流石に少年と戯れて終わりってのはちょっと、やっぱりヒロインとのハッピーエンドくらいは欲しい所です」

『素直でよろしい。おや、貴方の服に何かついていますよ』

「これは種ですかね、プチ奇跡でしょうか」

『植えてみましょうか』

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