第三十五話:『勇者が読み込む最高難易度の兵法書の袋とじ』

「あかりをつけましょぼんぼりにー」

『日曜大工に勤しんでいると思ったら雛壇ですか』

「ええ、今日は雛祭りですからね」

『雛祭りは女子の健やかな成長を祈る行事、なるほど私に育てと揶揄しているわけですね』

「曲解が酷い、日本人なので有名どころの行事には乗っかってわびさびを感じたいだけですよ」

『それはそれでどうかと思いますが、貴方男でしょう』

「男子禁制と言うわけでもないですし男が楽しんでも罰は当たらないでしょう」

『罰を与えると雛祭りを行う家庭の父親は軒並み裁かれてしまいますからね』

「白酒やちらし寿司も用意してあるので女神様も楽しめますよ」

『ふむ、雛壇を見ながらのちらし寿司は確かにわびさびがありますね』

「わさびは入れてませんけどね」

『だまらっしゃい。おや、内裏雛が置かれていないようですが』

※一番上の奴。

「ああ、それは今から設置します。先ずは女雛から」

『中々にクオリティが……私じゃないですか』

「近場に参考になる女性が女神様しかいなかったので」

『無駄にデティールが細かい、しかし和服も似合いますね私は』

「そして男雛は勿論俺」

『おっとちらし寿司のいくらが箸から滑りました』

「いくらが男雛の顔面を貫通した、恐ろしい」

『私の隣に座る存在などあってはなりませんから、丁度良いですね』

「ある意味観光名所にある撮影パネル見たいですけどね。頭のスペアはいくつか用意してあるので差し替えよう」

『何故スペアを用意しているのでしょうか。今から射的を行うので並べてください』

「食べ物を粗末にしてはダメですよ」

『そうですね、いくらに罪はありませんからね。消費した分一粒貰いますよ』

「おかわりすれば良いのに。そう言えばこの空間に取り寄せる食材って地球産が多いですよね」

『それは貴方が地球出身だからでしょう、私が取り寄せようと思えば他の異世界からでも取り寄せることは可能ですよ』

「散々異世界転生しているものだから地球出身って感覚が無くなりつつあるんですよね」

『そう言うことなら過去に転生した世界の食べ物も呼び出せるかもしれませんね』

「では試しに紅鮭師匠の体でも」

『出来たら出来たで食べるのに抵抗のある物は避けなさい』

「鮭だけにですか」

『だまらっしゃい。さて、そろそろ異世界転生の時間ですかね』

「たまには高速でしゅばばっと、連刃さんより『勇者が読み込む最高難易度の兵法書の袋とじ』」

『常々疑問に思うのですが何故お題の時点で捻りを入れたりするのでしょうか』

「さあ、そればっかりは当人に聞いてみないと」

『局所過ぎる異世界転生だと出オチなだけで活動範囲が限られ物語の幅が無くなると思うのですが』

「お題を入れた人達は面白いと思って入れたわけではなく、俺に試練を与えようとしていると思えば平和ですよ」

『確かに貴方の行動次第となりますが……まあ貴方が問題ないと言うのならそれでも良いのですがね』

「今回は比較的マシじゃないですか、お題で笑いを取りに行っている感は控えめですし」

『お題でボケに走って滑ったらフォローが大変ですからね』

「そこは腕の見せ所ですね」

『腕のある転生先は限られていますがね』



『十二単衣と言うのは実に着にくいですね。それに重い』

「ただいま戻りまし――おお」

『おや、戻りましたか』

「お雛様みたいな恰好ですね、お綺麗です」

『ありがとうございます。たまには行事に対して形から入るのも悪くないと思いまして、ですが動きにくくて仕方ありませんね』

「動く人が着る服ではありませんからね」

『動かずにダラダラする派ですがそれでもジャージの方が良いですね』

「ジャージの女神様はそれはそれで見てみたい気持ちもありますが」

『それで勇者が読み込む最高難易度の兵法書の袋とじでしたか』

「はい、個の力によるインフレが殆どないファンタジー世界で武勇よりも知略が強い武器となる世界に行ってきました」

『なるほど、それなら勇者が兵法書を読む理由にはうってつけですね』

「勇者の名前はクリャク、知的系主人公です」

『策略を考えそうな名前ですね』

「クリャクは賢く、一万を超える敵兵をたった五百の兵士で殲滅したりしていました」

『個の戦闘力に差がない世界で二十倍近い戦力を撃退ですか、陣取り程度では成しえないことだと思いますが、参考までに聞きますがどのように行ったのでしょうか』

「先ず僻地にいる風土病を患った末期患者を買い集めてですね」

『それ勇者サイドがやっちゃダメな奴ですよね』

「まあ人道に反することもそれなりにはやっていますが、これも世界の内乱を治め、果ては間近に迫る魔界の侵攻を防ぐためですから」

『戦記系の物語はドロドロな内容になる場合も多いですからね』

「そして奇策ばかり考えていてもやはりジリ貧になる時もありますからね、クリャクは兵法書を読み戦の基本も学んでいました」

『予想外の奇策で勝利するのも華ですがやはり基本は抑えておきたいですよね、地力があってこその戦略ですし』

「そしてクリャクが手にしたのは過去の歴史において軍神と呼ばれたハンニバスが書いた最高難易度の兵法書」

『オムニバスみたいな響きですね』

「タイトルは『山羊たちの沈黙』」

『それ軍神じゃないと思うのですが』

「あらゆる高レベルの兵法が記載され、その内容は数百年たったクリャクの時代でも有効なほど」

『軍神でしたか』

「更に相手の知将の精神を追い詰める様々な方法、プロファイリングを始めとしたファンタジー世界では非常に斬新な技法がつらつらと」

『やはり軍神ではないですね、そのオムニバス』

「そして俺はそんなハンニバスの残した兵法書の袋とじです」

『兵法書に袋とじの必要性が感じられませんね』

「ですが考えてみてください、もしも歴代最強の軍神が残した兵法書を手に入れ、その中に袋とじが付いていたら……気になりませんか」

『それはまあ、気になりますかね』

「クリャクもその兵法書を読んでいたある日、俺の存在に気づきます」

『普通初日に気づくと思うのですが、最初から読むタイプの人間なのでしょうかね』

「ええ、そのへんはマメでしたからね」

『ちなみに袋とじの外側には内容について触れられていたのでしょうか』

「ええ、『どんな女性もイチコロ、ハンニバスの必殺テクニック』と書かれていました」

『兵法書なのに内容がティーン誌ですね』

「クリャクは周囲に人がいないことを徹底して確認した後、生唾を飲み込みながらナイフを取り出します」

『行動が思春期の青年、勇者も人の子ですね』

「しかし袋とじは開きません。ナイフ如きで俺に傷をつけられる筈がないのです」

『何かしらの仕掛けは当然あるだろうと予想はしていました』

「クリャクは試行錯誤を繰り返しましたが俺には傷一つ入りません、切り取り線はあっても切り取られる程俺は甘くないのです」

『切り取り線があるなら切らせてあげれば良いのに』

「クリャクは指を挟みこんで必死に中を読もうとしますが、不思議な力によって内部の様子は認識できません」

『たまにやる人いますよねそれ、用意周到ですね』

「袋とじとして最強であろうとオプションつぎ込みましたからね」

『袋とじ最強の意味とは』

「項垂れるクリャクでしたが突如彼の頭の中に声が響きます、まあ俺ですが」

『貴方以外だったらどうしたものかと思いましたけどね』

「俺は言います、『この袋とじは世界最強の護り、これを開くには魔王の持つ世界最強の剣が必要だ』と」

『袋とじ一つに世界最強の剣を持ちださせる辺り、異世界転生者はロクなことしませんよね』

「しかしそのことを聞いたクリャクはより真剣に兵法書を学び、一日でも早く魔王を倒さんと学び続けたのです」

『思春期ですね』

「クリャクは兵法書に乗った高難易度の戦術を巧みに操り、見る見るうちに内乱の多かった人間界を制圧。そして満を持した状態で魔王が率いる魔界軍との戦争が始まったのです」

『ダイジェストで飛ばされましたが、内乱のレベルはそこまで酷くなかったのでしょうか』

「基本的には王道な感じでしたかね、少し変則的に感じたのは北の王様の裸踊りで南の軍が寝返ったことくらいでしょうか」

『少しの意味を辞書で引いてきたらどうでしょうか』

「詳細を聞きますか」

『一応頼みます』

「北の王様は日頃のデスクワークに運動不足が重なり、それは脂の乗った見事な三段腹で――」

『やはり省略で』

「人間界ではほぼ無双していたクリャクですが魔界軍の兵力は非常に多く、魔物による独自の兵種も存在したため非常に苦戦します」

『飛行型や巨大な魔物を組み込めば確かに厄介ですね』

「苦戦を強いられ挫けそうになるクリャク、しかし突如彼の頭の中に声が響きます」

『また貴方の助言ですか』

「いえ、田中さんです」

『何処から湧いた』

※第五話、二十一話、二十五話など参照。

「実は田中さん、『勇者がピンチになった時に天啓を授ける人』として異世界転生していたのです」

『その人物も割と貴方と同じ穴の狢ですよね。成仏しない辺りもよく似ています』

「一応彼に聞いたのですが、運命の女性に会えるまで異世界転生を続けるとのことです」

『妥協を知らないようですね』

「俺には女神様がいますから俺の方が優位ですね」

『立場を考慮すれば不利なのは貴方でしょうけどね、続きをどうぞ』

「田中さんは言います、『袋とじの中身、やばかったよ』と」

『何故中を知っているのでしょうか』

「先代の勇者ハンニバスが書いた内容ですから」

『元勇者でしたか、そのオムニバス』

「しかしそれでクリャクの消え入りそうだったやる気が炎の様に燃え上がります」

『知略系勇者の癖にちょろすぎませんかね』

「兵法書に書かれている内容だけでは足りない、そこから新たな策を生み出さねばとクリャクは命を削る勢いで頭を絞り必勝の策を次々と生み出していきます」

『人間界と魔界の戦いなのだから命を削るのは良しとしますが動機が不純ですね』

「そしてついにクリャクは魔界軍を打ち破り、人間の軍で魔王城を攻略、魔王を打倒したのです」

『魔王城まで兵士を使って攻め入る展開は意外と珍しいですよね』

「クリャクは念願であった世界最強の剣を手に入れ、人気のない場所で俺を開こうとします」

『やはり思春期は抜けていない』

「正直な話その剣でも開かなかったくらいにはオプションを継ぎこんでいたのですが田中さんに説得されたこともあり俺は素直に開かれることになりました」

『思春期の青年に優しい二人組、感動要素が殆どありませんね』

「そして中に記載されていたのはハンニバスからこの兵法書を手に入れた未来の勇者への言葉でした。『この袋とじを開く時、君は最高難易度の兵法書を読み解きそれを活かせるまでに成長していることだろう。戦乱の世を鎮めるためこの書の力を使い尽力した君の雄姿こそがどんな女性の心でも掴める最高のテクニックだ』」

『とんちが効いていますね、しかし貴方の意志で破れないようにしたのではなかったのですか』

「実はハンニバスに頼まれて田中さんが封印を掛けていたようでして」

『それ貴方の存在意味が殆ど無かったのでは』

「まあハードルは上げましたけどね」

『内容を読み解きモノにするだけではなく、そこからさらに派生させていましたからね』

「実際にその後のクリャクは世界を救った英雄として祭り上げられ、多くの女性の注目の的となりました」

『それなりに努力もしたようですし、ハーレムエンドも許容範囲と言った所でしょうか』

「いえ、クリャクは結局部下だった女性の一人と結婚することになりました」

『おや、少々意外ですね』

「その女性はクリャクの奮闘を最初から最後までずっと見続けていましたからね。ある意味では最もイチコロにされていたわけです」

『思春期で動いていた事実は伏せられていそうですがね』

「それはどうでしょうかね、クリャクは賢かったですが隠し事が下手でしたから」

『――ふむ、それならその勇者はきっと良い女性と結ばれたようですね』

「まあ俺としては袋とじでなくなったので楽しめることも無くお役御免でしたがね」

『防御にオプションを全振りした袋とじで何を楽しめると思ったのでしょうかね』

「ちなみにお土産ですがその兵法書、『山羊たちの沈黙』を貰ってきました」

『それ結構貴重品なのでは』

「問題ありませんよ、更に高難易度の兵法書を後世に残す勇者がいますからね」

『それもそうですね、しかし色々書いてありますね……おや、別の袋とじが』

「あれ、他にもあったのか、気づきませんでしたね」

『開けられていないところを見ると勇者も気づかなかったか、内容に興味が無かったのでしょうね』

「ええと、『どんな男もイチコロ、ハンニバスの確殺テクニック』。なるほど、クリャクが興味を持たない筈だ」

『オムニバスは男女どちらもいけたのでしょうかね。折角ですから開いてみましょう。こちらはわりと真面目に書かれて……ふむふむなるほど。これは没収しておきましょう』

「一体それをどう使うつもりなのやら、少しくらい内容が知りたかった」

『指先一つでどんな巨漢の男も即死させる技とかですね』

「確殺ってそう言う」

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