第二十一話:『アルマジロ』

『ふう、いつもこの発作の後は自分を滅ぼしたくなりますね』

「じぃ……」

『お手数おかけしました、発作は終わりました』

「では試しに近づいてみましょう」

『何近づいているんですか、消し飛ばしましたよ』

「うん、治っていますね」

『この空間で死んでも直ぐにリスポーンするとは言え、表情一つ変えずに復活するのは中々恐ろしいですね』

「痛みを感じない方法を覚えましたので」

『若者の人間離れが著しい』

「そうれはそうとようやく新しい目安箱の出番ですよ女神様」

『随分と大きな目安箱を作りましたね』

「既に中には百枚以上のお題が入っているようです。多くの人が俺の人生を応援してくれているんですよ」

『まともなお題が一つもない辺り、貴方に期待しているのは喜劇のピエロなのでしょうけどね』

「ピエロのバイトはやったことありますけど、割と楽しかったですよ」

『似合いそうですね』

「ええ、玉乗りしながらジャグリングとかもこの通り」

『最初から忍者の素質はあったようですね、おひねりどうぞ』

「黒飴だ、微妙に嬉しくない」

『おばあちゃん系神様から頂いた物です』

「ポケットに入れておきます。それにしてもそんな神様もいるんですね」

『お節介を焼きたがる迷惑な神ですよ』

「面倒くさがりな女神様にはちょうど良い知人だと思いますけどね」

『さあ異世界転生の時間です』

「微妙にはぐらかされた気がしないでもない」

『さっさと引いてください、時間が押しているんです』

「嘘くさいけど仕方ない、がさごしっと。奥山 千尋さんより『アルマジロ』」

『なんと言うか今までの傾向からするとすごくまともですね』

「俺もそう思います、ヤドカリ以来でしょうか」

『ヤドカリよりも進化していそうですね』

「防御力も高そうですし」

『銃弾を跳ね返す個体もいるそうですからね』

「そう言えば昔バイトをしていた時の先輩もアルマジロをペットとして飼っていましたね」

『凄くどうでもいい情報ですね』

「ただアルマジロだとやれることが多すぎて目標に困りますね」

『アルマジロでそんな贅沢感を感じているようでは人間として転生したらどうなるか見物ですね』

「ではオプションを決めていきましょう、すっごく硬くしようっと」

『まあそれくらいは許容範囲ですね』

「人語を話して、魔法を使えて」

『許容範囲ですね』

「後は変形合体出来るようにして」

『却下します』

「そんな、アルマジロロボット格好良いのに」

『外見だけでも普通のアルマジロとして転生してください』

「わかりました、では外見はアルマジロ、中身をロボットに」

『訂正します、生物学的にはアルマジロのままで転生してください』

「わかりました、ではアルマジロのままっと。イケメンなアルマジロって大丈夫ですか」

『アルマジロであるなら、まあ大丈夫ですよ』

「わぁぃ、イケメンになるのって初めてだ」

『三枚目な今の姿が一番お似合いなんですがね』

「さて、こんなものかな。それでは行ってきます」

『いってらっしゃいませ』



『やはりあのおばあちゃん系神様と一緒にいると色々世話を焼かれて疲れますね。たまには悪くないのですが』

「ただいま戻りました」

『おかえりなさい、お疲れでしょうから飴をどうぞ』

「また黒飴だ。でもいただきます」

『おや、今度は素直に食べるのですね』

「アルマジロの主食って昆虫類やカタツムリ、ミミズ、ヘビなんですよね」

『なるほど、察しました』

「アルマジロの時には割と美味しく食べられたんですがやはり人の姿に戻ったら抵抗ありますしね」

『私の目の前でそれらを食べたら隔離しますね』

「カタツムリやヘビはまだ料理としてあるんですがね」

『好んで食べたいとは思いませんね』

「いやぁ久々に食べると黒飴も悪くないですね」

『貴方の舌が年配の方に近づいているのではとさえ思いますがね』

「微妙に辛辣、では報告しますね。まず俺は魔王ウェインリラのペットのアルマジロとして転生しました」

『ふむ、魔王のペットですか。魔王のペットともなると地味に待ち時間発生しそうなのですが、待ち時間ありませんでしたよね』

「魔王が大の動物好きで敷地内に動物をわんさか飼っていましたからね」

『ひょっとしてその大半が異世界転生者ですか、そもそもそれ魔王なんですかね』

「はい、こちらウェインリラとの2ショット」

『割と幼い系魔王とアルマジロの微笑ましい写真ですね』

「十歳にも満たない子でしたからね。ペットの絵を描くのが趣味の可愛い子でしたよ」

『確かに可愛らしい魔王ですね、貴方の魔の手に掛からないかと思うと心配です』

「流石に幼すぎる時から出会うとヒロインと言うより娘みたいな感じですからね」

『異世界転生すれば同年代が皆娘になりませんかね、その理論』

「出会った時が成人しているのがベターですかね」

『そもそもペットのアルマジロなのですから、年齢的に貴方の方が年下ですよね』

「ええ、おかげでえらく甘やかされましたね」

『それは良いことでは』

「いえ、それがですね、ウェインリラに甘やかされるともれなく他の動物からの嫉妬を買うのです。それが厳しくて厳しくて」

『異世界転生者も混じっているのでしたね』

「ええ、動物達にとって目指すべきはウェインリラのナンバーワンです。その争いは並大抵の戦いではありませんでした」

『大奥みたいな感じでしょうかね』

「大体そんな感じです。ちなみに序列も明確にあり、ランキング百位以下のペットは名前すら覚えてもらえません」

『十歳児が百匹もペットの名前を憶えていたら十分ですからね』

「ちなみに俺は開幕喋れたという利点を活かしてランキング九十位からスタートでした」

『それでも低い、いやペットになりたてのアルマジロならば他の動物を押しのけてランキング出来れば御の字でしょうかね』

「ちなみにこの時ウェインリラは飼っていた紅鮭の名前を忘れました」

『いましたか、紅鮭』

「領地内には山、森、谷、川、海と幅広い住処がありましたからね」

『普通の魔物とかはいなかったのでしょうか』

「いましたよ、ただ異世界転生者の動物達に大半が淘汰され極々一部の地域に追いやられています」

『異世界転生者どれくらいいたんでしょうかね』

「百位以内の連中は皆異世界転生者だったかと」

『ちなみにその根拠は』

「二割が時折日本語を話していました」

『日本人だらけですね、残り八割は何でしょうか』

「俺の『あ、魔王様』の発言に反応していました」

『言語理解をしているのは確かに異世界転生者っぽいですね』

「動物のくせに色々してきますからね、中々強敵でしたよ」

『人のこと言えないでしょうが続きを聞きましょう』

「行商人から買われた俺でしたが早速上位ランカーからの洗礼を受けます」

『行商人経由でしたか、生態系が散々に狂いそうですね』

「現れたのは七十一位のアオダイショウ、『脱皮下手のオダイン』」

『それ二つ名じゃなくて只の悪口では』

「奴は調子に乗るなと俺に警告をしに来ました、まさにヘビに睨まれたアルマジロです」

『アルマジロの主食ってヘビが入っていませんでしたっけ』

「美味しく頂きました」

『容赦ない』

「しかし俺は思ったのです、これから先ウェインリラのナンバーワンペットになるには多くのペット達との衝突は避けられないだろうと」

『中身異世界転生者ですからね、確かに大変でしょうね』

「まずは武力に訴えてくる連中に関しては余裕でした」

『余裕でしたか』

「めっちゃ硬かったですからね」

『そう言えば硬くするオプション入れていましたね』

「失敗作の皿の時より硬かった自負があります」

『その世界の神様や魔王ですら破壊できなかった皿よりですか』

「あとは丸まって亜音速でぶつかれば大抵の動物はイチコロですよ」

『音速より少しだけ遅いんですね』

「中には苦戦を強いられる相手もいましたが戦闘では基本負けなしでしたね、経験の差が生きました」

『異世界転生者としての経験値だけならトップクラスですからね、貴方は』

「潜り抜けた苦境のレベルが違いますからね」

『そうですね、泥水啜るどころか土になっていましたからね』

「しかし俺が目指したいのはウェインリラの愛すべきペットとしてであって最強の座なんて虚しいだけです」

『アルマジロが思い浮かべる思想ではありませんがね』

「ですがその活躍の甲斐もあってランキングが一気に五十位まで上がりました」

『過半数が暴力に訴えていたんですね』

「安易に力の強い動物に異世界転生した連中は血気盛んでしたからね、最近までまとめ役だったペットもいなくなってしまったそうで」

『まとめ役がいたのですか』

「ええ、紅鮭でした」

『貴方のせいで忘れ去られた百位だった紅鮭ですか』

「『叡智を極めし紅鮭』ベ・ニシャケイスという名前でしたね」

『毎回名前を変えていますよねその紅鮭。ランキング外になっても行動力ありそうなんですがね、その紅鮭』

「忘れられたその後は人知れず捕食されましてね」

『食物連鎖の下過ぎと言うのも問題ですね』

「ええ、美味しかったです」

『予感はしてました』

「さて、ここから先は本当にウェインリラのご機嫌を取り、彼女のハートを射止めることに専念していきました」

『そうですね、最優を決めるのは飼い主ですからね。そもそも五十位までは誰が認めたのでしょうか』

「魔王の側近の田中さんがあらゆる観点から計測していました」

『そこにいましたか田中』

※第五話参照

「感動の再開でしたが前前前前前前前前前前前前前前前前世のコネを使うのもなんだかなと思いあえて接触はしませんでしたけどね」

『歌にしたらCDに異常があるのか疑いたくなる長さですね』

「ウェインリラのご機嫌取りの第一歩として俺はまず一緒に散歩して従順なペットになりきります」

『アルマジロとの散歩と言うと少し奇妙な光景ですね』

「こちら写真です」

『少女魔王がアルマジロでサッカーのドリブルをしていますね』

「折角なので遊びながらと言うことで」

『動物虐待になりませんかね』

「本人が喜んでいれば大丈夫です」

『いえ、貴方はどうなんですか』

「ですから本人が――」

『もういいです。しかし出鱈目に硬いアルマジロなんかを蹴って足とか痛めませんかね』

「ウェインリラの強さは創造神の次点くらいでしたからね」

『十歳でその強さですか、末恐ろしいですね』

「思い切りぶつかっても平気な俺を相手にしたウェインリラは機嫌を良くします。これにより一気に三十位にランクイン」

『確かにそれだけ強い魔王からすれば気兼ねなく接触できる強度のペットは好ましいでしょうね』

「田中さんも蹴ってほしそうに眺めていましたよ」

『その情報は要りません』

「続いてもっと親密になるために俺は行動します」

『散歩の次は触れ合いとかでしょうか』

「ウェインリラの人生相談に乗りました」

『親密の方向性が迷子』

「領地に無数の動物を飼えるのもウェインリラが特別優れた魔王だからです、彼女の父親である前魔王の期待を一身に背負っている以上悩み事はそれなりにあったのです」

『十歳児でも苦労しているのですね』

「ついでに持ち込んでいた黒飴をあげました」

『そういえば異世界転生する前にポケットに入れっぱなしでしたね』

「そして味の好みがピタリとハマり十位にランクイン」

『一気にトップテンですか、黒飴も馬鹿にできませんね。しかし人生相談に乗ってくれるペットよりも上が九匹もいるというのは逆に気になりますね』

「ちなみにその時の一位はウーパールーパーでした」

『魔王に流行っているのですかね、ウーパールーパー』

※第十九話参照

「しかし奴は恐ろしかった、ただ水槽の中でじっとしているだけなのにそれだけで空気が浄化されるのです」

『そんなウーパールーパーと空気清浄機を合体させても私としては評価は上がらないのですがね』

「ただこのランキング上位まで上がってくるとウェインリラの色々な面が見えて来ました」

『人生相談していましたしね』

「彼女は世界を統べる魔王として君臨したくないのでは、そう感じたのです」

『動物好きな魔王ですからね、争いごとは嫌いなのでしょう』

「なので俺は前魔王のところに直談判しに行きます」

『アルマジロがですか』

「前魔王は何言ってるんだこのアルマジロとでも言いたげな表情で話を聞こうともしません」

『そう思う以外にないでしょうね』

「直談判も失敗し、前魔王を半殺しにした俺はどうしたものかと考えます」

『実力行使していませんかね』

「しかし何とここで勇者が攻めてきたのです」

『割と存在を忘れていましたね』

「勇者の侵攻は予想以上に早く、あっという間に魔王城にまで到着します」

『魔物の大半は僻地に追いやられましたからね』

「流石の田中さんもチート勇者には叶わず破れ、ウェインリラのいる玉座の間まで勇者は攻め込みます」

『貴方の田中さんへの評価の高さが不思議でならない』

「ウェインリラも抵抗しましたが創造神を超えかねない勇者には勝てず、ウェインリラは窮地に追い込まれます」

『平和そうな世界なのに勇者の強さが凄かったのですね』

「人間界の方はドロッドロのディストピア社会だったようですよ」

『魔王に統べられた方が良い世界かもしれませんね、しかし魔王は無事だったのでしょうか』

「ええ、俺が割り込んで説得を試みました」

『アルマジロがですか』

「勇者は何言ってるんだこのアルマジロとでも言いたげな表情で話しを聞こうともしません」

『そう思う以外にないでしょうね』

「説得は失敗し、勇者を半殺しにした俺はどうしたものかと考えます」

『解決してませんかね、それ』

「取り合えずウェインリラはまだ子供、大きくなったら人間界に侵攻するからその時に迎え撃ってくれと勇者を人間界に叩きだすことで話は決着しました」

『アルマジロに半殺しにあったら従う他なさそうですね』

「ただ前魔王も傍にあったロッカーの中で一部始終を見ており考え方を変えます」

『半殺しにした前魔王をロッカーに閉じ込めたのは貴方でしょうか』

「勇者の強さは完全にウェインリラを超えている、世界を統べるのは無理だろうと前魔王は判断したわけです」

『その勇者ペットのアルマジロに敗北しましたけどね、どうやって買ったのでしょうか』

「チート頼りで経験の浅い勇者なんてチートが通じない装甲を持つ忍術使いのアルマジロの敵じゃないですよ」

『忍術使いでしたか』

「前魔王の許しが出たことでウェインリラは魔王のままでしたが人間界に攻めなくても良いということになりました」

『平和そうな決着で何よりですね』

「あと何故かこの後ナンバーワンになりました」

『勇者を倒したペットですからね、前魔王も倒していますが』

「釈然としませんでしたがウェインリラの傍に居られる名誉は悪くありませんでした。彼女は良き魔王として成長し、人間界との和平も結ぶことに成功しました」

『円満に進んだようで何よりです』

「影で色々ありましたが俺が話し合いに馳せ参じましたからね」

『そして半殺しにしたと』

「いえいえ、勇者を倒したアルマジロの噂が広まってからは皆良い顔で交渉に応じてくれましたよ」

『言われてみればそうですね』

「立派な魔王になったウェインリラですがお別れの時が来ます、アルマジロのの寿命というやつですね」

『アルマジロの寿命は長くて十五年程度でしたね』

「硬度は保っていましたが流石に体の老いには勝てませんでしたからね」

『硬度は保っていましたか』

「そしていよいよ別れの日だなと言うことで最後の挨拶をしたのですが、まあ泣かれましたね」

『ナンバーワンのペットの寿命ですからね、致し方ないかと』

「折角良い女性に育ったのに手を出せずに泣かせもするとは恥ずかしい限りです」

『一部余計なコメントが見えましたね』

「ウェインリラは色々な思い出話をしてくれました。散歩の時に蹴って遊んだ時、あの後田中さんが自分も蹴ってくれと言って来たこと」

『だからその情報は要らないと』

「人生相談に乗った時のこと、あの時の黒飴の味は今でも忘れられないと」

『――おばあちゃん系神様のオススメの品ですからね』

「前魔王に直談判したこと、勇者の前に飛び出して助けてくれたこと、その後のことを色々と。俺は頷きながら、いつの間にか死んでいました」

『そうですか、存外自由に出来たように思えましたが帰ってきたのですね』

「いやぁ、危なかったですけどね。黒飴を食べてみたくなりまして」

『なるほど、それで味はどうでしたか』

「黒飴は黒飴でしたね」

『でしょうね』

「あ、これお土産です。ウェインリラが描いた俺の似顔絵です、プレゼントされたので貰ってきました」

『貴方の絵を貰っても困りますが、アルマジロの絵と思えば悪くないですね。その辺に飾っておきましょうか』 



「おや、何を食べているのですか」

『黒飴です、たまには悪くありませんね』

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