第十七話:『野菜』

『ふう、本日の業務も終了しました。夕食にするとしましょう』

「あ、おかえりなさい。もう少しで夕飯の用意が出来ますよ」

『そう言えば貴方がいましたね、当然のように居座っていることに最早疑問を抱かなくなっている自分が怖いです』

「そこはまあ特例と言うことで」

『私の関与した人間で三度以上の異世界転生を行った者は貴方くらいです』

「二回はいるんですね」

『ええ、一度目の異世界転生先で再び死亡した者が再起をすることは稀にあります。大抵はそのままでやり直しますけどね』

「ああ、あの世界を忘れられないとかそう言う死んだくせに未練たらたらな」

『言い方が酷いですがそんな感じです。その点貴方は今までの世界に愛着を感じていないようですね』

「そうでもないですよ、大抵のことはささっと思い出せますし」

『確かに貴方の記憶力は平均を遥かに超えていますね。ですが愛着とはまた別なのでは』

「うーん、そうですかね。一応印象に残った人の名前は覚えるようにしているのですが」

『そう言えば貴方は勇者をただ勇者と呼ぶときもあれば名前で呼ぶ時もありましたね』

「長い付き合いになった女の子の名前はしっかりと」

『肋骨の時のヒロインの名前は覚えていなさそうですが』

「あーちょっと忘れているかもしれませんね、元々人のヒロインですし」

『興味の無い相手にはとことんと言った感じですね』

「そう言えば女神様の名前を知らないですね」

『今更感ありますね、私は転生の女神なので名前を持つ必要が無いのです。転生先では不要な知識になりますからね』

「そう言えば俺の名前も名乗った記憶がないですね、呼ばれた記憶も」

『貴方のことは資料で知っていますし、基本この空間では二人きりなので貴方で十分ですからね』

「そう思うと少し照れますね」

『いえまったく』

「何と言うか夫婦みたいじゃありませんか」

『では今後は貴様かお前にしましょうか』

「貴方で良いです」

『まったく、食事が終ったら次の転生先になりますので希望を決めておいてください』

「そろそろゴディ○の目安箱だと溢れそうなんですよね、お題」

『この仕組み、他の神に見せて検証してもらう必要がありそうですね』

「取り合えずがっさらごっさらっと、UMA未格闘さんより『野菜』です」

『急に大人しいお題が』

「いや、これは難しいですよ」

『そうでしょうか』

「単一の野菜として転生するのか、概念としての野菜として転生するのかで難易度が変わりますからね」

『野菜イコール貴方と言う世界は中々に恐ろしそうですね、単一で良いと思います』

「野菜の種類は決めておくとして、細かいオプションはどうしましょうかね」

『収穫後の寿命は短いですからね、何かしらの手を打たないと日持ちの良いジャガイモでも冬場数ヶ月で腐りますからね』

「腐って死ぬのは嫌ですからね、幸せに死にたいものです」

『野菜にとって幸せな死とはやはり美味しく食べられることでしょうか』

「可愛い意見ですね」

『地味にムカつきますね』

「体を刃できざまれ、煮込まれたり焼かれたり、傷に塩コショウを掛けられと散々ですよ。果たして幸せに死ねるのでしょうか」

『そこをリアルに考えると貴方の今までの異世界転生の大半に疑問を持つことになりますがね』

「取り合えず魔王を倒す道筋でも考えますかね」

『野菜に倒されたらその魔王が異世界転生待ったなしなんですがね』



『名前、そう言えば一度くらいは彼の名前を呼んであげれば良かったですかね……。確か彼の名は――』

「ただいま戻りました」

『誰だ貴様』

「帰ってくるなり当たりが強い」

『失礼、考え事をしていましたので』

「それは仕方ないですね。ああ、お土産の野菜を沢山持って帰ってきましたよ」

『ダンボール箱いっぱいの野菜ですね、ちなみに貴方の転生先の体はいりませんからね』

「俺はトマトでした、これ写真です」

『熟したトマトですね、何故かデフォルメな手足が生えて剣を持っていますが』

「トマト勇者として冒険していましたからね」

『トマト勇者』

「人間世界を脅かす魔王を討ち果たす為に立ち上がったトマトです」

『トマトが立ち上がったのですか』

「決め言葉は、『機は熟した』です」

『確かに熟していますけどね、実が』

「やはりただのトマトとしてトマト生を終えるのは何かが違うと思った俺はいっちょ活躍してみようと自らの住処を離れて冒険の旅に出ることにしたのです」

『貴方の行動力からして何かしらの動きがあることは察していましたが、今回は最初からアグレッシブですね』

「世界樹の時以来ですね、自分の足で歩くのは」

※第八話より

『世界樹は普通歩かないんですがね』

「しかし俺は広大な世界に生まれたただのトマト、一個の力なんてたかが知れていますからね」

『ただのトマトは魔王を倒そうとしたりしないのですがね』

「先ずは仲間を増やすことから始めました。手始めに食料庫にいる他の野菜達に声を掛けました」

『食料庫、既に収穫された後でしたか』

「しかし誰も返事をしてくれません」

『野菜ですからね、返事はしないでしょうね』

「一人くらい、一人くらいは異世界転生者がいるはずだと声を大きくして叫びましたが声は虚しく夜回りをしていたおじさんの耳にしか届きません」

『誰も居ない食料庫から声が響いたらホラーでしょうね』

「そう言ったわけでそのおじさんを仲間にしたわけなのですが」

『夜回りのおじさんを仲間にしましたか、よく仲間になりましたね』

「そこはほら、俺は社交的なので」

『社交的なトマトが相手だろうと魔王を一緒に倒す決意は湧かないと思いますけどね』

「しかしこれではビジュアル的に問題がある、こちらの写真を見てください」

『おじさんがトマトを手に取ってますね、この私が作りました感、たまに見ますね』

「これではいけないとオプションで用意した黒魔術でおじさんの魂を身近な野菜に封じ込めます」

『えげつない真似をしましたね』

「そして生まれたのがこのたまねぎ戦士です」

『元夜回りおじさんのたまねぎ戦士』

「相手を泣かせることが得意です」

『自分の生い立ちが泣きたくなるでしょうね』

「ちなみにその時のたまねぎがこちらです」

『お土産に持ってきていましたか、食べる気が無くなりましたね』

「頼もしい仲間が増えたところで冒険の旅が始まります」

『たまねぎ一個増えたところで頼もしいとは思えませんが』

「最初の敵はコックさん、食料庫から逃げ出そうとしていた俺たちを捕まえようとしてきました」

『メルヘンな世界なら理解も出来ますがリアルに考えると中々ホラー』

「しかしコックさんは道端に転がっていたたまねぎ戦士の元の体を見て驚きます」

『魂を抜かれた夜回りのおじさんの体を目撃すれば驚くでしょうね』

「すかさず魂を抜き出して身近な野菜に封じ込めます」

『今回の貴方は人間の敵ですね』

「そして生まれたのがナスビナイト」

『元コックのナスビナイト』

「相手を料理するのが得意です」

『まさか自分が料理される側になるとは思わなかったでしょうね』

「ちなみにその時のナスビがこちらです」

『またお土産に、しかも半分に折れている』

「ナスビナイトも俺の説得の甲斐もあって魔王討伐に協力してくれることになりました」

『どんな説得をすれば自分を野菜にした相手と一緒に魔王を倒そうとするのか』

「魔王を倒せば元の体に戻れると、倒さなければ一生おたんこナスだと」

『それは脅しと言います』

「そんな感じで端折りますが次々と仲間を増やしていきます、ジャガイモ剣士、きゅうり侍、キャベツ剣闘士」

『ジョブが剣系に偏りすぎじゃないですかね、魔法職はいないのでしょうか』

「野菜如きが魔法を使えるわけ無いじゃないですか」

『黒魔術を使うトマトの話をつい最近耳にしたはずなのですがね』

「ちなみにこちらの野菜、皆が元俺の仲間達です」

『このダンボール箱いっぱいの野菜全員が黒魔術の元被害者でしたか』

「仲間は多いにこしたことが無いですからね」

『この全てに中身があったと思うと食欲が落ちますね』

「食欲が湧かないようでしたら調理だけしますので他の神様へのお土産にでもどうでしょう」

『そうしましょうか』

「では調理をしながら報告を続けます。多くの仲間を増やした理由は何も寂しいと言う理由だけではありませんでした」

『寂しかったんですね』

「道中の野獣や魔物相手に多くの仲間達が命を落とし、捕食されていったので補充を余儀なくされたのです」

『野菜が道端を進んでいれば野獣なら食べるでしょうね』

「感動の別れもありましたけど、聞きますか」

『いえ、結構』

「結局魔王城に到着した時には俺を含めてたったの四個しか生きていませんでした」

『むしろ魔王城に辿り着けたことに驚きですね』

「その時のメンバー、俺ことトマト勇者を除く三名はこちら、まずはたまねぎ戦士」

『よく生きていましたね夜回りのおじさん』

「次に豆腐武道家」

『加工品が出てきましたね。そして剣縛りも解除したようで何より、殴ったら自分が砕けそうですが』

「最後に邪龍神バハルメティア」

『流石に予想外』

「ちなみに魔王城前での記念撮影がこちら」

『巨大で禍々しい黒龍の足元にトマトとたまねぎと豆腐が微かに見えますね。確かにこのメンバーなら魔王城にも辿り着けるわけですね』

「ええ、豆腐武道家は元人間の勇者ですからね」

『そっちも予想外、そしてなんてことを』

「あれ、たまねぎ戦士のことでしたか」

『邪龍神バハルメティアのことですよ』

「邪龍神バハルメティアはこの中じゃ最弱でしたよ」

『この邪龍神バハルメティア、元夜回りのおじさんのたまねぎより弱いんですか』

「邪龍神バハルメティアのレベルは72ですからね」

『このたまねぎレベルいくつなんですか』

「98です、ちなみにこの世界では99でカンストです」

『夜回りのおじさん、たまねぎ極めていますね』

「ちなみにちょうど、たまねぎ炒めていますね」

『上手いとでも思っているのですか』

「下味はしっかりつけているので美味いと思いますよ」

『確かに良い匂いがしますね』

「ちなみに豆腐武道家は92です」

『元勇者より強い夜回りのおじさん、ちなみに貴方はいくつでしょうか』

「871です」

『しれっと限界突破のオプションを持ち込みましたね』

「流石に野菜のスペックじゃカンストしたところで野菜ですからね」

『カンスト手前のたまねぎが邪龍神より強いのですがそれは』

「そりゃあたまねぎ戦士は元々この世界の創造主ですし」

『本当になんてことを』

「いやぁ、まさか夜回りのおじさんが世界の創造主とは思いませんよね」

『今炒めているたまねぎが元創造主とは流石に思えませんね、苦情来ていませんかね』

「いえ、たまねぎ戦士(神)は自分も物語に加われて楽しかったと言っていましたよ」

『そうですか、ですがたまねぎ戦士(神)ってもう良く分かりませんね』

「では話を戻して、いよいよ魔王ジャガイモ剣士との決戦が始まります」

『道中で魔王を野菜にしていましたか』

「感動の別れもあったんですがね、悲しい因果です」

『少し飛ばしたことを後悔しています、予想できませんでした』

「まさか酒場で気のあった奴が魔王だったとは俺にも予想できませんでしたよ」

『酒場で気のあった魔王を黒魔術で魂を抜き取り野菜にしていたことの方が予想できませんでしたよ』

「魔王ジャガイモ剣士は俺への怒りをぶつけてきます、限界突破した俺でさえ苦戦するほどです」

『野菜にされた恨みは強いでしょうからね』

「いえ、邪龍神バハルメティアを餌付けして奪ったことに対する怒りでした」

『餌付けで仲間にしたのですか』

「ちなみに好物はナスビ」

『コックさんがいない理由ってまさか』

「あと小食です」

『半分に折れたナスビの謎が解けてしまった』

「時空すら斬り裂く恐ろしい剣技を操る魔王ジャガイモーティアでしたが俺には頼もしい仲間達がいます」

『ひょっとしてそれが本名ですか』

「豆腐武道家が体を張ってその剣を受け止め」

『時空が斬れるのに豆腐が斬れない』

「たまねぎ戦士が創作した紙芝居で魔王を泣かせ、視界を奪います」

『たまねぎらしいようでらしくない』

「そして全てを焼き払う邪龍神バハルメティア」

『シュールにガチな奴混ぜるのは止めましょうよ』

「最後に焼きトマト勇者の俺が必殺の一撃をおみまいします」

『邪龍神バハルメティア、本当に全てを焼き払ったのですね』

「無事魔王を倒し、世界は一部焦土になりましたが平和になりました」

『邪龍神バハルメティアの爪痕がしっかりと』

「焼畑農業が流行ったのでまあ大丈夫でしょう」

『焼畑農業はそう言うものではありません』

「魔王が倒れ、世界が平和になった事で野菜にされていた世界中の人々も元に戻ります」

『それ魔王関係ないですよね、被害増やしていたの貴方ですよね』

「とは言え俺だけは焼きトマトのままです、焼いたせいで賞味期限も一気に早まってしまいましたよ」

『調理後は速やかに食べるべきですからね』

「腐らすのも気が引けたので俺の体は地面に埋めてもらい、勇者トマトと言う品名として今も育っています」

『植物としては種を残して真っ当な最後でしたね』

「そう言ったわけで俺の転籍先の体は置いて来ちゃったんですよね、そのうちお歳暮とかで届くかもしれませんね」

『食べたいような食べたくないような微妙な気持ちですね』

「よしっと、調理も終了です」

『む、良い匂いですね。魂を入れていた野菜と言うのは気が引けますが味見くらいはすべきでしょうか』

「そんなに気が引けるなら、ただの野菜も貰っているのでそちらで作りましょうか」

『何故それを先に言わない』



『他の神様から絶賛されましたよ、おかげで罪悪感たっぷりです』

「あ、ちなみに勇者トマトが届いてますけど食べますか」

『……いただきましょう』

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