第十四話:『勇者が旅する時に持っていく袋』
「お、俺の世界ではもう直ぐ年越しなんですね」
『前回クリスマスを祝っていたくせに白々しい』
「取り合えず蕎麦を打っておきましょう、どっこいしょ」
『それは喜ばしいですが、もう直ぐ異世界転生の時間です』
「また直ぐに戻れたりするんじゃないんですかね」
『念のために言いますけど貴方が異世界転生している間に同じくらいの時間が経過しているのがデフォルトなんですよ』
「ダンジョン前の土とか世界樹の時とか百年単位だった気もしますが」
『それくらい経ってますよ、貴方のお土産であるググゲグデレスタフもすっかり人間サイズにまで大きくなっていますし』
※異世界でも無難に生きたい症候群に登場した悪魔の名前、数話で姿を消したのでこちらで世界樹マンドラゴラの名前として再利用しています。
「他の土産が殆ど変化ないものだからあまり実感がなかったですね」
『その辺は女神の力でなんか上手いことやってます』
「さすがチート能力を与えられる女神様」
『もっと崇めて敬いなさい』
「では石像でも一つこしらえましょうか」
『自分の空間に自分の石像は置きたくありません』
「ではぼちぼち恒例の目安箱をっと、最近増えてきたなぁ」
『たまに振って量を確かめているのですが確かに増えていましたね、ホラーです』
「でも捨てたりしないんですね」
『貴方のしょうもない異世界転生先を考えるのが面倒なので』
「素直な女神様も素敵です、そろそろこの目安箱もリニューアルしようかなっと。暇人さんより『勇者が旅する時に持っていく袋』」
『以前のカレー皿に続いて勇者の所持品ですね』
「袋ともなると流石に冒険に持ち運んで欲しいところではありますね」
『オプションを決めていきましょう、今度は男勇者にしましょうか』
「出来れば女勇者の方が、着替えとか入れてもらえるし」
『それを考慮した上での男勇者です』
「世知辛い、でもまあまだ可能性は残されている。ヒロインやら仲間の服だって」
『昨今の異世界転生の物語で冒険の最中に着替えるシーンは少ないですからね』
「それもそうか、頻繁に着替えるシーンを入れるとお色気路線になっちゃいますしね」
『貴方にとっては好ましいのでしょうけどね』
「過度な露出はモチベーションが下がります」
『我侭な色欲ですね』
「しかし一番考えたいのは材質ですね」
『一番考えるべきはこの異世界転生システムでしょうね』
「流石にビニールは避けたい」
『勇者が冒険にビニール袋は確かに嫌ですね』
「そのまま魔王の元に辿り着いたら魔王にコンビニ帰りついでに来られたと思われて失礼になりますからね」
『コンビニのある世界ならばそうでしょうね』
「世界の未来を分ける戦いをビニール袋で台無しにするわけにはいけませんからね」
『貴方が台無しにした世界の未来を分ける戦いが頭の中に流れてきますね』
「あまり派手な色にしても仕方ないでしょうし、一般的な布の袋でいいかな」
『そうですね、足を付けるオプションは一般的ではありません』
「そんな、どうやって移動しろと」
『袋が移動しないでください』
◇
『そろそろ年越しですか、たまには蕎麦でも用意しましょうか。彼の作った蕎麦の味を再現できれば良いのですが』
「ただいま戻りました」
『おやちょうど良かった、蕎麦を打ってください』
「あれ、蕎麦打ってから異世界転生したはずなのに」
『何年過ぎたと思っているんですか』
「数年後の同じ日にやってきたって感じですか」
『数十年後ですよ、ググゲレデレスタフも10センチ伸びていますよ』
「だけど老けないんですね」
『ほう、貴方が蕎麦になると言いたいわけですか』
「俺のことですよ。死後からそこそこ経ってるけど肉体的な成長がないなーと」
『私のことではありませんでしたか、それは貴方の魂がその形を好んでいるからでしょう。未練もなくなれば新たな姿となりそのまま成仏できますよ』
「取って沸いたような設定ですね」
『今考えましたから』
「その適当さ嫌いじゃない、では蕎麦を打ちながら報告しましょう。どっこいしょ」
『勇者が旅する時に持っていく袋、でしたね』
「はい、勇者ナモシンという青年でしたね。どっこいしょ」
『どっこいしょは言わないと蕎麦を打てませんか』
「いえ、特に問題なく」
『では抜いてください』
「了解です、ナモシンは一般的な勇者でした。15才の頃に勇者として冒険の旅にでます」
『以前の勇者がチートでしたからね、そこまで強くないのでしょうか』
「今回は盗賊相手に殺されてましたからね」
『酷いネタバレを聞いてしまった』
「大丈夫ですよ、旅に出て三日後のことですから。ファンタジー勇者にたまにある死に戻り能力と言う奴ですね」
『ああ、ありますね。殺した相手が恨みを持ったまま無傷で戻ってくるという、戻って来られる方からするとホラー要素でしかない奴』
「盗賊としても殺した勇者の所持品やらが一瞬で消えるのでたまったものじゃないですよね、なので所持金の半分を落としておきましたよ」
『どこかで聞いたシステムですね』
「ああ、ちなみに俺は普通の袋として勇者が担いでいましたよ、こんな感じです」
『中身が少ないですが、サンタの袋みたいな感じですね、そして穏やかな笑顔が素敵な勇者ですね』
「ナモシンは心優しい青年で虫一匹も殺せない男でしたから」
『勇者としては致命的ですね』
「悪党相手でも話せば分かってくれると何度も話し合いに行きました、その都度殺されましたが」
『悪党からすると殺しても殺しても戻ってくるので恐怖を覚えそうですね』
「終始笑顔で説得するナモシンを見て大抵の悪党は心が折れましたね」
『ある意味勇者として相応しい方ですね』
「中には恐れのあまり門前払いにしようとする悪い王様とかもいたなぁ」
『相手にするだけ無駄な相手ですからね』
「ただ勇者なので城門くらい平然と破壊できるんですがね」
『一般的な勇者とは、チートじゃないですか』
「いえ、きちんと発破技士の資格取得してから爆弾で爆破していましたよ」
『一般的だった、いや、ファンタジー世界に発破技士の資格なんてないでしょうに』
「それは勿論俺ですよ」
『ドヤ顔が腹立つ』
「俺のオプションに『中に入れたアイテムをランダム(故意あり)で変化させる』でナモシンの持っていた勇者の剣を役に立つ発破技士の資格勉強テキストに変化させたのです」
『勇者の剣になんてことを』
「ナモシンは剣を握ろうとしなかったので、使わない剣なんていらないかなと」
『まあ確かにそうかもしれませんね』
「でも面白かったですよ、勇者として出くわすであろう困難を攻略する為のアイテムを用意するのは」
『ふむ、争いを好まない勇者を助けるアイテムを授ける袋と言うことですね。それだけ考えれば面白いかもしれません』
「ナモシンは最初は不思議に思っていましたが、現状を打破する切っ掛けが出てくる袋として重宝してくれました」
『勇者として旅立っておいて戦えないのは苦労しますからね』
「色々与えましたよ、よく死ぬということで復活ポイントとかを出してあげましたね」
『復活ポイント』
「復活するのは最初の城にある復活の泉と言う場所なのですが毎度毎度移動していると大変ですからね。任意で選べる復活場所を用意しました」
『戦闘の前に設置すれば移動の手間が省けますね。異世界転生ものとしては割と便利なアイテムですよね』
「ナモシンは戦闘の場に設置してその場でリポップしてましたね」
『敵から見れば不死身の化物でしたでしょうね』
「しかも刺されながらも終始笑顔」
『今までの勇者の中でぶっちぎりでメンタル最強ですね』
「いくら攻撃してこないとは言え、悪党が改心しない限り三日三晩休まず現れますからね」
『精神攻撃どころか体力も削ってきますね、しかしそこまで厄介ならば殺さずに捕らえれば良いのでは』
「ナモシンの得意技はコンマ一秒で死ねる自害魔法でした。そして直ぐに復活して逃げ出せます」
『一般的とは』
「戦闘ありきのシーンではある程度相手に恐怖を与えないと救えなくなる人も出てきますからね。日常的なトラブルなら普通に解決していましたよ」
『賢い勇者なのですね』
「飢饉に飢えた村に着いたときは自分の体を餌にしていましたね」
『一般的とは、それ悟りを開いた人がやっていましたけどグロテスクですよね』
「いえ、自分を餌に魔物を誘き寄せ村人達に狩らせていたんです」
『一般的だった、虫一匹も殺せないのに狩りには参加できたのですね』
「生きるための殺生ならば仕方ないということで」
『ますます悟りを開いた人みたいな人ですね』
「ですが面倒だったので俺に石ころを入れればパンになるよと教えてあげました」
『今度は磔刑にされた人ネタですか、大丈夫ですかねこの話』
「ナモシンは驚きます、突如袋が喋ったのですから。女神様がツッコミを入れてくれなかった」
『毎回無生物が喋ったことに私が反応しないといけない義理はないですからね』
「大雑把な事情を説明した後、ナモシンはいろいろな物を放り込み食料に変えて村に配ります」
『なんというかまともに貴方が役立つのは珍しいですよね』
「そう思い、パンの中にワザビをたっぷり入れたものを混ぜておきました」
『やりおった』
「ちなみにそれを食べたのは村長、涙が出るほど喜んでいましたね」
『涙は出たでしょうね』
「当面の食料と農耕の道具、専門書等を用意して飢饉の村は無事に救われました」
『村長へのダメージ以外は善行でしたね』
「他にも壊れた橋を見かけたときは一級建築士の資格を取得してから橋を建設したりしました」
『一般的ですね、資格を取る意味はあるのでしょうか』
「勇者(素人)が作った橋と勇者(一級建築士)が作った橋では信頼性が違いますから」
『そうですね』
「ナモシンは真面目でこちらのボケを殆ど殺してくるので、少しやりにくい相手でしたね」
『聞いた感じですと聖人っぽいですからね』
「毛布を俺の秘蔵である女神様のちょっと色っぽい写真とかとすり替えてもノーリアクションでしたからね」
『その写真を今直ぐ出しなさい、処分します』
「あらゆる困難をナモシンの真面目さ、袋である俺の変化を合わせて攻略してきましたがやはり辛い時もありました」
『順風満帆のように見えましたけどね』
「勇者の剣をかざさないと開かない封印の門を通る時、勇者の剣を見せないと勇者と認めてくれない女王との謁見、勇者の剣を使わないと破壊できないゴーレムとの戦いです」
『確か発破技士の資格勉強テキストになっていましたね、また戻せば良いのでは』
「勇者の剣には特別な力が宿っており、勇者の剣から変化させた物からは戻せても他の物から勇者の剣には出来なかったのです」
『発破技士の資格勉強テキストは何処に行ったのでしょうか』
「ワサビたっぷりのパンに変えてしまったのです」
『村長の腹の中ですか』
「物は試しにと村長を連れてかざしてみると封印の門は開きました」
『絵面がいつもの感じになってきましたね』
「村長を見せると女王は勇者と認めてくれました」
『どんな心境で認めたのでしょうか』
「村長が好みのタイプだったそうです」
『勇者の剣の要素とは』
「当然この流れなら村長ならばゴーレムも倒せる、誰もがそう思いました」
『思いましたね、しかし違ったのですね』
「村長は弱かったのです」
『村人ですからね』
「無生物で意思もない相手ですからナモシンの説得も通じません。そこでナモシンは村長を鍛えることにしました」
『勇者に鍛えられる村長』
「齢60だったそうです」
『鍛え直すには中々ハードルが高い』
「ナモシンはスポーツトレーナーの資格を取得し村長を鍛えます」
『ジャンルが迷走し出しましたね』
「俺もスポーツ選手御用達の食事を用意して応援しました」
『他の代案を考えてあげましょうよ』
「勿論ワサビはちょくちょく混ぜました」
『貴方の村長への嫌がらせには何か意味があるのでしょうか』
「女神様の写真を見せたときに貧相な方ですなと言われたので」
『許しましょう、むしろ手ぬるい』
「完璧に理論を学んだナモシンのコーチに異世界転生者のノウハウが合わさり村長は見る見る強くなりました。ゴーレムなど片手で粉砕するほどです」
『強くしすぎましたね』
「しかし問題が新たに発生しました、力を得た村長は魔王を倒し、新たな魔王として君臨してしまったのです」
『強くしすぎたってレベルじゃなかったですね』
「勇者の剣の加護を備えた村長はまさに魔王と呼ぶに相応しい強さでした」
『ロクに語られることなく本にされパンにされ村長に食べさせられた剣の執念を感じますね』
「しかし対人相手となれば勇者ナモシンに勝てる者などいません」
『こちらも不死身ですからね』
「ナモシンは大量のワサビを説得しながら村長に食べさせていきます」
『拷問でしょうか』
「しかも終始笑顔で」
『拷問ですね』
「涙を流し苦しむ村長。そう、村長の弱点とはなんと過去に体が拒否反応を起こしかねない程摂取したワサビだったのです」
『貴方のせいでしょうね』
「そして村長が怯んだ隙にナモシンは俺を村長に被せます」
『村長を変化させようと言うのですね』
「ご明察、俺の力によって村長は勇者の剣の力を失いただのナイスミドルへと変貌します」
『無駄に若返りましたね』
「ナモシンの希望で一応はゴーレムの破壊や魔王を倒した功績は認められるべきだろうとのことです」
『一理ありますね』
「その後村長は女王と結婚することになりますがそれはまあ置いておきましょう」
『そう言えば女王のタイプでしたね』
「世界を救ったナモシンですが、戦うことなく世界を救った彼を世界はあまり評価しませんでした。心無い人からは誰にでもできることをしたに過ぎないとさえ言われます」
『殺されても無限に復活して笑いながら歩み寄ることは誰にでも出来ることではないと思いますがね』
「それを知っているのは悪人だけですからね」
『中々世知辛いですね』
「しかしナモシンはそれで構わないと世界を回ります。特別なことをしなくても世界を救えた、つまりは誰でも誰かを救えるのだと説いて回ったのです」
『やはり勇者と言うより悟りの人ですよね』
「結局ナモシンは俺から特別な物を欲したりはしませんでした、要求するのは食料や本、そんなものばかりです」
『確かに勇者の剣ですら変化させられるのでしたね、やろうと思えば色々出せたでしょうね』
「一振りで大陸を微粒子に還す剣とかも用意したんですがね」
『物騒もいい所ですね』
「最後には心無い人から言われた言葉、その奇跡の袋がなければ何も出来ないのだろうという言葉に対し笑顔で俺に火をつけて見せました」
『挑発に乗った、と言うわけでは無さそうですね』
「彼は言いました。確かに貴方の言う通りだ、奇跡を起こす袋に頼っていては皆の示しにならない。ならば何も持たぬ只の人として皆を導いて見せよう、と」
『最後まで勇者と言うには首を傾げたくなるような人でしたね』
「いえ、彼は勇者でしたよ。誰も居なくなった後、俺の燃えカスを集めながら泣いて謝っていました。彼は多くの人の導き手になる為に、長年連れ添った相棒を捨てる勇気を見せたのですから」
『なるほど、勇者ですね』
「無生物でなければもう少し違ったドラマもあったかもしれませんけどね。まあ無生物だからこそ経験できた感動の別れと言う奴です」
『年越し前の話としては悪くない報告でしたね』
「蕎麦も打ち終わりましたし、一緒にこたつに入って食べるとしましょう。紅白と裏番組のコメディどちらを見ますか」
『紅白で、裏番組の方は録画してから見ましょう』
「さて、蕎麦を切るか。おっと包丁がない、まあお土産のこの勇者の剣で良いか」
『なんて物を、まあその世界の勇者には不要な物でしょうしね』
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