第十話:『勇者のお父さんのラスト一本の髪の毛』
『今回は私の方からデレていこうと思います』
「どうしたんですかいきなり」
『長い期間異世界転生担当の女神をやっていると時折人恋しくなる発作がおきるのです』
「孤独なお仕事ですからね」
『はい、なので今回は貴方の猛烈なアピールさえも受け止めます。さあ、抱きしめてください』
「では今回は塩対応でいかせていただきます」
『何故に』
「バランスを考えると妥当かなと」
『ゲームでしょうか』
「確かに今なら美味しい思いをすることが出来るでしょう、ですが後が怖い」
『そこは否定しません』
「否定してください」
『大丈夫ですよ、きっと記憶が消えるまで延々と死に絶える程度です』
「怖いを超えてきた、ここは早く異世界転生に逃げねば。あれ、目安箱がない」
『貴方が探しているのはこの金の目安箱ですか、それともこの銀の目安箱ですか』
「奪われてた、いつの間に。ええとゴデ○バの箱で作った目安箱です」
『正直者の貴方には私の寵愛を授けましょう』
「おっと逃げ道がないな。と見せかけて実は既に一枚ピックアップ済みだったり」
『いつの間に』
「ペンネーム日川さんより『勇者のお父さんのラスト一本の髪の毛』」
『最短記録更新しそうなお題ですね』
「男性の髪の毛の寿命って3年から6年ですからね。限られた時間の中で生きる意味を見出せというメッセージなのでしょう」
『お題を出している人はそこまで考えていないと思いますが』
「いいえ、きっとこの転生先ならばきっと誰もが納得のいく人生を送れると確信した上でのお葉書に違いありません」
『お題のハードルの高さをお題主へのハードルの高さをあげることによって相殺しようと言うLOSE LOSEな関係は止めておきなさい』
「とりあえずオプションを考えましょうか、寿命は従来通りで良いでしょう」
『言葉だけなら比較的マシな気もしますが髪の毛の話題なんですよね』
「咄嗟のハプニングで抜け落ちるのは納得いかない結果になるのでやはり劇的な感じで抜けるようにしたいですね」
『ラスト一本の髪の毛に異世界転生するということに対して納得しているのが驚きです』
「後はどういった背景を選ぼうか……ああ、この辺の抜け落ちる設定良いですね」
『髪の毛が抜け落ちる設定に良し悪しを求めているのが驚きです』
「チートスキルは要りませんね、なんとかなるでしょう」
『ラスト一本の髪の毛の分際で何とかなるという自信』
「時には時代の流れに身を任せるのも風流だと思うのですよ」
『確かに風には流れるでしょうね』
◇
「ただいま戻りました」
『案の定戻ってきましたね』
「発作の方はもう大丈夫ですか」
『ええ、ご心配をおかけしました』
「良かった、それなら何時も通りにできますね」
『そうですね、さあどうぞ』
「おっと、収まってないぞこれは」
『良く分かりましたね』
「人間時代に人との距離感を掴むコツを教わったことがありますので」
『人間時代の記憶がよく残っていましたね』
「記憶力は良いんですよ」
『そうでしたね、察しは悪いのに』
「それでは報告しましょうか」
『髪の毛の物語ともなるとなんとも規模の小さな話になりそうですね』
「物語の発端は勇者が魔王を倒した所から始まります」
『いきなりクライマックスですね』
「志半ばで倒れた魔王は勇者を憎み、呪い殺そうとします」
『よくある展開ですね』
「しかし異世界転生者であるチート勇者に一魔王の呪いなんて通じる筈もありませんでした」
『最近の勇者の6割は異世界転生者ですからね』
「なので魔王の呪いは勇者のお父さんへと流れて生きます」
『嫌な流れですね』
「こうして勇者のお父さんは勇者が魔物を一匹殺す度に一本の髪の毛が抜ける呪いをその身に受けることになります」
『壮大ですね、とは言いたくないですね』
「魔王が死んだからと世界が平和になるなんてファンタジーはありませんでした」
『ファンタジー世界ですよね、魔王がいる時点で』
「第二第三の魔王となるべく立ち上がった強大な魔物が現れたり、人間達の中でも戦後の隙を狙い覇権を握ろうと画策する者もいました」
『魔王と倒した後の物語は勇者にとって中々辛い物語が多いと聞きますが、ある意味では今回もそうなのでしょうね』
「勇者はそれこそ始めは魔物の残党を狩っていました、しかし実家に帰ると待っていたのはお父さんの寝室にあった大量の抜け毛」
『ホラーですね』
「呪いの正体に気づいた勇者は剣を捨てようとします」
『お父さんの髪と世界の平和を天秤に掛けてしまいましたか』
「しかし勇者のお父さんは勇者を200メートル殴り飛ばして叱責します」
『流石勇者のお父さん、強いですね』
「自分一人の髪の毛程度がなんだ、お前が剣を捨てれば多くの者達の髪の毛が散る事になるのだぞと」
『そこは命と言って欲しかった』
「勇者は唖然としていました」
『心撃たれちゃいましたか』
「距離が遠すぎて何を言っているのか聞き取れなかったのです」
『200メートル殴り飛ばされましたからね』
「お父さんは再び近くで同じ台詞を言います。自分一人の髪の毛程度がなんだ、お前が剣を捨てれば多くの者達の髪の毛がハラハラと散る事になるのだぞと」
『効果音を付け足したところで何も変化は生まれないと思いますね』
「勇者は言います、だってふさふさのお父さんがハゲたら俺まで将来ハゲると思われるじゃないかと」
『異世界転生勇者だけあって保身に走りますね』
「お父さんは勇者を600メートル蹴り飛ばして叱責します」
『流石勇者のお父さん、足は手の三倍強いですからね』
「今度は先に近づいてから言います」
『流石勇者のお父さん、学習能力も高い』
「男の価値は髪の毛で決まるんじゃない、所持金で決まるんだと」
『わりとクズ』
「勇者は聞く耳を持ちませんでした」
『まともな勇者でしたか』
「気絶していましたから」
『勇者でも600メートル蹴り飛ばされれば気を失いますか』
「起きた後同じ台詞を言い、勇者は悔い改めました。そして少しでも多くの魔物を倒して世界を少しでも早く平和にすることを誓います」
『所持金で価値が決まると言われた後にしては良い決心です』
「魔物一匹につき報酬がでますからね」
『似たもの親子でしたか』
「勇者は一心不乱に魔物を倒していきます。それにあわせお父さんの髪の毛は次々と散っていき心を痛める勇者」
『そこまで心が痛まない気がします』
「勇者は心配して討伐を完了する度に家に戻り様子を確認します」
『神経質ですね勇者』
「帰る度に、家の中では散っていったお父さんの髪の毛が増えていきます」
『掃除したらどうでしょうか』
「寝室だけに留まらず、お風呂場、トイレ、居間などにも髪の毛が増えていきます」
『掃除したらどうでしょうか』
「物置、作業場、ヒロインの寝室、いたるところでお父さんの髪の毛が目立つようになります」
『ちょっと不味い場所で見つかっていますね』
「作業場は清潔にしてないといけませんからね」
『これ以上は私からは触れませんからね』
「勇者はお父さんの髪の毛が薄くなることに更に心を痛めながらも戦い続けます」
『他に心を痛める箇所があるべきなのですがね』
「魔物達の命を奪うこととかですね」
『察しが悪いですね』
「しかしある日勇者の前に最も厄介な相手が現れます、その名は無数の虫の魔物を操る甲殻虫将軍ナメックジ」
『甲殻虫要素が感じられない名前ですね』
「虫の魔物は一匹一匹がさしたる強さではないのですがその数があまりにも膨大です」
『想像したくない光景ですが確かにおぞましい数でしょうね』
「勇者はその先の光景を想像し、震えて剣を握れなくなりました」
『一人のおっさんの髪の毛が大量に散る光景がそこまで恐ろしいのでしょうか』
「家から駆けつけたお父さんは勇者を18メートル投げ飛ばします」
『凄いと言えば凄いのですが殴りや蹴りと比べると微妙ですね』
「お父さんは自分のシャツの襟を立たせて言います」
『立たせる意味』
「この首の痣は数日で消えるから気にするなと」
『家にヒロイン待たせてませんかね』
「勇者は激励を受けて覚悟を決めます」
『今の会話の何処に励まされる要素が』
「ハゲる要素はありましたけどね」
『やかましい』
「覚悟を決めた勇者はナメックジのいる森に火を放ちました」
『手段がえぐいですね』
「それを見届けたお父さんは良くやったと無数に散っていく髪の毛を背景に褒めます」
『燃やすだけならお父さんが火を放てば良かったのでは』
「この戦いの影響でいよいよ外見的にハゲが隠せなくなってしまいました」
『まだ髪の毛は残っていたのですね』
「鏡を見るたびに悲しい顔をするお父さんでしたがそれは勇者の功績の証でもあるのだと言い聞かせていました」
『悲しい証ですね』
「俺には優しく言葉を掛けることしかできませんでした」
『ラスト一本予定の髪の毛が喋っちゃいましたか』
「お父さんは驚きます、君は一体何者なのだと」
『髪の毛が喋ったらそうなりますよね』
「俺は貴方の最後の一本になる予定の髪の毛、通称ラスト・ワンだと名乗りました」
『髪の毛風情が大層な名乗りを上げましたね』
「勇者とのやり取りを見ていた俺はお父さんの覚悟を知っていたので励ます言葉しかかけられません」
『狙っていってますね』
「ハゲますね、ドンマイ!と」
『よく引き抜かれませんでしたね』
「途中で抜かれたとしてもそれはラスト一本ではありません。故に居場所が転移するのです」
『無駄に強設定』
「お父さんも百本くらい自分で抜いた後に諦めました」
『残り少ない髪の毛なのに、結構嫌だったんでしょうね』
「俺はお父さんに言いました。俺は静かに傍観する、勇者との決着がつくその日までと」
『どうして勇者と決着をつけなければならないのでしょうか』
「実はお父さんは裏社会を牛耳る悪の組織のボスだったのです」
『勇者のお父さん設定が急に薄くなってきました』
「髪の毛の話だけに」
『続きはよ』
「普段は優しいお父さんでしたが、裏の顔では悪逆非道の限りを尽くしていたのです」
『僅かながらにその傾向は表にも見られていましたね』
「魔王を失い統率が乱れた魔物達を捕らえ、娯楽品として売り捌いていたのですが家に保管していた領収書を勇者に発見されその立場が明るみになってしまいます」
『今まで気づかなかったことに驚きです』
「清く正しく模範である父親だったのに、よくも裏切ったなと勇者はアジトまで乗り込み糾弾します」
『勇者の眼は盲目なのでしょうか』
「お父さんは金の為だと言い切ります」
『最初の説得は伏線でしたか』
「それもそうだと勇者は納得します」
『やはりこの勇者もクズい』
「ならばアンタを倒して遺産を引き継いでやると勇者とお父さんの戦いが始まります」
『世界を救った勇者の言葉とは思えませんね』
「戦いは終始勇者が優勢でした、やはり髪の毛の差は大きい」
『髪の毛による力量の差はないと思いますよ』
「万事休すのお父さん、しかしそこで俺の魔法が勇者に直撃します」
『傍観する約束は何処へ』
「やはり生まれた時から苦楽を共にしたお父さんを放っておけませんでした」
『お父さんの方はその自覚はないと思いますけどね』
「形勢は逆転し、勇者は追い込まれます」
『髪の毛の差が思ったより大きかった』
「勇者はどうにかしてお父さんの髪の毛を散らせなければと、お父さんは髪の毛を死守しながら勇者を追い詰めなければと互いに策略を練ります」
『心理戦の内容が酷い』
「そして勇者は閃きます。お父さんは魔物のブローカー、つまりはこのアジトには多くの魔物を隠しているだろうと」
『なるほど、魔物を倒せば髪の毛が散る呪いを利用しようと思ったのですね』
「これらの魔物を人質にすればお父さんは手出しが出来ないと」
『貴方並みに察しの悪い勇者ですね』
「魔物を人質にとった勇者でしたがお父さんは言います、魔物の代わりなどいくらでもいる。お前にとってのヒロインの代わりが大勢いるようになと」
『ハーレム物でしたか、そして勇者のクズさがお父さんに負けてない。ある意味ヒロインは救われていたのでしょうか』
「困窮した勇者はアジトに火を放ちます」
『覚悟と困窮の際の行動が一緒ですね』
「そして魔物達が次々と死に絶え、お父さんの髪の毛も一気に散っていきます」
『中々凄惨な光景ですね』
「本来ならば完全に散る予定でした、しかし俺のオプション『かなり劇的じゃないと抜け落ちない』が働きラスト一本として俺は残ったのです」
『結構劇的だと思ったのですがね』
「打つ手の無くなった勇者はお父さんに敗北してしまいます」
『異世界転生者でチート勇者だったのに』
「チートに頼って楽をしていた奴に叩き上げられた俺が負けるわけないじゃないですか」
『貴方の存在が大分チート化してきている気がしますね』
「良い気分でしたよ」
『髪の毛が偉そうに』
「お父さんは勇者にトドメを刺そうとします、しかしその時突如巨大な彗星が夜空を流れたのです」
『かなり劇的ですね、あ』
「俺の寿命は既に数年前から尽きていました。そして起きてしまったかなり劇的な出来事。俺は抜け落ちてしまったのです」
『かつてない劇的な最後の一本の散り様でしたね』
「『夜空を見ると良く流れ星が見れる』『気分が良い時に素晴らしい光景に出くわせる』と言ったオプションがこんな形でトドメになるとは思いませんでした」
『自業自得でしたか、なんでそんなオプションを』
「髪の毛の人生ですよ、人との交流がない以上は目に映る光景で満足しようかなと」
『なるほど、理屈は通っていますね』
「一応その後の顛末ですが俺の死後はお父さんは憑き物が落ちたようにまともになったそうです」
『そうですか、落ちたのは髪の毛ですけどね』
「簡単に抜け落ちないように呪いやら魔的な要素をふんだんにオプションに組み込んでいたんですがね」
『髪の毛が憑き物でしたか』
「可能性は僅かながらにありますかね、人が変わったのは俺がお父さんから生えた辺りからなので」
『可能性の塊ですね』
「そんな感じでなんとも言えない気分を残して帰ってきました」
『罪悪感くらい持っても良いですよ』
「それでお土産ですが」
『あなた自身がお土産でも構いませんよ』
「ちゃんと持って帰ってきていますよ、隕石の欠片です」
『おや、予想以上にロマンティックなお土産ですね』
「ちょうど落下してきたので」
『ひょっとして彗星ですかこれ』
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