jun 1 2247~jun 5 2247
jun 1 2247
あいにくのゲリラ豪雨により、今日の調査は中止となった。
代わりに放射能観測の仕事になったが、固定観測員であるはずのセブンスの姿は無く、代わりにチョウというアジア系の観測員がセブンスの代わりに配置されていた。
仕事に傾倒しがちなアジア系は、お硬いイメージがあり俺はあまり好きではないが、チョウはセブンスに似たフレンドリー気質な男だった。
俺はそれとなく、チョウにセブンスの事を訊ねると、彼は夢見が悪いと俺に告げた日から精神状態が芳しくなく、昨晩いきなり発狂して強制スリープを実行されたそうだ。
曰く、面会謝絶で、今晩には母星へと強制送還させられるという。
参った、少女の事について何か知っているようなのを抜きにして、彼は気の良い奴だった。
別れの言葉が言えなかったのは、何とも寂しいものである。
しかし、セブンスの言っていた「悪夢を見たら母星へと強制送還させられる」という噂はどうやら本当らしい。
この海は、人類の精神状態に悪影響を及ぼす何かがあるとでも言うのだろうか……。
jun 2 2247
ゲリラ豪雨の影響で、F5地点の波は未だに高く、調査も早めに切り上げさせられることになった。
が、荒波の中。少女はこの前と同じように海面から時々顔を出して、俺の様子を伺っていた。
その様子は、海洋生物保護センターで見たアザラシを彷彿とさせる。
その姿を、もう少し観察したかったが、帰投を促す耳障りなアラームの音に仕方なく従い、今日もパンを置いて帰投した。
jun 3 2247
何という進展だろう!
餌付けの効果が出たのか、少女が波打ち際まで寄ってきたのだ!
しゃがみこんで、俺の姿を観察する少女は、時々立ち上がっては周りをちょろちょろと動き回り、定位置である波打ち際に戻るのを繰り返す。
俺が立ち止まって少女を見つめても、少女は防護バイザー越しの俺の顔を見つめ返すだけだった。
ようやく全身が見えた為、気付いた事が多くある。
まずは呼吸器。
少女の首にはエラがあったが、陸上でも平気な所から肺呼吸も可能なのだろう。
次に体格。
発育はそう悪くないのか、水中抵抗を減らす為に乳房は薄くて小さいが、生白い腹部は少し丸く出ている。
生殖器と思われる部分は、海洋哺乳類と同じくスリット状で、もしかしたら少女だと思い込んでいただけで、本来は少年なのかも知れない。
更に、ヘソがあった。
これは少女が胎生であるという証拠であり、魚類より海洋哺乳類の分類に位置されるのだろう。
最後に知能。
試しに未開封ボトルの経口飲料を置き、少し離れた場所から観察すると、少女は初めはおっかなびっくりと言った様子で太陽光を反射するボトルの周りをグルグルと回ったが、水掻きの付いた手で取り、匂いを嗅ぎ、ラベルをまじまじと眺めた後、中の液体を確かめようと様々な角度から確認をした後、キャップの存在に気付き、器用にキャップをねじって開封してみせた。
これは、他の霊長類が見せる反復学習ではなく、少女は的確にボトルのキャップだけが別の材質である事を見抜き、ねじるという回転運動を加えて開閉するものだと理解し、実践して見せたのだ。
その後、経口飲料の匂いを確かめ、それが害にならないと確信した少女は、小さな口を開けて中身を飲み始めた。
知能面では、問題ない。
もう少し彼女を観察し、捕獲できれば、人類はまた1歩進化を遂げる事が出来るだろう。
そうなれば、母胎コンピュータ【メアリー・スー】の評判は更に上がり、俺は名誉人類として精子をバンクに登録されるだろう。
ああ、その日が待ち遠しい。
jun 4 2247
俺がパンを余計に貰っている事が、クソ忌々しいジョッシュにバレた。
奴は俺の事を泥棒だのなんだのと下卑た笑い声を上げて貶めたが、仲裁に入ったチョウが夜食分だと言って誤魔化してくれた。
部が悪いと思ったらしいジョッシュは、ぶちぶちと文句を垂れ流しながら去っていくのを見送った後、チョウがこう忠告してくれた。
「あくまでも噂なんだけれどね、彼は母星でかなりの罪を犯して、ここに永久就職を決定させられたらしいよ。詰まるところ流刑さ」
「だから減刑を求める為に、僕らの生まれを貶めて点数稼ぎをしているみたい。そんな減刑法通用するわけないのにね」
「まあ彼は可哀想な奴なんだよ、憐れんだ目で見てやれば、向こうからどっか行くだろうね。決して手を上げちゃダメだからな」
ジョッシュは何かしらの犯罪者だったという事実に、俺は心から奴を憐れんだ。
ろくな生まれをしなければ、ああいう人間が出来上がってしまうのだと。
【メアリー・スー】の為に、ひいては母星の為に、俺は出来る限り早く人類の地球帰郷への目標に貢献し、奴の生まれである【メイド・イン・レディ】の稼働を停止に追い込まなければいけない。
全ては、母星の為に。
jun 5 2247
毎回俺は少女に驚かされてばかりだ。
彼女は俺に懐いたのか、今度は俺の後をついて回るようになった。
パンを取り出せば、何の警戒心も無く受け取り、鋭い歯を見せて食べた。
後は俺の邪魔をするわけでもなく、本当にただ後ろを付いてくるだけ。
しかし、波の音に紛れてしばらく気づかなかったが、少女は俺の後に付いてくる間、ゆっくりと何かを歌っていたのだ。
これに気付いたのは、少女と接触した事実を隠すために、不要な音声記録の消去と称して帰投用ポッドの中で作業をしていた時だ。
少しでも不要な独り言など無いか聞き逃さないよう、集中して聞いていた為拾った音声だ。
それは明らかに、少女の声。
低く、ゆったりと、波の音に合わせるようにそれを口ずさんでいたのだ。
聞き取れた部分を書き出すと
──ふぐ…るぃ…… むぐる…な…… るふ…… る…るぃぇ…… うがふ…ふ…… ふぐん……──
歌があるという事は、少女は何らかのコミュニティに属しており、主に海中で生活をしていると考えられる。
今までに観測レーダーに掛からなかったのは、恐らく少女らは海洋哺乳類として認識され、見逃されていたのか、更に深海のレーダーの届かない場所に生息しているかの二択だ。
しかし、初めてこの事実に気付いた時は興奮すると同時に背筋に冷たいものが走った。
何故だろう。少女の歌を詳しく聴いてはいけないと、俺の中の何かが警鐘を鳴らしている。
理解してはいけない何かが、この歌には含まれていると、何かが踏み込むことを拒絶している。
一体何故だ、どうしてこんな事が起こる?
俺の精神が分裂して、まるで俺の物では無いようじゃないか。
こんな事は今まで一度もなかった。
どうして知りたい事を、自分自身に拒まれてしまわなければいけないんだ!
少し熱が入りすぎた。きっと疲れているんだろう。
歌は削除してある、バレはしない。
明日もあるんだ、今日はこれまでにしてさっさと休もう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます