駄文2018/01/23

・やらずにはいられない


天気も体調も崩れ気味であるけれど、それならそれでいいと開き直って最低限のことをしながら過ごしている。そういう時はどうも余計なことが目に付きやすい。



Twitterで流れてきた投稿に、芸術を志す若者について心配する両親の相談欄があった。「つらいけれどやらずにはいられない」ということは、彼の「心に火がついてしまった」のだから、救いの手を差し伸べるのではなく、見届けてあげてほしい。というようなことを解答者が書いていて、もっともだと思う。



しかし、芸術の道や己の信念に限らず、経済的な理由や人間関係などから、「つらいけれどやらずにはいられない」ということが世の中に幾つもあって、それらがその理由や方向性によって貴賎の差をつけられるものかというと、やや疑問がある。理屈を超えたところに「やらずにはいられない」何かがあって、理由はそこに後付けされていると思うからだ。



・理由は理由にならない


「生活するために、仕事をしなければならない」と言うとこれは社会の大前提であるような気がするが、現在は色々な人が色々な形で、働かずに生活することを実践している。「生活」そのものが「仕事」を前提として成り立っているわけではない。「仕事」を「苦役」と置き換えてもいいだろう。



そこには別の欲求が隠れているか、あるいは言うまでもないこととして省略されている。この場合は「(自分の望んだように)生活するために、仕事(苦役)をしなければならない」ということであって、欲求しているものが「仕事を前提とした種類の生活」であるに過ぎない。



では、どうしてそのように欲求するのかというと、例えば自分の幼少期の家庭がそうであったり、あるいはそうでなかったり、ということが理由として挙げられるのかもしれないが、しかしそれらの「理由」と「欲求」は、互いに分かちがたく結びついていると言えるのか?同じ理由を抱えた人たちが、それぞれ真逆の方向へ「欲求」するということだって往々にしてあるのだから、なんというか、その「欲求」が発生する理由がその「理由」である理由が無い。



これは先述の「やらずにはいられない」のように、まず何らかのかたちで発生した「欲求」に、一応の「理由」を当てはめている、ということのほうが、いくらか正確に表現できているような気がする。もっとも社会的な活動においては、それで十分な場合がほとんどではある。



すると、「芸術を志す」ということと「普通に暮らす」ということは、欲求の発生という階層では区別できないことになる。ここで殊更に「芸術を志す」ことを、例えば両親が心配して、「普通に暮らす」ということでは引き止めようとしない理由は、両親に彼らの社会的常識や経験則によって、「芸術を志す生活のほうが難しい」という判断基準があるからなのだろう。



・「火」がない


つまり新聞の相談欄の若者の心に、芸術の火がついてしまったのと同等に、その行く末を案じる両親の心には、普通の(勤務の、就労の)火がついてしまっているのだ。どちらの「火」が高尚なのか、ということは、なんだかあまり議論したくない。相談の解答者のように、誰かが「やらずにはいられない」こととその姿勢について、優劣をつけたいとは思えない。



そもそも今年に入ってからは誰か他人のことについて、ものを言うこと自体を差し控えたいと思っていたはずだった。それでもこの件に対して何か言いたくなったのは、自分が彼らのどちらでもない人間、つまり「火」を持たない人間だからなのかもしれない。



「やらずにはいられない」がほとんど無い。厳密に考えると、今は前職の退職にともなった作業が多少あるけれど、それも春までには消えるくすぶりのようなものである。



今やっている日課も、心に火がついたというほど突き動かされる何かがあるわけではない。ただ「やっていて苦ではない」という程度で、体調が悪ければペースは落ちるし最悪サボる。



そういう人間が、胸に灯を抱えた人たちの研鑽や苦悩を眺めていると、どうも他者との関わりを遠ざけようとして、自分の火と気配を消したのだったか、火が消えたから遁走したのだったか、あまり思い出せないのだけど、彼らのいる階層からはずっと下のほうにいるような気がする。



・今はなにもできない


そういうものを持たないでいられるほど、今は恵まれているということかもしれないけれど、これから遠くない未来に、経済的に困窮したとしても、誰かに急き立てられたとしても、もう他人と直接関わりを持つような、社会的な行動に出ようとは思えない。これはかえって「怠惰の火」がついているのかもしれないが、なんの足しにもならない。



救いがあるとしたら、コロコロと気が変わりやすい性分なので、それで心持ちが変化するのを待つくらいだ。何かの拍子に、突如やる気がでるかもしれないので、それまでは後ろ指を指されながらでも、のんべんだらりと生きていこうと思う。

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