駄文2017/12/29

・本の紹介


複数の本や情報源を見て、奇しくも自分の求めているものについて符号が一致することはあっても、それは単なる主観的なバイアスによるものに過ぎない。そこをわきまえていないと、オカルトの領域に入ってしまう(しかしなにが無根拠でなにが有根拠なのだろう)。少なくとも自分はそういう現象に自覚的でいたい。



さもないと、全ての書物、全ての言葉は己がためにあると錯覚してしまう。また、その奇跡を信じつつ、声高にそれを言いふらさないで「幸福な勘違い」に浸っている限りは、周りに迷惑もかからず気分も悪くはないけれど、やっぱりどこかのタイミングで目を覚ましてしまいたい。



以上の点を踏まえつつ、先週からphaさんの「人生にゆとりを生み出す 知の整理術」を読んでみて、「自分のやっていることは間違いではなかったんだな」などと都合のいい感情を抱いている。



この本は表紙や帯の雰囲気、そして開いて最初に飛び込んでくる「そろそろ本気出したいあなたへ。」の文言から、一般的なハウツー本の装いを呈しているけれど、中身はちょっとそういうことだけではなくて、風通しの良い(その分だけどこかさみしい)人生に対するとらえ方が見え隠れするように綴られていて快い。



やりたくないことはできん、などと日頃から口にして、家族から顰蹙を買っている自分としては、考え方の後ろ盾を授かったみたいな、またやはり虫のいい感想を持ってしまう。



・承認と正気


こういう、ある種の人たちがアプローチを切り替えることによって社会に迎合されていく流れが好きで、最近では卒業制作がラジカルだったものの、その後シュールなアマチュア作品で一世を風靡して数年経ってから、NHKに「びじゅチューン」でデビューした井上涼さんとか、エグみは強いけど無名だったころから知っている漫画家の方々が、一見マイルドになって社会を侵食していく様子とかを眺めては、ついニコニコしてしまう。



自分もそのように認められたい(ここでは生計が成り立ち、後ろめたさのない生活を送ること)という欲求も大いにあるけれど、そういう成功例を見るとまずは軽く10年は下積みがあるので、傲慢を承知で仮に大成するとしたところで、その10年をどう生き延びればいいんだよという問題が大きく立ち塞がる。



それと、これは前にも書いたことだけれど、「多くの人に知られる」ということは、現代においては回避するべきステータス異常なのではないかとも思う。単なる考え無しの一言が、その人と周りの人たちの人生を一変させることがあるように、物理的・技術的制限によって伝えたい情報だけが伝わるような、長閑な状況ではなくなってきた。



それに、そのようないわゆる「炎上」を回避できたとしても、いつもある一定数の他者から、承認を浴び続けることは、やがて自己の意思決定をおかしくさせるのではないか、ということを、いくつかの事例を眺めて思ってしまう。宝くじの一等が当たった人がその後、破滅の道を進む場合があるように、満たされ続けるということも、どこか寒々しい。何より、自分がそのような状況に陥って正気を保ってられる自信がない(かといって今が正気かというとそれも自信がない)。



・年末年始はお酒の席が多い


ようやくまともに本が読める時間と精神状態が、揃ってきたのだと思う。今週は調子に乗らずにこのペースを維持して、来週からはもう一つ日課を増やしてみてどうかと思うものの、年末年始のお付き合いで飲酒の予定が続くので、あまり期待しないほうがいい気もする。



そもそも他人の前に姿を現すことが苦痛なので、かえって酒で意識を混濁させたほうが幾分かは過ごしやすいのだけれど、できることなら自宅でおとなしく過ごしたい。一方で心配をかけ続けている親戚や、自分たちに良くしてくれる数少ない人たちに、できるだけいい格好もしたい。



一度正直に「お酒飲むのあんまり好きじゃないんです」と言ってみたこともあったけれど、「じゃあ今までのは何だったの」みたいな顔をされてしまったし、体質的に飲めないわけでもないし、新年からは日々のうちで他人に会う機会も極端に減るだろうから、月に1回くらいだったらなんとか大丈夫かな、と考えるようにしている。



・ポジティブさを押し付けない


「知の整理術」の話に戻ると、はじめの章に自己啓発本にありがちな、「これによってこんなにいい効果が!」の連呼が一切無くて、それだけでもすごく好感が持てた。



外国の本を翻訳したものに特に多いのだけれど、最初にその本の「驚くべき効能」について延々と紹介していくのは、個人的にはちょっと苦手で読み進めるのがつらくなる。



読者その気にさせることが自己啓発の効果を倍増させるという要素があるのかもしれないけれど、それはつまり読者のコンディションによって揺らいでしまう程度の効果しか期待できないということでもあって、すると序盤の押し付けがましさと相まってシラけてしまう。



そういう演技のかかった導入がないということは、これは自信の裏返しでもあるのかもしれないけれど、何より本が一番伝えたいことに則っていると思えた。



そう考えてみると、自分はどうもポジティブに騒ぎ立てるタイプのものにひどく嫌悪感がある。熱に浮かせて足元をすくわれるような怖さがあるし、単体でも集団でも、そのポジティブさを当然のものとして押し付けてきたり、押し付けていることに気づいていないものに対しては、もう一切関わることができない。もちろんこれは、そういうものにうかつに賛同して、手痛い目を見たことがあるからではある。



直接的に他人と関わることでなくても、社会活動や署名・募金だとかの緩やかな連帯とも、何となく距離を置いている。これは子供のころから、どうも逆を張るというか、天邪鬼な部分があって、そういうものの名残りかもしれない。





2017/12/28作業リスト


0.リスト管理 ok


1.日記 ok


2.スケッチ1点 ok


3.駄文2000字 ok


(余分な達成項目)…読書ちょっと

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