みんな並んで準備体操
みんな並んで準備体操【1】
夏休みが近づいてきていた。
定期テストも終わり、あとは少しだけ授業を行って簡単な夏休みへ向けてのオリエンテーションをしておしまい。
あと一週間はあるのに、みんなの思考が夏休みバージョンに塗り替えられているのを感じる。
「暇。」
暑さに負けた陽子が弛みきった声を出す。
結局私たちは四人でいつものファミレスに向かう。
暑さの追い出された店内は、別世界。
もしかしたら外の世界の方が異常で、作られたものなのかもと思ってしまう。
「私さ、この前、見たんだけど。」
ストローの端っこを噛みながら千紘が私を、ちらと見る。
陽子と実花が、千紘と私の両方をちら、ちらと見る。
陽子が崩していた体制を少し立て直す。
「何を?」
促すように実花が私の代わりに言う。
「いやー、見間違いかも。」
もったいぶった言い方をして、グラスに直接口をつけると、アイスティーと氷を一緒に口にふくむ。
三人が、千紘の口の中の氷が噛み砕かれるのを待つ。
私は、なんだかドキドキしている心臓が間違えではないかと不安になる。
私に、緊張する理由なんてない。
「なんか、こないだの放課後、6組の子と一緒にいなかった?」
明日香だ、と思った。
デジカメを買いに行った日。
私たちは、螺旋階段でもたもたと写真を撮っていた。
陽子たちが帰る時に、見られてしまったのかもしれない。
いつも放課後は教室に残ってお喋りをしてから帰るから。
手先の血が、引く。
私はあの日、「家の用事」と言って陽子の「暇」を拒否した。
後頭部のあたりが痺れる。
黙っている私に、千紘は続ける。
「なんかさ、」
カランと氷がずれた音がする。誰も何も言わない。
「あの子は、関わんない方がいいよ。」
無意識に瞑っていた目を開く。
予想外の言葉に呆ける。
てっきり、陽子の「暇」を嘘で拒否したことを、窘められると思った。
「え、あの、あの子って明日香のこと?」
小さい声になった。
「名前は知らないけど、その子、写真撮ってる?」
うなずく。
「なら、私が言ってる子と、アスカって子、同一人物だと思う。」
興味をなくしたように、実花が立ち上がってドリンクバーの所に行く。
「その子なんなの?」
反対に、興味をそそられたようで陽子がテーブルに肘をつく。
「なんか、レズなんだって。」
「レズ?」
陽子が眉間にしわを寄せて千紘を見る。
レズ?レズビアン?明日香が?
「私と一緒の塾の子が言ってたんだけどね。そのアスカって子と同じ中学だったらしくて、中学の時から写真が趣味ですとか言って、よく撮ってたらしいの。」
「へー、写真」
「で、その子が撮るのが、なんか女の子限定らしくって!しかも、制服ばっからしいの。」
危険でしょ?と千紘も眉をひそめる。
「きもー。それは危険だわ。」
陽子は首を振りながら大げさに脱力する。
脱力しながら、ちょうど帰ってきた実花に、レズビアンに狙われてるらしいよーと私を見ながら楽しそうに言う。
女の子ばっかりが被写体だからレズビアンという考えにいたるところに呆れる。
明日香のことをなにも知らないのに、適当なことを言う、その態度にイライラする。
「あの子と関わるのはやめときなよ。」
陽子がにやにやしながら言う。
こんな時だけ、友達面するなんてやめてほしい。
「別に、あんたが良いなら良いんだけど。狙われたいなら止めないよー。」
千紘も続けて言う。
本心が見える。
本当は、心の中で私をバカにしているくせに。
そうやって見え隠れするような感情に付き合わされるなんてごめんだ。
何が一番むかつくか。
それは、こんなときでもどうにか笑おうと努めている私の表情筋、脳みそ、心。
自分に一番イライラする。
いっそ壊れろ、と念じる。
思って、壊れろだって、と重ねて思う。
呆れる。
こんな時まで自分の手は汚したくないんだ。
いつか明日香が言った言葉が、浮かぶ。
『ジブンホンイのイイワケばっかだね。』
自分のことばかり考えて、保身にばかり気を取られて、周りはみんな敵のような気がしていた。
陽子に毒づいて、千紘に毒づいて、実花に毒づいて。
でもそれは心の中で。
卑怯だ。
私は、卑怯。
正しいのは自分だけのように、こっそり主張して。
たまに、それは自分も同じだと気づいて、途方に暮れて、気づいたのに何度も隠して見ないようにした。
どうすればいい?
どうしたら、正しい道に戻れる?
正しい道って何?
壊そう。
壊そう?
自分で思って自分で問いかける。
壊すってどうやって?
自分自身が返事をする。
簡単なこと。
知ってるくせに。
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