着衣水泳【2】


 ジシャーっと聞いたことのある音がする。



 いつの間にか閉じていた目を開けると、明日香が川岸にいる。


 いつも突然現れる明日香。

 いったいどこに住んでいるのだろう。



「また撮ったの?」

「うん!一部だけねー!」



 カメラを得意げにひょいと掲げて、自信満々の笑顔。

 操作音がして、下がっていた目線を上げ「見る?」と問う。


 なにも答えずに、立ち上がり明日香のほうに近づいていく。



 写真は、脱ぎ散らかした靴と靴下とバックにピントが合っていて、ぼんやりと向こう側に私がいる。

 胸のあたりで私の上側は切れている。




「自分本位の言い訳ばっかだね。」



 静かに、とても静かに、明日香が呟くから、私は、驚くのが少し遅れる。



 ジブンホンイ の イイワケ ばっかだね。



 ちがうんだよ。

 とまた心のなかで思って、気が付く。


 そうじゃなくて。

 とまた思う。



 どうどうめぐりで、頭がぼんやりする。




「なんのこと?」


 強張った声が出た。明日香って本当はエスパーなの。

 それとも私が、何かを発してしまってるの。



「さっきからあっちの小学生、筋の通ってない言い訳ばっかしてるから、気になっちゃって。」

「あぁ、小学生ね。」


 胸をなでおろしてしまって、また思う。

 だから違うって。私のことじゃない。



「川っていいね。もうちょっと撮りたいから協力してよ。」


 私の心の渦巻きなんて気づきもしない明日香の笑顔に少しだけ傷つく。


「うん。」

「適当に撮るから、川で遊んでて。」

「川で遊ぶ?なにそれ?」



 ズルい私は、一旦すべてを置いといて笑顔を作る。


「タニシ採ったり、さっきみたいに座って足浸しててもいいし、ただザブザブ歩くだけでもいいから。」

「適当だね。カメラマンって指示とかするんじゃないの?フツー。」



 つま先立ちで、砂利を踏んで川を目指す。



「やだ。自然体がいいから。」

「だから盗撮なんだ。」



 指摘すると明日香がにやりと笑う。

 つられて私も笑う。


 片方の足の甲を、水平にして水面ぎりぎりを漂わす。

 ゆらゆら、甲の上で川が流れる。

 反対の足も。

 それから、思い切って水面から足の甲を出す。

 足は中途半端に折れ曲がっていてだらんとしている。

 それから、反対。

 今度は、膝を高く上げる。

 がむしゃらに川の中を歩く。

 音を立てる。

 川の水の飛沫が不規則に跳ね、顔にかかる。



 おかしくなって笑う。

 明日香の方を見るとレンズで隠れて明日香の表情は見えない。

 明日香には見えているのに、笑顔をしまう。



「どうしたのー?」


 顔がレンズのまま、明日香が大きな声で尋ねる。

 足元の川が弛んでいる。



「わかんない。」

「あっそー」



 ジシャーっ、ジシャーっと音がして、私の一部を明日香が撮る。



「走ってみてよー」


 顔面レンズが言う。大声で。


「こけるって!」

「ダメなのー?」



 明日香が、レンズを顔から外して言う。


 走ってくれないの?

 こけちゃダメなの?


 明日香のいう「ダメなの?」はどっち?

 どっちだっていいか。

 私は、別に川の中を全力疾走したって良い。

 全力疾走してこけたって良い。


 私は川を走る。

 全力疾走はやっぱり怖いから、控えめに。

 足踏みより速い回転で、向こうの水草の大群のあたりまで走ろう。

 水底の石が痛い。


 プールとは違う。

 なるべく痛そうじゃない石の上を選んで走る。





 気が付くと私は、川の水でおしりを中心にびしょ濡れになっている。

 スカートが川の流れにたゆたう。

 体の横についた両手がジンジンする。

 おしりも痛い。

 顔の横の髪の毛から滴がぽたりと落ちる。


 何が何だかわからなくて、明日香を見ると、笑っている。

 レンズに隠し切れないほどの笑顔。


「え?私こけた?」

「う、ん。」


 笑いながらも、シャッターを押し続ける。

 人がこけているというのに。


「ちょっと!撮ってないで助けてよ!」

「こけると良いなと思ってたから。」


 立ち上がると薄手のスカートが吸盤のようにふとももに張り付く。



 剥がしても、剥がしても執念深くまた纏わりついてくる。

 布のしつこい張り付きに、「着衣水泳」を思い出す。







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