着衣水泳

着衣水泳【1】


 うちの近所には、まあまあ綺麗な川がある。


 小さい魚、タニシ、片足のサギ。

 春には土手一面に菜の花が咲き乱れる。

 流れは、緩やかで、深さは、一番深いところで股下、浅いところで足首くらい。



 私は、たまにその川に行って足を浸す。


 夕方より少し前の時刻がいい。

 今の時期は、網やカゴを持った半ズボンの男の子がたくさんいる。

 散歩中の犬も水浴びをしている。

 私は、ぼんやりと彼らを眺めながら座って足首まで浸すのが好きだ。



 いつも降りるバス停のひとつ前でバスを降りて、川まで五分くらい。

 首の所に集中して夏の日差しを感じるので、タオルを巻いて道路沿いを歩く。

 通り過ぎる車が起こす風は生ぬるくてくさい。


 橋を渡って右に折れると、すこし高くなった土手が現れる。

 しばらく歩くと川べりに続く階段がある。

 下って行く途中に、浅瀬の方で小学生が制服のまま川に入っているのが目にはいる。

 ランドセルは砂利の上に置き去りだ。


 ローファーを、手を使わずに乱雑に足で脱ぐ。

 靴下は、立ったままバランスをとりながら片足ずつ脱ぐ。

 ローファーの中に適当に靴下を突っ込み、その上にバックをどすんと置く。砂利が痛い。



 いつもの場所。

 少し高い岩に腰かけて足首を浸す。

 それだけなのに私の体温は二、三度下がった気がする。

 太ももの下の岩もひんやりと冷たい。


 私は、解放される。

 陽子から、千紘から、実花から、あの子もあの子もあの子からも。

 ここは、川で、私を囲むのは、水と冷たさだけ。

 次第にそれらもなくなって、私は私だけになれる。





「おい、ズルすんなよー!」




 突然、近くで遊んでいた小学生の叫び声が耳に入る。

 何かを必死に訴えている。



 ちがうんだよ。

 と思う。




 ちがうんだよ。

 これは、ズルなんかじゃない。



 一生懸命なんだ、私だって。

 一生懸命やってるんだけど、うまくいかないことばっかりなんだ。







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